第244話・恋心×その行方

 外がより一層寒さを増す中、俺たちの通う花嵐恋からんこえ学園は冬休みへと突入し、早くも明日はクリスマスイヴを迎えようとしていた。

 街は毎年のように変わらず極彩色のイルミネーションで着飾られ、浮ついた雰囲気を醸し出している。そしてそんな浮ついた雰囲気が否応なしにクリスマスの気分を高めていく。

 そんな中クリスマスプレゼントを買うために朝から隣町へとやって来た俺は、人の喧騒が絶え間なく耳に入って来るデパートの中へと来ていた。たくさんの人で賑わう店内は熱気に溢れていて人酔いを起こしそうだ。

 だけどここでそんな弱音を吐いていても仕方がない。良いプレゼントは自分の目で見て探すのが基本だからな。


 ――さてさて、どんなプレゼントを選ぼっかな……。


  毎年のことではあるけど、このプレゼント選びには頭を悩ませてしまう。正直相手の好みなんかもあるし、なにより学生の身分でプレゼントを買うには財力的に厳しい部分もある。

 なにせ茜に杏子、まひろに美月さん、愛紗に陽子さん、ついでに渡、そしてるーちゃんと、プレゼントを選ぶ相手は結構多いから。

 だけど年に1回の大きなイベント。こんな時くらいはなるべくケチ臭いことは言いたくない。

 多くの店を見て回りながら、それぞれが喜んでくれそうなプレゼントを探して回る――。




「ふうっ……毎年のことだけど結構しんどいな……」


 るーちゃん以外のプレゼントを買い終えた頃、俺は買ったプレゼントを抱えて一休みするために、デパートにあるフードコートの一角にある椅子に座って失った体力の回復を行っていた。


 ――さてさて、るーちゃんへのプレゼントはどうしよっかな……。


 クリスマスプレゼントを選ぶ際、一番困っていたのはるーちゃんへのプレゼントだった。なにせるーちゃんと関わりを持っていたのは、小学校三年生の僅かな期間だけだから。

 当時はそれなりに深く関わりを持っていたとはいえ、彼女の趣味や趣向を深く知るほどではなかった。さすがに高校生にもなった女子に小学生当時のイメージでプレゼントを買うわけにもいかないからな。

 かと言って本人に欲しい物を聞くとサプライズの楽しみがない。今年は是非るーちゃんの驚いた顔を見てみたいしね。

 それに俺自身、るーちゃんへのプレゼントにはちょっとこだわりたいというのもあった。

 長い間お互いに辛い思いをしていたこと、色々な行き違いやすれ違いから、お互いに言葉も交わさずにお別れしてしまったこと、そんな色々なことを埋めるような“何か”をプレゼントしたかったから。あとはまあ……俺の個人的な好意って部分が大きいかな。


 ――夏休みに再会してからたったの数ヶ月だというのに、俺って惚れっぽい性格してんのかなあ……。でもまあ、るーちゃんは相変らず優しいし、あの頃よりも更に角がとれて丸くなってるし、色々な話をしてても楽しいし、なによりあの笑顔を見ていると凄く嬉しいし――って、なに考えてんだ俺は……。


 るーちゃんのことを考えると、ドキドキして仕方がない。この感じもなんだか懐かしいもんだ。

 しかしるーちゃんには告白して一度振られている手前、この気持ちを伝えることはできない。

 もどかしい気持ちは感じるけど、そのことでるーちゃんをまた苦しませたくはない。だからこの想いは俺の胸の中にしまっておかないと。


「さて、そろそろ行くか……」


 ちょっとした虚しさを感じつつも席から立ち上がり、俺はるーちゃんへのクリスマスプレゼントを選びに向かった。


× × × ×


 ――そろそろかな。


 時は過ぎて翌日のクリスマスイヴ。そろそろ11時を迎えようかという頃、俺は自宅でるーちゃんがやって来るのを待っていた。

 リビングではエアコンが部屋を暖めようと勤勉に働いているが、俺の身体が熱いのはエアコンのおかげなのか、るーちゃんが来ることで緊張しているせいなのかよく分からない。

 杏子も1時間程前に出かけたし、今は家にたった独り。しかしそれもあと僅かの話。もうしばらくすればるーちゃんがやって来るんだ……。

 意識しては駄目だと思いつつも、そう思えば思うほどに意識しているのと変わらないことに気づく。いったいどうすりゃいいんだと言った気分だ。

 とりあえず落ち着かないもんは仕方ないと開き直り、部屋の中をウロウロとしていたその時、玄関のチャイム音が部屋の中に鳴り響いた。


 ――来たっ!


 緊張していた気持ちが更に強まると同時に、嬉しさも込み上げてくる。人に恋している時の感情は実に複雑だ。


「はーい! どちら様ですかー!」


 この時間にるーちゃん以外の人が来る予定はない。だからこんなことを聞くまでもないのだけど、自分の緊張をほぐすためにあえて大きな声を出した。


「あっ、私は朝陽瑠奈と申します。たっくん――いえ、龍之介くんはご在宅でしょうか?」


 るーちゃんが俺のことを龍之介くんと呼ぶのはとてもレアなパターンだ。本当にもの凄く久しぶりにるーちゃんの口からその響きを聞いた気がする。


「待ってたよ! 今開けるね!」


 嬉しさのあまりついつい本音が口から漏れ出る。


 ――いかんいかん。ちょっと落ち着かないとな。


「いらっしゃい。寒かったでしょ? さあ、早く上がって上がって」

「うん。それじゃあお邪魔します」


 るーちゃんが用意したスリッパを履くと、俺はそのままリビングへとるーちゃんを案内してソファへと座ってもらった。


「あっ、クリスマスツリー飾ってるんだね」

「うん。押入れの奥にしまってたんだけど、今年はちょっと飾ってみようと思って出したんだ」

「そうだったんだ。私こういうことしたことないから羨ましいなあ」

「そうなの?」

「うん。ほら、私の家って母子家庭だから、あんまりそういったことにお金を回せる余裕がなくて」

「そっか……」

「でも今年はこうしてそれを体験出来たから嬉しい。ありがとね、たっくん」


 屈託のない笑顔を向けてくるるーちゃんを見ていると、なんともむず痒い気持ちになる。

 本当はその笑顔をちゃんと見ていたいのに、恥ずかしくてまともに見れない。


「あ、うん。るーちゃんが喜んでくれたなら、押入れから引っ張り出した甲斐があったよ」


 照れくささを誤魔化すようにしてそう言いながら、俺は台所へお茶を淹れに行く。自宅だとこういった逃げ道があるから助かる。

 急須に新しい茶葉を入れ、そこに温かなお湯を注ぎいれていく。

 そして急須の中に入れたお湯が徐々に深い緑色へと変化していくのを見ながら、2つの湯呑みに少量のお湯を注いで温める。


「はあっ……やっぱり緊張するなあ……」


 一度恋心を意識してしまうと、相手のどんなことでも気になってしまう。これはもう、恋に落ちたものがおちいる呪いのようなものだと言えるだろう。

 湯呑みに入れたお湯を流しに捨て、急須の中のお茶を注ぎいれる。そして緊張から震え始めた手で湯飲みをトレイに乗せ、るーちゃんの居るリビングへと運んで行く。


「お、お待たせるーちゃん」

「ありがとう、たっくん」

「い、いいえ、どういたしまして」


 お茶の入った湯飲みを目の前にある木製テーブルに置くと、るーちゃんは再びにこやかな笑顔を見せてくれた。

 その明るく可愛らしい笑顔を見る度に、俺の心臓はドキッと大きく跳ねる。こんなことが続けば心不全で死んでしまいそうだ。


「あー、温かくて美味しい」


 るーちゃんは差し出したお茶を飲んでほっこりとした表情を見せる。こんな風に緩んだ表情を見ているのも好きだ。


「ん? どうかした?」

「えっ!? いやあの……別になんでもないよ……」

「そ、そう? それならいいけど」


 ついついじっとるーちゃんの顔を見ていたことに慌ててしまい、自分の湯呑みを手に取り中のお茶をすする。

 俺はじっと見ていたことを誤魔化すのに必死だったせいか、緑茶の味などほとんど分からなかった。

 るーちゃんと過ごすクリスマスイヴはまだ始まったばかりだというのに、段々とこんな調子で大丈夫なんだろうかと俺は不安になってきていた。

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