第152話・お試し×交代

 花嵐恋からんこえ学園の文化祭を2日後に控えた早朝。俺はまひるちゃんに頼まれた計画を実行に移す最終段階として、ある試みをしようとしていた。

 ベッドから起き上がった俺は部屋を出てそそくさと台所へ向かい、冷蔵庫から取り出した手の平サイズの牛乳パックと、テーブルの上に用意しておいた惣菜パンを持ってからリビングのソファーへと座る。

 持っていた牛乳パックを目の前のテーブルへと置き、代わりにリモコンを手に取ってからテレビのスイッチを入れ、適当な番組にチャンネルを合わせてからリモコンをテーブルに置いてパンの袋を開き、牛乳パックを持って食事を開始した。

 テレビに映し出されたニュース番組からは秋の行楽についての話題が流れていて、テレビカメラが美しい紅葉を映している場面が見える。

 まるで鮮やかな赤の絨毯じゅうたんを思わせるようなその風景を見ながら食事を進めたあと、俺は部屋へ戻って制服に着替えてから家を出て、通学途中にある最寄り駅へと向かった――。




「おはよう、龍之介」

「お、おう……おはよう」


 今日は通学途中の最寄り駅で待ち合わせをしていたんだが、俺はその人物を目の前にしてかなり驚いてた。

 目の前には男子の制服を着たまひろ――いや、まひろの制服を借りて身につけているまひるちゃんが居るわけだが、違和感がなさ過ぎて本当にまひるちゃんなのかと疑ってしまうくらいにまひろに見える。

 しかも俺への喋り方なんかも、まひろのそれとまったく同じ。少しの違和感すらない。


「じゃあ行こう、龍之介」

「あ、あの、まひるちゃん……だよね?」


 いつものまひろとなんら変わらないその態度を前に、俺は少し不安になって小さな声でそう質問した。

 するとまひろにふんしているであろうまひるちゃんがこちらを振り向き、にこっと微笑んでから俺に近づいて耳元で小さく呟いた。


「大丈夫です。今の私はまひるですよ、お兄ちゃん」


 そう言って俺からぱっと離れると、まひるちゃんは軽やかに足を踏み出して学園へと歩き始めた。


「さあ、行こう」

「あ、ああ……」


 まひるちゃんにそう言われてもなお、未だにまひろが目の前に居るような感覚があった俺は、少々戸惑いながらもまひるちゃんと一緒に登校生徒がまばらな通学路を歩いて行く。

 そして学園へと辿り着いたあと、俺はまひるちゃんを屋上へと連れて行ってからそこで待ってもらい、自分の教室へと向かった。


「――渡、ちょっといいか?」

「おっ? なんだ?」


 いつもは遅刻ギリギリでの登校が普通の渡だが、こういったイベント事の時は誰よりも早く登校する。なんて現金なやつだとも思うが、今回に限っては都合がいいので良しとしよう。


「昨日メールでやり取りをした件だ。屋上に来てくれ」


 教室内には渡を含めてまだ数人のクラスメイトしか居ないが、もしものことを考え、俺は誰にも聞こえないような小さな声で渡にそう言った。


「おう、分かった」


 俺は渡の短い返事を聞いてすぐにきびすを返し、まひるちゃんが居る屋上へと戻る。

 今日の目的である、まひろとまひるちゃんのお試し交代。これはまひるちゃんに頼まれた、“文化祭を体験してみたい”――という最終的なお願いを叶えるための前哨戦ぜんしょうせん

 なんでそんなことをするんだとツッコミを入れられそうだが、まひるちゃんの通っている白百合しらゆり学園には文化祭という行事はないらしく、前々から文化祭という行事を行うことに興味があったらしい。

 そこでまひるちゃんが思いついたのが、2日間ある文化祭の内の1日をまひろと入れ替わり、主催者側として文化祭を体験すること。

 結構無茶な話だとは思うけど、高校生時代に文化祭をもよおした経験がないと言うのは可哀相な気もする。

 だから俺はまひるちゃんの提案を承諾した。もちろん提案を飲んだのには、成功する可能性が高いことを計算に入れていたからだ。そうじゃなければこんな無謀な作戦、いくら親友とその妹の頼みとは言え協力などできない。

 そして俺がこの提案を飲んだ最大の理由。それはまひろとまひるちゃんは親友の俺でも見分けがつかないほどに似ているし、よほどのことがない限りは誰かに正体を看破される可能性はないと考えたからだ。


「――お待たせっ!」


 俺が屋上へと戻ってから数分後、渡がいつもの軽いノリで屋上へと姿を現した。


「へえー、彼女が涼風さんの妹さん?」


 屋上へとやって来た渡はまひろに扮したまひるちゃんを見ると、目を丸くしながらこちらへとやって来て観察するようにしながらまひるちゃんを見てきた。


「あ、あの……」


 そんな渡に対し、まひるちゃんは動揺したような態度を見せる。

 まあそれは当然だろう。こんなにジロジロと視線を向けられたら、女の子じゃなくても動揺してしまうだろうし。


「渡、初対面の相手をガン見するんじゃないよ。怖がってるだろうが」

「あっ、ああ、わりいわりい。あまりにいつもの涼風さんと変わらないからついな。とりあえずよろしくね、涼風さん」

「は、はい……よろしくお願いします」


 俺の言葉にはっとした渡は苦笑いを浮かべながらそう謝ると、いつもの明るくちゃらい雰囲気へと戻った。見分けがつかないほどにそっくりだと言うのは分かるので、渡のこの反応も当然だとは思える。

 だけど俺は、少しだけ渡の驚き方に違和感を覚えていた。なにがどうおかしいかと聞かれると困るけど、あえてその違和感を言葉にするとしたら、“この状況を受け入れるのが早い”――ということだろうか。

 俺だって最初はまひるちゃんという存在を受け入れるのにかなりの時間を使った。それは何度か会ったあとでさえ、やっぱりまひろが変装してるんじゃないだろうか――と思っていたくらいなんだから。だからそれを考えると、渡の受け入れ方の早さは異常なようにも思えた。

 しかしそれはあくまでも俺個人の考えであって、普段細かいことを気にしない渡の性格を考えると、至極当然のことのようにも思えてしまう。


「ん? どうした龍之介?」


 そんなことを考えていた俺に向け、渡がいぶかしげな表情でそう話しかけてきた。


「えっ? ああいや、別になんでもないよ。さあ、とりあえず話を始めようか」


 俺は慌ててそう言うと、話を切り替えるようにして2人に今日の計画の最終打ち合わせの話を持ちだす。


「まあそれはいいけど、結局今日やることっていうのは、昨日メールに書いてた内容のことなんだろ?」

「そうだな。とりあえず今日の目的は、まひろに扮したまひるちゃんの正体がばれないようにすること、まひるちゃんがまひろとして通用するかを見定めることの2点かな」

「で? 俺は結局なにをすればいいわけ?」

「やることは極々単純だ。俺たちはいつもどおりにすること、もしまひるちゃんの正体がばれそうな事態が起きた場合、全力でまひるちゃんをその場から遠ざけることだ」

「まあ単純だが最適な内容だとは思うな」


 渡はウンウンと頭を縦に振りながら、納得したという感じの表情をしている。


「まひるちゃんも今日はしっかりとまひろになりきってね。もしなにかあっても、俺と渡がしっかりとフォローするから」

「はい、分かりました。今日はよろしくお願いします」

「うん、一緒に頑張ろう。なあ、渡」

「まあ俺様が味方である以上、なーんの心配もないけどな!」


 自信満々に高らかとそんなことを言う渡。

 いつもながらそんな自信がどこから湧いてくるのやら……。

 本来ならなんとも頼もしい発言のはずだが、相手が渡だと逆に不安になってくる。

 渡のこの発言は、漫画やゲームで言うならトラブルが起きる“前兆フラグ”って感じがするけど、こんなことを考えていること自体がフラグになり兼ねないと思い、俺はそんなことに考えを回すのを止めた。

 とりあえず今はまひるちゃんを守るためのパートナーだから、不安でも信用するしかない。

 俺はその場でもう一度最終的な示し合わせを行い、それを3人で共有したのを確認したあとで教室へと戻った。

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