第151話・手助け×要請
俺たちが文化祭でやる催し物の準備は、驚くほどスムーズに進んでいた。こうして予定どおりに物事が進むというのは、ある意味での爽快感のようなものを感じる。
今年は杏子と愛紗が居るクラスも見て回る予定でいるし、他にも面白そうな催し物を準備しているクラスもあるから、去年以上に楽しみが多い。
でも、ただ一つ残念なのは、去年とは違って雪村さんが文化祭に来ることができないことだ。
なんでも雪村さんが通っている学校で演劇祭なるものがあるらしく、今はその準備と練習に追われているらしい。
本当なら合間の時間でもいいから是非とも来てほしいところだけど、見事にこちらの文化祭開催期間と演劇祭の期間が被っているためにそれも不可能。非常に口惜しい話ではあるが、雪村さんが目指している道を考えれば仕方のないことだと思う。
「ところでまひろ、まひるちゃんの方はどうだ? 上手くやってる感じか?」
催し物の一つであるお化け屋敷用の背景パネルの組立を行っている最中、俺はまひるちゃんのことが気になってまひろにそう問いかけた。
まひるちゃんと喫茶店で話をしていた時に頼まれていたことを実行に移すために、俺はいくつかのことをまひるちゃんにお願いしていたからだ。
「あ、うん。まひるなりに頑張ってるみたいだよ」
「そっか。でもまひろ、本当に良かったのか?」
「うん、僕は全然構わないよ。だからまひるのお願いを聞いたんだから」
一切の迷いを感じさせることなく、まひろはにこやかにそう言う。そんな様相のまひろを見ていると、これ以上はなにも言えない。
「まあ最初っからまひろが納得した上での話しだったわけだし、こんなことを聞くのは今更か」
「ごめんね龍之介、僕たちの我がままを聞いてもらって」
まひろは作業の手を止めてすまなそうに謝る。
このように謝る気持ちも分からないではないけど、引き受けたのは他ならない俺の意思であって、誰かに強制されたわけでも脅されたわけでもない。だからそんなに謝る必要なんてないと思う。
「まひるちゃんのお願いを聞き入れたのは俺の意思なんだから、まひろがそんなに気にすることはないんだよ。なにかあればみんな揃ってお叱りを受けるわけだし、仮にそうなったからって、まひろたちのせいにしたりはしないからさ」
「ありがとう、龍之介」
「ところでまひろ、一つ俺から提案があるんだがいいか?」
「なに?」
まひろは小さく小首をかしげながら俺を見てくる。
いやー、やっぱり可愛いですね……俺のまひろは。
そんなアホなことを考えながら、俺は先日から考えていたことを話し始めた。
「実は例の計画なんだが、もう1人協力者を引き入れようと思うんだよ」
「えっ?」
俺の話を聞いたまひろは、あからさまに不安げな表情を見せる。
でも俺は、まひろがこんな感じの反応を見せることはある程度予想していた。なぜならまひろは、妹のまひるちゃんの存在をあまり他の人には知られたくないようだからだ。
まあ小学生からのつき合いだった俺でもまひるちゃんの存在を知ったのは高校生になってからだし、それに相当に大事にされているのも分かるから、まひろが妹の存在を周りに明かしたがらないのも分からないではない。
それに俺がまひるちゃんの兄だったら、悪い虫がつかないように家で大事に隠して育てると思うし。てか、絶対に男の目に触れさせたくないと思うだろうな。
「駄目か? まひろ」
「うーん……できれば他の人に今回のことを知られたくないけど、龍之介がそう言うってことは、なにか理由があるってことでしょ?」
悩む素振りを見せながらも、まひろは真っ向から俺の意見を却下することはなく、俺の中にある考えを聞く方向で話を進めてきた。さすがは親友だ。ちゃんと俺の中に考えがあることを見抜いている。
「ああ。色々と計画を練ってはいるけど、やっぱり不測の事態が起きた時に俺1人では
「そっか、そうだよね……。確かに龍之介がいつも側に居るってわけじゃないもんね」
「そういうことだ。それでだな、1人パートナーとして引きずり込むのに適任な人物が居るんだが――」
俺は自分の考えやパートナーに選んだ人物、そしてその人物を選んだ理由などを、作業をしながら事細かに話して聞かせた。
「――て感じなんだが、どうだ?」
「うん……確かに龍之介の言うとおりかも」
「じゃあ、仲間に引き入れても大丈夫か?」
「うん、まひるには僕から事情を話しておくから」
「サンキューな」
「ううん、全部僕たちのためにやってくれてることだもん。こちらこそありがとう」
そう言って満面の笑みを浮かべてくれるまひろ。
なにこの可愛い天使! 今すぐ抱き締めたいんですけど!
そんなことを思いながら、思わずフラフラとまひろに歩み寄ってしまう。
「ん? どうしたの、龍之介?」
「はっ!?」
小首を傾げながらそんなことを聞いてくるまひろを見て、俺は我に返った。
あぶねえ、あぶねえ……あと2秒まひろが声をかけてくるのが遅かったら、思いっきりまひろを抱き締めてしまうところだったぜ。
でも待てよ……まひろは男なんだから、同性の俺が抱き締めても別に問題はないんじゃないか? いやいや……落ち着くんだ。同性とかなんとか言う前に、そんなことをしたらまひろに引かれるかもしれないじゃないか。もしそんなことになったら、俺は自室で引きこもるしかなくなる。自粛せねば……。
1人奇妙な妄想と現実の板ばさみにあいながら、俺はまひろと一緒に文化祭の準備を進めた。
× × × ×
ホームールームが終わって放課後を迎えた夕方。俺は学園の屋上である人物がやって来るのを待っていた。
屋上のフェンス越しに校庭の方へと視線を向けると、たくさんの生徒が校門を抜けて自宅へと帰るのが見える。
「ちっ、なにやってんだよ。早く来いってんだ……」
夕陽が沈みだすと、外は更に肌寒さを増してくる。日中でも寒々とした風が吹き抜けていくというのに、風よけなどの障害物もない屋上でたたずむなんて拷問もいいところだ。
「――待たせたな、龍之介」
屋上で待つこと20分。ようやく呼び出した相手である渡が姿を現した。
それにしても
「おせーじゃねえか、なにしてたんだよ」
「いやまあ、その、心の準備をしていたというか……」
渡は慎重に言葉を選ぶようにしてからそんなことを言った。
それにしても、なんで俺がする内緒話を聞くために渡が心の準備をする必要があるのだろうか……。
しかも奇妙なことに、渡のやつは妙に身体をモジモジさせながら顔を赤らめてる。その姿のなんとおぞましいことか。そんな態度をとって許される男など、この世ではまひろだけだというのに。
「……お前がなんのために心の準備をしていたかは分からんが、寒いから話を始めてもいいか?」
「お、おうっ! どんとこいやっ!」
渡は妙に気合が入った声を出してそんなことを言う。なんだかこんな感じの状況、以前にもあったような気がするな。
俺はちょっとしたデジャヴュを感じつつも、今回のまひるちゃんに頼まれたお願いとその計画を話し、その計画を補佐してほしいと頼んだ。
「――なんだ、そんな話だったのかよ……」
俺が計画について話を始めると、徐々に渡の緊張していたような表情は変わり始め、最後には真顔になっていた。
「なんだとはなんだ。お前がなにを考えて20分も教室で悩んでいたかの方が俺には疑問だよ」
「そりゃあお前……誰にも気づかれずに屋上に来いとか、内緒の話があるとか言われたから、俺はてっきりお前から愛の告白でもされてしまうのかと思って悩んでたんだよ」
「はあ――――っ!?」
そのあまりにも的外れな内容を聞いた俺は、苦々しく表情を崩しながら声を上げた。
「だ、だってよ! そんな風に言われたらさ、普通そう思うだろ!?」
「いや、普通思わねえよ」
俺は一刀両断で渡の考えを切り捨てた。女の子にそう言われて誤解したと言うなら話は分かるが、なんで俺が渡に愛の告白などせにゃならんのだ。気持ち悪い。
「そんなっ!? じゃあ“どうすればいいんだろう”って教室で悩みまくっていた俺はいったいなんだったんだ!?」
「まあ、ただ時間を無駄に費やした馬鹿だったってことだろうな」
「オ――――マイゴ――――――――ッド!」
渡は頭を抱えながら発狂しだす。
悪いやつではないんだが、正直言ってコイツの考え方と発想にはついていけないところがある。ここは早めに返事を聞いて退散することにしよう。
「渡、元から狂ってるのに更に狂い続けているところ悪いが、さっきの話しの答えを聞きたいんだ」
「アンタ本当に酷いね!? んー、まあ頼んできたのが他ならない涼風さんてことだからいいさ。協力はする。でもさ、具体的に俺はなにをすればいいわけ?」
「とりあえずそのあたりについてはメールでやり取りをしよう。誰かに話を聞かれたりしたらことだからな」
「ほーう、龍之介にしては随分慎重だな」
「当たり前だろ。さっきも話したけど、このことは他言無用のオフレコなんだからな?」
「分かってるよ。俺も人の信用を裏切るような真似はしない主義だからな。それにみんなに内緒でなにかをするってのは、なんだかワクワクするしな」
ニカッと歯を見せながら楽しそうにする渡。一抹の不安は感じるが、コイツが一番適任なのも確かだから仕方ない。
「まあ、とりあえずよろしく頼むぜ?」
「おうっ! この渡様にどーんとまかせとけ!」
自信満々の渡を仲間に引き入れ、俺の計画は次の段階へと移行するのだった。
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