第150話・内緒×お願い

 花嵐恋からんこえ学園での文化祭準備もつつがなく進んでいたある日曜日の朝。前日に『内緒で話したいことがあるんだ』――と、まひろから頼まれていた俺は、まひろから指定された場所へと歩いて向かっていた。

 冷たく刺さるような風が吹く中、身体を身震いさせながら進む。こんな寒い日には家にあるコタツに入ってのんびりとみかんを食べながら、熱い緑茶でもすすってのんびりとしておきたいものだけど、他ならぬまひろの頼みとあってはすっぽかすわけにもいかない。

 俺の中でのまひろ優先度は、彼女よりも高いのだ。まあ、俺に彼女なんていないけどな。ハハハッ…………。

 そんな虚しいことを心の中で静かに呟きつつ、少し暗くなった気分で歩を進めて行く。


「――やっぱりまだ来てないか」


 俺は我が家の最寄り駅から3駅ほど離れた駅の改札口前に来ていた。

 ここがまひろから指定を受けた待ち合わせ場所だったんだが、ちょっと早く家を出てしまっていたからか、まひろの姿はまだどこにもなかった。


「コーヒーでも飲みながら時間を潰すか……」


 俺は改札口からほど近い場所にある売店へと足を運び、いつものように少し甘めのお気に入りコーヒーを買ってから改札口へと戻った。


「あと20分か」


 着ていた上着のポケットから取り出した携帯の時間表示を見ながら、俺は改札口の隅っこで温かいコーヒーを口にしてまひろがやって来るのを待った――。




「あっ、お兄ちゃん!」


 もう少しで缶コーヒーの中身がなくなろうとしていたその時、俺の方に向かって明るく可愛らしい声が聞こえてきた。

 その声が聞こえた方を見ると、そこには温かそうな白のコートに身を包んだまひるちゃんの姿があった。


「お待たせしてごめんなさい」


 まひるちゃんは俺のもとへ素早く駆け寄って来ると、開口一番そう言ってペコリと頭を下げてきた。


「あ、いや、別にそんなに長い時間待ってたわけじゃないからいいけど。ところでまひろはどうしたの? もしかして、また風邪をひいたとか?」


 以前にも何度かあったことだったので、俺は真っ先にその可能性を考えてそう口にした。


「あっ、いえ、違いますよ。まひろお兄ちゃんは今日、お母さんと用事があって出かけてるんです」


「へっ? そうなの?」

「はい。それより今日はすいません、私の我がままでこんなところまで来てもらって」


 まひるちゃんはそう言うと、再びペコリと頭を下げた。そして俺はそんなまひるちゃんを目の前にして、状況をしっかりと把握しきれていなかった。


「あ、あのさ、まひるちゃん。俺は今日、まひろから内緒の話があるからってことでここに来たんだけど……」

「えっ? そうだったんですか? おかしいなあ……私がちゃんと話をするからってことで、まひろお兄ちゃんには龍之介お兄ちゃんに声をかけてもらってたはずだったんですけど……」


 どうやらちょっとした行き違いのようなものがあったようだけど、つまりは今日呼び出されたのは、まひるちゃんが俺に用事があったから――と言うことでいいのだろう。


「つまり俺に話があったのはまひるちゃんだった――ってことでいいんだよね?」

「あっ、はい。そういうことです。ちゃんと話が伝わってなかったみたいでごめんなさい」

「いいよいいよ、別に気にするようなことじゃないから」

「ありがとうございます」


 まひるちゃんはにこやかな笑顔を浮かべながらお礼を言うと、ちょっと嬉しそうにしていた。


「では早速ですけど、近くの喫茶店にでも入ってお話をしていいですか?」

「そうだね、こんな所で話してたら寒いからね」


 俺はそう言って手に持っていた空き缶を近くの空き缶入れへと捨て、まひるちゃんに案内されながら近くにあるという喫茶店へと向かった――。




 駅から歩いて5分ほどの位置にある喫茶店へと来た俺たちは、それぞれに注文した品が来るまで他愛のない会話で楽しんでいた。


「――それでまひるちゃん、内緒の話ってなんなのかな?」


 そしてお互いに注文した品が来たあと、俺は自身が頼んだ朝食セットに手をつけながら、今回の本題である“内緒のお話”ついての内容を聞こうとそう問いかけた。


「あ、はい。そのことなんですけど、今回の花嵐恋学園の文化祭のことで、一つお兄ちゃんにお願い事があるんです」


「お願い事?」

「はい。実は――」


 まひるちゃんは神妙な面持ちになりながら、そのお願いというのを俺に話し始めた。


「――これはまた……随分と思い切ったことを考えたもんだね」

「はい。あの……どうですか? 駄目でしょうか?」


 その深い青色の瞳が、少しだけ潤んだようなってこちらを見ていた。

 はっきり言ってまひるちゃんのお願いは、かなりの危険リスクをはらんでいる。それはまひろだけに関わらず、下手をしたらクラス全体の責任問題にもなり兼ねない。

 しかしこんな可愛らしくも懇願こんがんするような表情で見つめられては、俺も即座にNOとは言えなくなってしまう。


「うーん……その件に関してまひろはどう言ってるの?」

「はい、まひろお兄ちゃんは『龍之介が手助けしてくれるならいいよ』――って言ってました」

「そっか……」


 まったく……まひろのやつ、俺に全部を丸投げしやがったな。


「まひるちゃん。正直に言うと、まひるちゃんのお願いは相当のリスクがあるんだ。だからもし、途中で隠している内容がばれたら、俺とまひろとまひるちゃんはもちろん、下手をしたらクラスメイトにも迷惑がかかるかもしれない。それは分かってる?」

「は、はい……やっぱり駄目ですよね、こんなお願い――」


 まひるちゃんは表情を沈ませながら、そう言って俯いてしまった。


「まあ普通に考えれば駄目だと言うべきなんだろうけど、今回だけは俺も共犯になることにするよ。まひるちゃんの気持ちも分からなくはないからね」

「えっ!? いいんですか?」

「うん。その代わり、しっかりとばれないように頑張ってもらうからね?」

「は、はいっ! ありがとう、お兄ちゃん。私、頑張りますね!」


 まひるちゃんは嬉しそうにそう言うと、満面の笑顔を見せながら目の前にあるパフェを口に入れ始めた。そんなまひるちゃんの笑顔を見ながら、俺は頼まれたお願いをどういう形で叶えようかと考えを巡らせていた。

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