第149話・秘密×逃走

 花嵐恋からんこえ学園に入学してから2度目の文化祭の催し物はお化け屋敷喫茶に決定し、俺たちは催し物の決定した翌日の放課後から準備のための話し合いを開始していた。

 大まかな原案は渡が提示してきた内容に沿う形になるが、細かな設定や概念コンセプトなどはみんなでしっかりと話し合ってイメージを共有しておかないといけない。なぜならこういうことをおこたると、あとで揉める原因にもなり兼ねないからだ。

 今回のお化け屋敷喫茶において、話し合っておかなければいけない点はいくつかある。

 まずは最重要案件である、お化け屋敷と喫茶店の融合についての話し合いから始まった。大まかなコンセプトは渡が案を話した時に伝わったけど、それだけではこの催し物は成り立たない。

 いかにしてお化け屋敷と喫茶店の融合をはかるか、その細かな内容を決めるのが難しいところだ。

 最初は単純にお化け屋敷をモチーフとした室内に喫茶店を作り、お化けにふんした俺たちが接客をすればいいのでは――という話になった。

 アイディアとしては悪くないと思ったけど、この案に数人のクラスメイトが異を唱えたことにより話は再び振り出しへと戻る。

 ちょっと面倒だなと思いはしたが、反対したクラスメイトの意見は“この内容では一部のお客さんにしか楽しんでもらえない”――とのことだった。

 確かに話を聞く限りは問題があるように思えるし、この内容だと楽しめる人が限定されてしまうのも確かだから、内容の練り直しは必要だと思う。

 でもホント、こういう時には多角的な意見が飛び出るから、人数の多さというのは役に立つ。まあ、多すぎるがゆえにまとまらないというデメリットも当然あるけど。

 浮き彫りになった問題点を考慮して案の練り直しを図るが、結局この日、案が纏まることはなかった。


× × × ×


「材料が足りなくなってきたな……ちょっと足りない材料の確認をしてから買出しに行こうか」

「うん、そうした方がいいかもね」


 俺の提案に周りを見渡したあと、何度か頭を縦に振りながら賛同してくれるまひろ。

 寒々とした風が時折吹いてくる中、今年も俺とまひろはペアを組んでセット作りなどの仕事と雑用にいそしんでいる。

 話し合いを始めてから数日が経った午後。いよいよ文化祭準備期間に入った我らが学園は、あちらこちらで祭りの準備が始まり、それと共に賑わいを見せ始めていた。

 あれから俺たちは新たな意見が出ては問題点を指摘するという流れを繰り返し、ようやくお化け屋敷喫茶の内容案を纏めることができた。もちろん最終案も完璧とは言えないかもしれないけど、どこかで適当な落とし所を作らなければ、いつまで経っても案は形にならない。何事にもある程度の妥協は必要ということだ。

 俺はまひろと一緒に足りなさそうな材料を見繕みつくろったあと、他のみんなが担当している場所も回り、ついでに足りない材料を買い集めてくることにした。


「――よし、じゃあ行くか」

「うん」


 俺は買出しの材料が書かれたメモをポケットに入れ、買出し資金を持ったまひろと共に街へと買出しに出かけた。

 文化祭の出し物に使える金額はどのクラスも一定で決まっているから、無駄遣いはできない。極力安くて良い物を選ばなければいけないが、金の使いどころを間違うと、一気にしょぼさが増してしまうから注意が必要になる。

 要するに、抑えて大丈夫なところと、抑えてはいけないところをしっかりと見極めないといけない――ということだ。

 そんなわりと重要な買い物を請け負った俺とまひろは、学園の最寄り駅近くに点在する店の数々に立ち寄り、ありとあらゆる品を慎重に吟味しながらメモ紙に書かれた品の購入を進めた――。




「お待たせ、秋野さん」

「あっ、お帰りなさい、鳴沢くん。お買い物、ありがとうございます」

「いやいや、どうせ俺たちも必要な材料を買いに行かなきゃいけなかったし、ついでだよ」


 俺は買い物袋の中から頼まれた材料を取り出し、秋野さんにそれを手渡した。


「ありがとうございます」

「うん。ところで、衣装作りの方はどう? 順調に進んでる?」

「はい。わっくんがお化けの衣装の資料も提供してくれましたし、他の方の協力もあるので順調です」

「そっか、期待してるね」

「はい。みなさんの想像以上のクオリティーに仕上げて見せますよ」


 そんなことをにこやかに言う秋野さんに背を向けたあと、俺は他の買って来た材料を渡すため、別の作業をしているクラスメイトのもとへと向かった。


「――よし、それじゃあ俺たちも作業を再開するか」

「うん」


 買い出した材料を手分けして担当のクラスメイトに渡してきた俺とまひろは、再び自分たちの担当の作業へと戻った。

 まだまだ文化祭の出し物の準備は始まったばかりだが、去年と同じく、こうして準備をしている時間というのはどこか非日常を感じさせてやはり楽しい。

 そんな非日常をじっくりと味わいながら、俺は文化祭の準備を進めていった。


「――あっ、龍之介先輩に涼風先輩。こんな所で作業ですか?」

「あっ、こんにちは、篠原さん」

「おっ、愛紗か。いやー、セット作りは材料がかさばるからな。こうしてお外で作業してるのさ」

「セットって、先輩のクラスは演劇でもやるんですか?」

「いいや、うちのクラスがやるのはお化け屋敷喫茶だよ」

「お、お化け屋敷喫茶? 随分と変わった催し物をやるんですね……」


 愛紗は驚きと戸惑いが入り混じっているような、複雑な表情を浮かべている。

 まあ、愛紗がこんな表情をするのは分からないでもないけどな。


「まあな、良かったら当日はうちのクラスに遊びに来てくれよ。とっておきのもてなしで歓迎してやるから」

「それって私を怖がらせるって意味でしょ?」

「あっ、ばれた?」

「もうっ! どうせなら喫茶店の方でしっかりともてなして下さいっ!」


 可愛らしく口を尖らせながら、愛紗が俺の背中に一撃を加えてくる。


「いててっ、ごめんごめん! ちゃんと別に喫茶店も出るから、その時にでも来てくれよ」

「最初っからそう言ってくれればいいのに……まあ、せっかくの先輩のお誘いだから、時間を作って来てあげますよ」

「そっかそっか、ありがとな」

「べ、別にお礼を言われるほどのことじゃないですけど……」


 愛紗は恥ずかしげに視線をらしながら小さくそう言った。

 今ではすっかり愛紗のこういった部分に慣れてしまったけど、こうして慣れた今でさえ、そんな愛紗が可愛らしく感じる。


「ところでさ、愛紗のクラスはなにをするんだ?」

「わ、私のクラスのことはいいですよ……」


 急に焦ったようにしてそんなことを言う愛紗。そんなに知られたくない催し物でもやるんだろうか。


「別に教えてくれたっていいじゃないか。どうせ本番になればなにをするかなんて分かるわけだし、それにどうせ杏子が同じクラスなんだから、すぐにばれるぜ?」

「うっ…………」

「なにか言い辛い出し物なの?」

「い、いえ、別にそう言うわけじゃないんですけど……」


 まひろがそう尋ねると、愛紗は困ったような表情を浮かべる。

 そんな愛紗の様子を見ていると、これ以上聞かない方がいいのかなとも思ったけど、しかしここまでもったいぶった態度をとられると、意地でも今聞きたくなってしまう。


「愛紗がそんなに言いたがらないってことは、よっぽど恥ずかしい出し物なんだな?」


 俺は愛紗の性格を利用して出し物を吐かせようと、わざとそんな言い方をした。


「そ、そんなことないもん! 恥ずかしいことなんてないもん!」


 小学生のように小さな愛紗が、必死な感じでそう抗議してくる。なんだかこの光景だけをはたから見られたら、俺がいたいけな女の子を苛めてるようにしか見えないかもしれない。


「そうなのか? だったら教えてくれよ」

「ううっ……」


 愛紗は俺の言葉に一歩足を後退させると、諦めたようにして溜息を吐き、小さく口を開いた。


「クレープ屋さん……」

「えっ? クレープ屋さん?」

「そ、そうですよっ! 悪いですか!?」


 赤面しながらそんなことを言う愛紗だが、やろうとしている出し物は至って普通。なにをそんなに必死で隠そうとしていたのかが分からない。


「悪くはないが、別に普通の出し物じゃないか。なあ、まひろ」

「うん。クレープ屋さんだったらお客さんもたくさん来そうだよね」

「だよな。そうだ、当日は俺たちもクレープを食べに行こうぜ」

「いいね、食べに行こう」

「おっし、決まりだな。愛紗、当日はちゃんとお店に行くから、しっかりサービスしてくれよ?」

「こ、来なくていいです! 絶対に来ないで下さいっ!」


 俺がそう言うと、愛紗は真っ赤にして俯かせていた顔を上げ、鋭い目つきで俺を見てからそんなことを言い放ったあと、ダッシュで逃げるように去って行った。


「ど、どうしたのかな? 篠原さん」

「さ、さあ? 俺にも分からん」


 大いなる謎を残したまま走り去った愛紗を唖然と見送ったあと、俺はまひろと一緒に作業をしながら、愛紗が逃げ去った理由がなんなのかを話し合って過ごした。

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