第245話・初体験×溢れる笑顔

 我が家にやって来たるーちゃんと夕食の仕込を軽くしたあと、俺たちは外へと出かけた。特に目的があったわけじゃないけど、こうして2人で居ると外の寒さもなんだか和らいで感じる。


「今日は少しぽかぽかした陽気だね。陽の光が気持ちいい」

「そうだね。昨日までは特に寒かったから余計にそう感じるのかも」


 顔を空の方へと向けて瞳を閉じるるーちゃんの表情は本当に気持ち良さそうで、そんなるーちゃんを見ているとなんだか余計に陽の光が暖かく感じてくる。


「これからどこに行こっか?」

「うーん、そうだなあ……るーちゃんはどこか行きたい所ある?」

「私が行きたい所でいいの?」

「もちろん。俺はるーちゃんの行きたい場所に行くよ」

「そっか……それじゃあお言葉に甘えちゃおっかな」


 少しだけ迷うような素振りを見せたあと、るーちゃんはいつもの柔和で明るい笑顔を見せてそう言った。


 ――まったく、どこまでも素敵な笑顔を見せてくれるもんだぜ。


 今のるーちゃんはどんな女性よりも可愛らしく、そして愛おしく感じる。それは間違いなく俺の中にある恋心の作用だろうけど、それを除外したとしてもるーちゃんが可愛らしく良い人であることに変わりはない。


「それでどこに行きたいの?」

「な・い・しょ。ほら、行こうよ」

「あっ……」


 悪戯心を含んだ子供のような笑顔を見せながら、るーちゃんは俺の右手を左手で握って歩き始めた。こういったある意味で大胆な部分は昔と変わっていないみたいだ。


 ――あー、緊張するなあ……。


 たかだか手を握られているだけのことなのに、そのことが凄まじく緊張感を高めていく。心臓が早鐘のように鼓動を早め、全身に血液をドクドクと送り出しているのが分かる。

 自分でもこれだけ動揺しているのが分かるんだから、るーちゃんに握られた手からこの動揺が伝わるんじゃないかと酷く不安になった。

 しかしるーちゃんはそんな不安を抱く俺をよそに、握った手を離すこともなく進んで行く。


 ――今のこの状況を他人が見たらどう思うんだろうか……恋人に見えたりするのかな? そうだと嬉しいかな。


 そんな自分にとって都合の良いことを考えながら、るーちゃんに手を引かれて極彩色のイルミネーションを着飾った家が美しい街中を歩いた――。




「るーちゃんが行きたかった場所って、ここ?」

「うん。やっぱり女の子がこんな所に誘うなんて変かな?」


 るーちゃんに手を引かれて歩くこと十数分。俺たちは最寄り駅から少しだけ離れた場所にあるゲームセンター前へと来ていた。

 ここは一時期俺がよく訪れていた場所だっただけに、どうしてこんな所に来たかったんだろうと疑問に思ってしまった。


「いや、そんなことはないけどさ。でもちょっと意外だったと言うかなんと言うか」

「……あのね、昔からクラスメイトがよくお友達とこういう場所に行くのを見てて、私も時々誘われたりはしてたんだけど、なんだか騒がしいし男の人も多くて怖かったから行けなかったの。もちろん興味はあったんだけどね。だからたっくんと一緒なら大丈夫と思って一緒に行きたいと思ったんだけど……迷惑だったかな?」

「ううん、迷惑なんてことはないよ。むしろ俺と一緒に行きたいと思ってくれて嬉しいよ」

「ホント! 良かったあ……」


 心底安心したような感じでふうっと息を吐くるーちゃん。

 行きたい場所で今まで行けなかったゲーセンをチョイスするなんて、なんとも可愛らしいじゃないか。ここはいっちょ張り切ってゲーセンの楽しさを教えよう。


「それじゃあ入ろっか」

「うん! よろしくお願いします」


 軽く会釈をするように頭を下げたるーちゃんと一緒にゲームセンターへ入ると、いつもと変わらない様々なゲームの大きな音が店内に鳴り響いていた。


「わあー、やっぱり大きな音だね。みんな耳が痛くなったりしないのかな?」


 両手の人差し指で両耳を押さえながら、驚きで目を丸くするるーちゃん。さすがゲーセン初体験者、素直な驚きを見せてくれる。

 でも考えてみれば俺も初めてゲーセンに訪れた時には、この馬鹿でかい音が気になって仕方なかった。そう考えるといつの間にこの馬鹿でかい音に慣れたのか不思議になるな。


「最初は結構耳障りだと思うけど、その内に慣れてくると思うよ。でもまあ、最初は少し音が大人しいコーナーに行こっか」

「うん」


 るーちゃんを引き連れてビデオゲームコーナーから離れ、クレーンゲームの箱が立ち並ぶ方へと向かう。


「クレーンゲームってこんなに大きなぬいぐるみも入れてるんだね!」


 大きなクレーンゲームの箱に入っている大きなぬいぐるみの数々を見て、るーちゃんは少し興奮気味に声を上げる。

 ゲーセンでこういう大きな景品を見るとテンションが上がる気持ちは分かる。でも景品を取ろうとすると段々テンションが落ちるんだよな、あまりの取れなさに。


「昔はこんな大きなのはそんなになかったんだけどね。でも最近のゲーセンは景品も大型化してきてるから、こういうのは珍しくないんだよ」

「へえー、そうなんだ」

「うん。でもさ、ゲーセンでこういう景品を見るとつい取りたくなるんだけど、取れたら取れたで置き場所に困るんだよなあ」

「確かにこんな大きなぬいぐるみいくつも取ってたら、置き場所がなくなっちゃうよね」

「あはは、確かに。でもこういうのってホントになかなか取れないんだよ。昔妹の杏子にせがまれてやった時なんて、取れるまでに5千円もかかっちゃったし」

「五千円も!?」

「うん。杏子は凄く喜んでたけど、帰りに似たようなぬいぐるみが3千円で売られているのを見た時には流石にショックだったよ」

「それは確かにショックだね……」

「まあね。でもゲーセンて取るまでの過程を楽しむ所だし、仕方ないとは思うけどね」

「ゲームセンターってそういうところなんだね……凄くお金かかりそう」


 とんでもない場所に来ちゃった――みたいな不安げな表情を浮かべるるーちゃん。まあお金を使うと言う意味では間違ってはいないけど、ゲーセンはそれなりにリーズナブルに楽しむ手段もある。


「まあこんなのは手を出すタイミングを吟味しなきゃ凄くお金がかかるけど、もっと手軽に楽しめる物もあるよ」

「そうなの?」

「うん、確かあっち側にあったと思うから行こう」


 るーちゃんにそう言ってから目的の方向へと歩を進めて行く。


「ほら、これだよるーちゃん」

「わあ~、小さなお菓子がいっぱいだね」


 決して大きくはないドーム状の箱の中では、いわゆる駄菓子と呼ばれる物がたくさん敷き詰められた状態で延々と時計回りをしている。

 このクレーンゲームをやるのは久々だけど、少なくとも景品を取る楽しみを教えるには最適な物だと思う。


「これってどうやって取るの?」

「やってみるから見てて」

「うん!」


 興味津々な様子でドームの中を見るるーちゃんを見て顔をほころばせながら、俺は100円を入れてボタンを押す。


「あっ、クレーンが動いた!」


 ボタン操作でクレーンが動くと、それを見たるーちゃんはテンション高く声を上げた。

 小さな子供のようにしてクレーンの行く末を見るその姿は本当に可愛らしく、思わずそんなるーちゃんに見惚れてしまいそうになる。


 ――いかんいかん、今はゲームに集中しないと。


 るーちゃんに視線が釘づけになる前にクレーンへと視線を戻す。

 そしてお菓子が山のように盛られた部分を狙い、クレーンをタイミング良く滑り込ませる。


「あっ! たくさん取れた!」


 滑り込ませたクレーンがお菓子をすくい上げるのを見て、更にるーちゃんのテンションが上がっていく。

 すくい上げる時にボロボロと横からお菓子がこぼれ落ちたから、るーちゃんが言うほどたくさんすくえたわけではないけど、初めて見たるーちゃんにはさぞかし多く取れたように見えたのだろう。

 いちいち反応が可愛らしいことに表情が緩むのを感じつつ、お菓子をすくい上げたクレーンを操作して動く板の上へとお菓子を落とすと、動く板が落ちてきたお菓子を押してその先にあるお菓子を取り出し口へと押し出す。


「落ちた! お菓子が落ちたよたっくん!」


 コロンコロンと軽い音を立てて数個のお菓子が取り出し口に落ちてきた。


「はい、るーちゃんにあげる」

「いいの? ありがとう!」


 たった数個の駄菓子を渡しただけなのに、るーちゃんは本当に嬉しそうにして喜んでくれる。そしてそのことが俺にはたまらなく嬉しかった。


「さあ、あと2回できるから今度はるーちゃんがチャレンジしてみて」

「えっ!? 大丈夫かな……」

「大丈夫大丈夫。俺がちゃんと教えるから」

「う、うん。分かった、私頑張る!」

「その意気だよ」


 緊張気味なるーちゃんに手解てほどきをしつつ、るーちゃんにとっては初めてのゲーセン体験、俺にとってはるーちゃんと来た初めてのゲーセン体験は楽しく過ぎて行った。

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