第141話・協力×感謝

 両目をゆっくりと見開いた俺は、今の自分の状況を即座に理解できないでいた。


「あっ、龍ちゃん起きちゃった」


 仰向けになっている俺をにこにこと笑顔で見下ろしている茜。

 俺はそんな茜の笑顔を見ながら、未だ頭の中の霧が晴れない状態で今置かれている状況を考え始めた。

 美月さんがるーちゃんの手を引き、海へと向かって行ったのを見送ったのは覚えている。

 そのあとでゴロンと寝そべって考え事をしながらウトウトしていたのも覚えているから、きっと俺はそのまま眠ってしまったのだろう。

 それにしても、身体全体がやけに重い。まるでなにかに覆い包まれているかのような暑さを感じてそっと頭を持ち上げて見ると、自分の身体に山盛りの砂が盛られているのが見え、更にそれを楽しそうにパンパンと叩いて固めている茜とるーちゃんの姿が見えた。

 視線の先に見えているパラソルは、俺がこうなる前に見ていたそれと同じ物。ということは、どこかに移動させられたわけではなく、シートだけを外してこのようなことをしているのだろう。


「茜さん、これはいったいどういうことでしょうか?」

「ん? 見てのとおり、龍ちゃんを砂浜に埋めて固めてるの」


 身動きが取れない俺の左隣で念入りに砂を固めている茜に向かってそう問いかけると、あっけらかんとそんな答えが返ってきた。


「いや、俺が聞いてるのはそういうことじゃなくて、なんで俺を埋めてるのかを聞いてるんだよ」

「ごめんね、たっくん。気持ち良さそうに寝てたから悪いとは思ったんだけど、みんなでたっくんを埋めて遊ぼうってことになったから」


 ひょこっと顔を見せてきたるーちゃんが、申し訳なさそうにしながらも楽しそうな声音こわねでそう言ってくる。

 それにしても驚いた。みんなが居る前では決して俺をあだ名で呼ばなかったるーちゃんが、なんの迷いも躊躇ちゅうちょも感じさせずに俺のあだ名を口にしたからだ。


「いいのよ朝陽さん。私たちをほったらかして、1人でグーグー寝てた龍ちゃんがいけないんだから」

「ということなの、ごめんねたっくん」


 そう言ってるーちゃんは茜と顔を見合わせたあと、にこっと楽しそうに微笑み合う。

 そこには以前のギスギスとした雰囲気は一切感じられず、その光景がなんとも和やかに見えた俺は、逆に酷い違和感を覚えてしまっていた。


「私、こういうことをするのは初めてですけど楽しいですね」

「うん。僕もみんなでこういうことをするのは初めてだから楽しいよ」


 砂の山に隠れて見えないが、俺の足下付近をパンパンと叩く複数の振動と共に美月さんとまひろの楽しげな声が聞こえてくる。

 そんな楽しそうな声と砂を固める振動をあちこちに感じながら、俺はしばらくの間4人の玩具おもちゃと化していた――。




「ああーっ、酷い目にあったぜ」


 4人の砂遊びの玩具にされること約1時間。

 砂の中からようやく解放された俺は、海でひと泳ぎして身体についた砂を落としたあと、さっきまで居たパラソルの下へと戻って来た。

 そして持って来たタオルで身体を念入りに拭いたあと、敷き直されたレジャーシートへと座り込む。


「ごめんね龍之介、でも楽しかったよ」


 俺のすぐ隣には学園のジャージに身を包んだまひろが居て、そんなお詫びの言葉を口にしながらもにこやかな笑顔を浮かべていた。


「いやまあ、みんな楽しんでたみたいだからいいけどさ」


 いつもながら、まひろを前にするとすべてを許せてしまうから不思議だ。

 俺の言葉を聞いたまひろは更ににこやかな笑顔を見せると、海で楽しそうに水をかけあって遊ぶ3人の方を見た。


「茜ちゃんと朝陽さん、少し仲良くなれたみたいだね」

「ああ。でもさ、俺が寝ている間にあの2人にはなにがあったんだ?」

「僕がここに来た時にはもう龍之介は寝てたんだけど、その時に茜ちゃんが朝陽さんを連れて少し離れた場所に行くのを見たから、その時になにか話をしたんじゃないかな」

「なにかってなんだよ」

「さあ? 僕にもそれは分からないよ。でも、ああして楽しそうにしてるってことは、お互いの中にあったモヤモヤが少しは解消されたってことなんじゃないかな?」

「まあ、そういうことなんだろうな」


 よく分からないことだらけではあるけど、目の前の光景を見る限り、まひろの言うことが正解なんだろうと思う。


「そういえばまひろ、そろそろどんな作戦をやったのか教えてくれてもいいんじゃないか?」

「そうだね、もう話しても支障はないと思うし」


 そう言うとまひろは再びるーちゃんたちが居る方を見てから話を始めた。


「内容は別に難しいことじゃないんだ。ほら、例の件について話を聞かせてくれた知り合いのことを覚えてる?」

「ああ、覚えてるぞ」

「実はその子ともう1人の人に協力してもらって、茜ちゃんの近くであの時の真相を話をしてもらっただけなんだ」


 まひろは水族館で茜と一緒にどこかへ行ったあとのことを話してくれた。

 あの日、俺たちから離れたまひろは、茜と一緒に別フロアの水槽前へと行っていたらしい。

 そしてそこで、“なにか飲み物を買って来るからちょっと待ってて”――と言って茜を1人にしたんだそうだ。

 こうしてまひろが茜の側を離れた隙に、その協力者たちが茜の近くであの時の真相の話をしたらしい。


「――なるほど、確かに単純な作戦だな」

「でしょ? でも茜ちゃんにはこれで十分だと思ったんだ」

「なんでだ?」

「それはね、茜ちゃんがとっても思慮深くて優しい女の子だからだよ」


 まひろはにっこりと柔和な笑顔でそう言った。

 俺にはその言葉の意味するものがはっきりとは分からないけど、茜が優しい女の子だというのは分かる。


「まあよく分からないところも多いけど、結果オーライってことだな。ところでさ、もう1人の協力者って誰なんだ?」

「えっ!? そ、それは……」


 協力者のことが気になった俺はなんの気なしにそんな質問をしたのだが、なぜかまひろは異様な動揺を見せた。


「なんだよ、俺には言えないのか?」

「そ、そういうわけじゃないけど…………うーん、誰にも言わないって約束してね?」


 その言葉に俺がウンウンと頷くと、まひろは俺の耳元に口を近づけ、その人物の名前を教えてくれた。


「マジかそれっ!? なんで茜にバレなかったんだ?」


 耳元で囁かれた名前を聞いた俺は、あまりの意外さに驚愕きょうがくした。


「それはね――」


 再び俺の耳元でヒソヒソと話し始めるまひろ。


「えっ? 女子の制服を着て化けてた? マジか……」

 まひろから話を聞いた俺は、しばらくの間呆然としていた――。




「よっ、龍之介」


 まひろからのネタばらしを聞いたあと、しばらくして飲み物を買いに来ていた俺は、ビーチのすぐ近くにある自動販売機の前で渡と遭遇した。


「おう渡か、いい写真は撮れたのか?」

「おう、なかなかいいのが撮れたぜ」

「そっか、良かったな」


 俺は渡に向けていた視線を自動販売機に向けなおし、財布から取り出したお金を投入してから炭酸ジュースのボタンを押す。


「渡、ほらよ」


 俺は出てきたジュース缶を取り出してから、渡に向かってヒョイッと下投げをしてそれを渡した。


「おっと!?」

「やるよ」

「ほー、龍之介がおごってくれるなんて珍しいな。どうしたんだ?」

「気にすんな、ただの気まぐれだよ」

「ふーん。そんじゃまあ、せっかくだしありがたく頂くとしましょうか」


 そう言ってジュースの蓋を開けてグイッと飲み始める。


「ぷはあー! うめーなー!」


 本当に美味そうにジュースを飲む渡を見たあと、自分の分を買うためにお金を投入して同じ炭酸ジュースを買う。

 そして買ったジュースを飲みながら、ムダ毛1本なくツルツルになっている渡の足を見て、“ありがとう”――と感謝をした。

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