第243話・想い合う×ふたり
楽しみが先にあると、多少の嫌なことは我慢できる。人間はその楽しみのために生きていると言っても過言ではないだろう。
そう考えると人間ってのは複雑そうに見えるけど、根っこの部分はかなり単純なのかなとも思える。
でもまあ、人間社会で生きて行くにはこれくらいじゃないとキツイと思う。なにせ今の人間社会はとてつもないストレスにまみれているから。
――ふあぁぁ~。
あとしばらくすれば冬休みを迎えようという寒い朝。俺はいつものように教室の窓外の景色を見ながら、退屈な授業へ反抗するように
しかしその反抗は決して先生に気づかれてはいけないので、小さく目立たないようにやらなければいけない。
反抗だと言っているのに矛盾したことをしているとは思うけど、誰だって怒られると分かっていることを堂々とやろうとは思わないだろう。だからこそこっそりとやるわけだ。この自己満足満載のささやかな反抗を――。
朝起きてから放課後になるまでに、俺はいったい何度欠伸を出しただろうか。正確に数えてはいないけど、恐らく20回は欠伸をしていたと思う。
我ながらよく欠伸を出してたよなーと思いつつ、必要な物を鞄へと詰め込んでから後ろの席へと振り返る。
「るーちゃん、今日は買物どうする?」
「ちょうど切れそうな物があったから買出しに行くよ」
「それなら俺も少し買い出しておきたい物があるから一緒に行かない?」
「うん! あっ、でも少しだけ待ってもらってていいかな?」
「どうかしたの?」
「うん……ちょっと用事があるから」
「そうなの? 良かったら手伝おっか?」
「あ、ううん。大丈夫だから気にしないで。それじゃあちょっと行って来るね」
「うん、それじゃあ校門前で待ってるよ」
「分かった。なるべく早く行くね」
そう言うとるーちゃんは鞄を持ってそそくさと教室を出て行った。
――なんだか妙に慌てた感じだったけど、本当になにもないのかな。
そわそわと落ち着きのない感じの様子は気になったけど、るーちゃんが大丈夫だと言う以上は追求しても仕方がない。
落ち着かない気分を感じつつ鞄を持って席を立ち、教室の外へと出る。
そして生徒たちでざわついている廊下を歩き、階段を下りて下駄箱へと辿り着いた時、俺はなんとなくるーちゃんの靴があるかどうかを見てしまった。
――靴が上履きに変わってる……てことは外に出たのか。いったいなんの用事なんだろ。
気にしても仕方のないことだと分かっているけど、やはり気になるものは気になる。多分こんなにるーちゃんのことが気になるのも、過去のことがあるせいだと思う。
過去るーちゃんは男性に対する不信感や嫌悪感から、告白をしてきた男子たちを手酷く振っていた。そんなことが重なる内に男子からは恐れられ、女子からは
そんな経緯があったからか、女子連中からは結構酷い苛めを受けていた。俺もその全てを知っているわけじゃないけど、何度かそんな場面に遭遇したこともある。
だからこっちに転校して来てまたそんなことになったりしてないかと、気にもなったりもするわけだ――。
「はあはあっ、待たせてごめんね!」
校門で寒風に耐えながら待つこと約20分。るーちゃんが息を切らせながら走って来た。
「用事はもう大丈夫なの?」
「あ、うん。もう大丈夫。ちゃんと話してきたから」
話してきたから――るーちゃんはつい口に出してしまったんだろうけど、その内容はなんとなく恋愛ごとのような気がした。
「そっか。それじゃあスーパーまで行きますか」
「うん、行こう」
いつもの柔和な笑顔を浮かべ、るーちゃんはスーパーへ向けて歩き始めた。
そんな彼女の笑顔を見ている時、俺は心に安らぎを感じる。それと同時にその笑顔を独り占めできていることに満足感を得ているわけだ。
「こっちの高校に来てからどう? もうだいぶ慣れた?」
「うん。みんなとっても優しいし、たっくんも凄く親切だから助かってるよ」
「あ、うん。でもそれは当然のことだよ」
「ホント、たっくんは昔から全然変わってないよね」
「そう? どんなところが?」
「困っている人を見て見ぬ振りができない。そんなお節介で優しいところかな」
「あはは、随分と買いかぶってくれてるみたいだね。嬉しいけど心が痛むよ」
「そんなに謙遜しなくてもいいと思うんだけどなあ」
きっとるーちゃんは本気でそう言ってるんだと思うけど、俺はそんなご大層な人間ではない。だからるーちゃんのその真っ直ぐな気持ちは非常にむず痒くなる。まあ嬉しいんだけどさ。
「ははっ。でもまあ、そう言ってもらえるのは嬉しいけどね」
「ふふっ、それだけ優しかったらたくさん女の子にモテたんじゃない?」
「そーれがさっぱりモテなくてね。言い寄って来る女の子なんて今まで1人も居なかったよ。妹以外はね……」
自分で言ってて虚しくなるけど、事実だから仕方がない。あっ、なんだか泣けてきた……。
「そっか。変なこと聞いてごめんね」
「いやいや、別にいいよ」
「うん、ありがとう。……あ、あのね、たっくん。突然だと思うけど、私が引っ越した時どう思った?」
もの凄く聞き辛そうにそんなことを尋ねてくる。
俺はるーちゃんと再会してからあえてあの時のことは口にしないようにしていたけど、まったく聞きたいことがなかったかと言うと嘘になる。
しかしわざわざ暗い過去をほじくり返す必要はないと、ずっとそのことについてはなにも聞かないつもりではいた。けれどるーちゃんからそのことについて話題を振ってきた今、少しくらい俺から色々と聞いてみてもいいのだろうか……。
「うーん……正直なことを言えば引越しすることを言ってほしかったかな。まああんなこともあったし、お互いに気まずさで会話もしなかったから仕方ないとは思うけどね」
「そっか、ごめんね」
「ううん、それはもういいさ。でもるーちゃんのことは結構心配してたよ」
「心配?」
「うん。ほら、るーちゃんってあの時ちょっと素直じゃないところもあったから、別の学校で上手くやってるかなーとか、また男子たちにたくさん告白されて困ってないかなーとか、お母さんと仲良くしてるかなーとか、色々とね」
「私って居なくなってもたっくんに心配かけてたんだね。駄目だなあ……」
「ああいや、そんなに落ち込まないでよ」
「うん。でもね、たっくんが私のことを心配してくれてたって分かったから嬉しかった。あれのせいで絶対に嫌われたと思ってたから……」
「まあ当時は色々と思うところがあったけど、ふとした切っ掛けでるーちゃんのことを思い出すことは多かったよ。今頃どうしてるのかなーって」
「そうなんだ」
「うん。やっぱり一度好きになると、そうやって気になっちゃうものなのかな? ……な、なーんてねっ!」
自分の言ってることが恥ずかしくなり、ついつい茶化すようにして作り笑いを浮かべる。我ながら余裕のなさが情けない。
「私もね、たっくんのことずっと忘れられなかったよ」
「えっ?」
「私のせいで傷つけてしまったこと、私を好きになって告白してくれたのに、それを断ってしまったこと……色々なことを後悔してた。引っ越して離れれば忘れられると思ってたけど、そんなことは全然なくて、むしろ近くに居た時よりもたっくんのことを考えることが多くなって辛かった……」
「……お互いに色々と辛い思いをしてたんだね。でもさ、今はこうして一緒に居るわけだし、あの時遊べなかった分も遊んで思い出を作ればいいさ」
「うん、そうだね。そうだよね……」
「そうそう。ねえ、良かったらクリスマスイブの日は一緒に料理作らない?」
「あっ、いいね。賛成賛成!」
「それじゃあ今日はその日のための買物もしておこっか?」
「うん! あっ、それならせっかくだから一駅先のデパートにも行ってみない?」
「いいね! せっかくだから色々と見てまわろっか」
「やった! それじゃあ早く行こう!」
「おっと!?」
楽しそうな笑顔を見せるるーちゃんに右手を握られ、俺はそのまま引っ張られる。
そんなるーちゃんの笑顔を見ながら、ああ、やっぱり俺ってまだるーちゃんのことが好きなんだな――と、そんなことを思っていた。
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