第246話・勇気×伝わる気持ち
るーちゃんと過ごすクリスマスイヴ。
ゲーセンで思いっきり遊び、ちょとしたショッピングを楽しんだあと、俺はるーちゃんと一緒に自宅へと戻ってから晩御飯の準備をしていた。
――うん、こんなもんかな。
出かける前に仕込んでいた料理の材料をフライパンで温め直し、深鍋へと移しなおす。
るーちゃんは俺の隣で軽快にハミングをしながら、今晩のおかずの準備を進めてくれている。最初は2人でこんなことをするのは初めてでだいぶ緊張してたけど、料理を作っているとそんな緊張もほぐれてくるから助かる。
今はるーちゃんと一緒に居ることに違和感はないけど、あの時のことを考えたらお互いにこうして仲良くできているのは奇跡的なことだと言えるのかもしれない。
「たっくん、味の濃さはこれくらいでいいかな?」
「どれどれ……うん、バッチリだと思うよ」
「良かった。それじゃあこれで仕上げちゃうね」
「うん」
こんなに楽しい気分を感じるのはちょっと久々な気がする。別に普段が楽しくないわけじゃないけど、やっぱりこういうのって隣に誰が居るかが重要なんだなと思える。
2人で和やかに楽しく料理作りを楽しみ、俺たちは出来上がった料理を大いに味わった。
るーちゃんと色々な話をしながらテレビを見たりケーキを食べたり。本当に楽しい時間を俺は過ごしていた。でもどれだけこの時間が続けばと思っていても、名残惜しくても、絶対にこの楽しい時間にも終わりがくる。
そしてその時間が自分にとって楽しければ楽しいほど、過ぎ去って行くのもまた早い。それはきっと誰であろうと例外ではないのだろうから。
× × × ×
「昼間はそうでもなかったけど、流石に夜なると冷え込みが凄いね。もしかしたら雪が降ったりして」
食事を終えて片づけも済ませ、2人で楽しい時間を過ごしたあとの21時過ぎ、俺はるーちゃんを自宅へと送る為に外へと出ていた。
「そうだね。でもそれだったらちょっと素敵だなあ」
寒空の下、お互いが口を開く度に冷たい空気に白いもやが広がってスッと消えていく。その様子を見ただけでも今が相当に冷え込んでいるのが分かる。
しかし身体の芯から冷えていきそうなこの寒空の中でも、るーちゃんはそんなことを言いながら温かな笑顔を絶やさない。
出会った当初はほとんど笑顔を見せなかったというのに、今ではこうしてよく笑顔を見せてくれるようになった。ほんとに人間てのは変われば変わるもんだ。
「ホワイトクリスマスってよく聞くフレーズだけど、実際には雪ってなかなか降らないよね」
「あはは、確かにそうだよね。なかなかドラマみたいに都合良くは降らないもんね」
「そうそう。現実は厳しいよ」
2人で軽く笑い合いながら、るーちゃんの自宅へと進んで行く。
しかしこの楽しい時間も後少しで終わるかと思うと寂しくなってくる。
「ねえ、たっくん。ちょっとだけ公園によって行かない?」
「公園?」
「うん、もうちょっとだけお話をしたかったから。ダメかな?」
「ううん、そんなことないよ。俺もそう思ってたからさ」
「そうなの? それなら良かった……」
「う、うん……それじゃあ行こっか」
なんだかむず痒い気持ちを感じながら、俺とるーちゃんの自宅からちょうど真ん中辺りにある公園へと向かった。
「やっぱりこの時間だと誰も居ないね」
「だね。時間が遅いのもあるだろうけど、この寒さだから外に出たくない気持ちも分かるよ」
向かった公園に入った俺たちは、どちらが言うでもなく2つ並んだブランコへと腰を下した。
「コタツでぬくぬくしてると出たくなくなっちゃうもんね」
「そうそう。うちもコタツを用意すると俺も妹も抜け出なくなるから、なるべく出さないようにしてるんだよ。一度コタツを用意するともの凄く自堕落になるからね。あれはまさに人類が発明した悪魔の道具だよ」
「あはは。悪魔の道具って面白い表現だね。でもなんとなく分かるような気がする」
「でしょ? 人類は知らず知らずに恐ろしい魔具を生み出しているんだよ」
「ふふっ、そう言われるとそうかもしれないね」
口元に手を当ててくすくすと笑うるーちゃん。
我ながら厨二病のような発言をしてしまったことを後悔したけど、るーちゃんは別段気にしている様子はないので助かった。
「……なんだか不思議だよね。私たちがこうしてお話してるのって」
「不思議?」
「うん……ほら、昔あんなことがあった時にはこうしてまたたっくんとお話できる日が来るなんて思ってもいなかったから……だからね、たまに思うんだ。これはもしかしたら夢じゃないのかなって……」
るーちゃんからの言葉に俺は驚いた。だってるーちゃんの口から出た思いはそのまま俺にも当てはまっていたから。
「俺もさ、同じようなことを思ってたよ。色々あってるーちゃんとは不本意なお別れをして、色々なことを後悔してた。だから俺も時々思ってたよ。これは夢なんじゃないかって」
「そうだったんだ……私たちってなんだか似た者同士だね」
少し冗談めかしたようにそう言うるーちゃん。その様はちょっとした照れ隠しのようにも見える。
「あはは。そうかもしれないね」
ちょっと照れくさいけど、俺もそんなるーちゃんに乗っかるようにしてそう答えた。
「……引っ越したあとは本当に色々なことを後悔したなあ……なんでもっと素直になれなかったんだろうとか、なんでちゃんとお話をしなかったんだろうとか、どうして引っ越す前に自分の気持ちだけはしっかりと伝えなかったんだろうとか……本当に後悔した」
「…………」
空を見つめながら気持ちを語るるーちゃんの方を見ながら、俺は彼女の気持ちを聞いて残念な気持ちを抱いていた。
俺もあの時、しっかりるーちゃんと向き合うべきだった――と、そんな風に思ったから。
そう思いながらるーちゃんと同じように空を見上げた時、空からチラチラと白い物が舞い落ちてくるのが見えた。
「あっ、雪だ……」
「ほんとだ。こうしてたっくんと2人きりの時に雪が降ってくるなんて、出来過ぎだなあ……神様が“勇気を出せ”って言ってくれてるのかな……」
「勇気?」
そう尋ね返した瞬間、るーちゃんはブランコから腰を上げて少し前へと歩き足を止め、こちらへと振り向いた。
「…………私ね、たっくんのことがずっと好きだった」
「えっ!?」
「昔たっくんに告白された時、私凄く嬉しかった。でもね、私のせいでたっくんに嫌な思いをさせるのが嫌で断ったの。あの時はそれで良かったと思ったけど、本当に後悔した。たっくんに嘘をついたことが、自分の気持ちに嘘をついたことがあんなにも苦しいなんて思わなかった……」
そう語るるーちゃんの目に薄っすらと涙が浮かんでいるのが見えた。彼女は今、必死に勇気を振り絞っているんだと思う。
「私はたっくんのことが好き。あの時からずっとその気持ちは変わってない。だから今もたっくんのことが好き」
浮かんだ涙を手で拭い、真剣な表情で真っ直ぐに俺を見ながらるーちゃんはそう言った。
その真っ直ぐな想いに驚きを隠せず、俺は固まってしまう。
「……今日は一緒に居てくれてありがとう、凄く楽しかったよ。じゃあねっ!」
「あっ……」
るーちゃんは自分の気持ちを伝え終わると、いつものにこやかな笑顔を浮かべてから公園を走り去って行った。
突然のことに気持ちの整理が追いつかなかった俺は、そんなるーちゃんの言葉に何も答えることが出来ずにその場で立ち尽くしていた。
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