第240話・初耳×その想い
夏休みも残り僅かとなった第三日曜日。自室の窓外に見える風景は、夏休みに入ってから初めて見る雷雨。
台風などが多い時期としては割りと安定した天気の日々を送れていたのに、よりにもよってこんな日に雷雨とはついていない。
暗雲の中に見える激しい稲光。そんな外の様子はまるで今の自分の心境をそのまま表しているようである意味不気味だ。
しかしどう思おうと今日という時間が止まる訳でもない。でもまあ、仮にでもそんなことになっては困るんだけどな。
ちらりと自室の机の上にあるデジタル置時計へ視線を移すと、その表示はそろそろ午後13時を示そうとしている。今から陽子さんの通っている
それに外が雷雨であることを考えれば、いつもより多少の余裕をもって出かけるのが吉と言える。
滅多に使うことのないリュックをクローゼットから取り出し、何枚かのタオルと袋に包んだ靴を詰め込み背負い、用意していた半透明のレインコートを身に纏う。
「よしっ、そろそろ行くかな」
本当なら気軽に演劇を見に行く――って感じで行けばいいんだろうけど、今日は陽子さんと憂さんの告白に答える大事な日。とても気軽にとはいかない。
部屋を出て階段を下り、天気が荒れ始めた昨日の夜から予め用意していた長靴を履いて傘を持ち外へと出る。
「すげえな……」
外は風こそ強くないものの、鳴り響く雷の轟音は相変らず凄い。これには男と言っても結構びびる。どうか自分に落ちてこないようにと切に願いたくなるほどだ。
そんな荒れた天気の中を身を縮こまらせながら早歩きし、最寄り駅へと向かって行く。
そして約10分ほどで最寄り駅へと着いた俺は、桜花高校がある駅までへの切符を買って電車へと乗る。
目的の駅までは約15分てところか……。
日曜日とはいえこの荒れた天気のせいもあるのか、この車両に居る人の数は俺を含めて4人と非常に少ない。
この時間帯における乗車人数の平均などは知らないのでこれが多いのか少ないのかは分からないけど、この閑散とした感じはどこか寂しい。
そんな電車内から雷雨の外を眺めつつ、再び2人からの告白のことを考える。
ほんの3日前までは、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。物事というのはいつも唐突に起こるものかもしれないけど、それにしたって2人の女性から告白を受けることになるなんて予想がつくはずもない。
ラブコメの主人公たちは多くのヒロインにその気持ちを向けられている時、いったいどんな心境でいたんだろう。やはり今の俺のように、嬉しくも悩み困ったのだろうか……。
憂さんや陽子さんからの告白を受けて以降、俺はずっと悩みっぱなしだ。2人の告白に答える当日だというのに、その答えは未だ出ていない。
いったい自分がどうしたいのか、それすらもまともに分からない。終いにはあまりに悩み過ぎて、いっそのこと日本が一夫多妻制とかならこんな迷いをしなくても済むのかな――とか、そんなアホなことまで考えを巡らせてしまう始末だから情けないもんだ。
そうやって思い悩んでいる時間は非常に長く感じることもあるけど、15分という時間が実際に短くなるわけでも長くなるわけでもない。なにせ電車はきっちり15分で桜花高校がある駅へと着いたのだから。
ろくに考える時間もなかったなと思いながら電車を降り、改札口へと向かう。初めて来る駅だから目新しさを感じるけど、色々と見て回るような心の余裕は今の俺にはない。
とりあえず事前に調べておいたとおりに駅を抜けて外へ出ると、こちらは雷こそ鳴ってはいるものの、雨は大降りではなく小降りだった。たった3駅離れただけでこの天気の違い。結構よくあることだとは思うけど、今回はちょっとありがたい。
そう思いながら携帯の地図を開き、桜花高校へ続く道を歩く。
× × × ×
「あっ! 龍之介くん!」
一切迷うことなく桜花高校への道を歩いていると、見えてきた校門前で俺の名を呼びながら手を振る陽子さんの姿が見えた。その様子に心が弾むのが分かり、自然と歩く速度が速くなる。
「こんにちは。わざわざこんな天気なのに待っててくれたの?」
「うん。せっかく龍之介くんが来てくれるんだもん、これくらい当然だよ」
「そ、そうなんだ。わざわざありがとう。嬉しいよ」
「ううん、お礼なんていいよ。私がそうしたかっただけだから」
そう言ってにこやかに微笑む陽子さんの表情はとても柔らかで可愛らしい。
こんな人が昨日俺に愛の告白をして来たなんて、今でも夢じゃないかと思えてしまう。
「ありがとう。演劇楽しみにしてるから頑張ってね」
「もちろん精一杯頑張るよ。だからちゃんと見ててね、私のことを」
「うん。ちゃんと見てるから安心して」
「良かった……それじゃあ私はみんなのところに戻るね。あっ、演劇をする会場はここを右の方に進んで行った場所にあるから」
「分かったよ」
「それからあの……例の返事のことだけど、舞台が終わったあとここで待っててくれないかな?」
「あ、うん。分かった」
「色々とごめんね。でも私、龍之介くんに告白できて良かったと思う。初めて出会ってしばらくしてからずっと、私は龍之介くんのことが好きだったから……じゃああとでね!」
陽子さんはそれだけ言うと足早にこの場を走り去って行った。
それにしても、初めて会ってしばらくしてからずっと俺が好きだった――ってことは、二年以上前からずっと俺への恋心を持っていたってことだよな。全然気づかなかったぜ……。
まさかそんなに前から俺のことを好きでいてくれたなんて思ってもいなかった俺は、今までその気持ちに気づかなかった自分に対して大きな溜息を漏らした。
でも今こうして真実を聞いた上で色々なことを思い返してみると、確かに陽子さんの行動が俺への好意と受け取れるような場面も多々あったように思える。
そしてそれが思い当たるのと同時に、陽子さんに対して非常に申し訳ない気持ちになってしまった。
だってそんな恋心を抱いて俺と接していた時間は、きっと苦しかっただろうと思えるから。今更だとは思うけど、そんな陽子さんのアプローチを“勘違い”だと思っていた過去の自分を平手打ちしたくなる。
しかしいくら過去のことを後悔しようと、その過去がなくなる訳でも修正される訳でもない。ならばそんなどうしようもないことに考えを向けるのは止めにして、まだ見ぬ未来のことを考えた方が健全で前向きだろう。
ここに来て初めて知った事実を心に留めつつ、陽子さんに言われた方向へと歩き始める。
「あっ、いつの間にか雨止んでる」
傘に当たる雨音がいつの間にかしなくなっていたことに気づいて視線を空へ向けると、暗く厚い雨雲に覆われていた空から明るい陽の光が地上に向かって射し込み始めていた。
そんな眩しい陽の光を目の当たりにしながら傘を閉じ、ゆっくりとレインコートを脱ぎながら演劇が行われる会場へと向かって行った。
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