第139話・作戦×遂行

 渡のいびきに翻弄ほんろうされた夜も明け、俺とまひろは今日の自由行動へ行くための準備をしていた。


「さあ、行こうぜまひろ」

「う、うん……。でも、本当にいいの?」

「いいんだよ、何度起こしても起きないやつが悪いんだから」


 そう言って押入れの中で未だいびきをかき続けている渡をチラリと見る。

 昨夜のことになるが、まったく止むことなくいびきをかき続けていた渡がうるさくて眠れなかった俺は、渡が使っていた布団と一緒にやつを押入れに押し込めていた。

 普通なら引きずって押入れに運んでいる最中に目を覚ましそうなものだけど、渡はよっぽど深い眠りに入っていたのか、目覚める気配すら見せなかった。

 そうして押入れに押し込まれたままの状態でずっと寝ていたであろう渡は、朝になってから何度起こそうとしても目覚めず、とうとう俺は起こすことを諦めてまひろと一緒にみんなで待ち合わせをしているロビーへと向かうことにしたわけだ。


「――おはよう、待たせてごめんな」

「あっ、龍ちゃんおそーい! なにしてたの?」


 待ち合わせの時間から10分ほど遅れてロビーに到着すると、茜が不満げな表情を浮かべながら俺に詰め寄って来た。


「渡を起こそうとしてたら遅くなったんだよ」

「そうだったんだ。で、その渡くんはどうしたの?」

「アイツは押入れで幸せそうに寝てるよ」

「えっ? 押入れ?」


 俺の言葉に大きく目を見開き、怪訝そうな表情を浮かべる茜。まあ、普通はこんな反応になるよな。


「気にすんな、ともかくあいつは今も夢の世界に居るんだよ」

「放っておいていいの?」

「人聞きの悪いことを言うなよ。起こす努力はしたんだからさ。まあアイツもガキじゃないんだから、目を覚ましたら自分で来るだろ」


 そう言って茜から離れ、俺はるーちゃんと美月さんに同じく事情を話し、今日の自由行動の目的地であるちゅら海水族館へと向かうためにホテルから外へと出た。


× × × ×


「龍之介の薄情者ー!」


 ホテルから出て高速バス乗り場まで向かい、そこでやって来たバスに乗り込んだ瞬間、置いて来た渡が血相を変えて同じバスに乗り込んで来た。

 そして車内で息切れを整えながら周りを見渡した渡は、俺が居るのを見つけるとツカツカと早足で近づきながら大声でそんなことを言った。


「ば、馬鹿、声がでかいんだよ。周りに迷惑だろうが」

「お前が俺を見捨てて行くからだろ!」


 半泣き状態で俺に詰め寄って来る渡に、他のお客さんが何事かと言った感じで注目してくる。

 他のみんなに助けを求めようと視線を送るが、残念なことに美月さん以外は揃って俺と視線を合わせないようにして別の方向を見ていた。

 仕方なく美月さんに助けを求めようかと思いもしたけど、逆にややこしくなる可能性を考慮してそれを諦める。


「くっ……とりあえずこっちに来て座れ。そして大人しくしろ」


 興奮状態にある渡を隣に座らせ、買ってあったジュースを手渡して飲ませる。


「どうだ、少しは落ち着いたか?」

「ああ……」


 さっきまでの取り乱した様子から一転。

 飲み物を飲んで落ち着いたからかは分からないが、渡は燃え盛った炎が鎮火してしまったかのように大人しくなり、昔見たボクシング漫画の主人公のように真っ白に燃え尽きた表情をしていた。

 渡からグチグチと恨み言を聞かされるのだろうと覚悟していたけど、この展開は予想外だ。まあ、俺としては面倒なことにならずに助かったけどな。

 そんな燃え尽きた渡を一番後ろの席の隅っこに置き、俺たちは水族館へ着くまでの約2時間を思い思いに過ごした――。




「おおー! ここが美ら海水族館か!」


 約2時間の移動を終えた午前10時過ぎ。

 バスから降りて水族館の前にあるジンベエザメのモニュメントを見た瞬間、燃え尽きていた渡のテンションが突然復活した。


「渡、先に行ってるからなー?」

「はいよー!


 テンション高らかにジンベエザメのモニュメントを激写している渡にそう言ったあと、俺たちは水族館の入口へと向かって行く。

 本来は入口と言えば一階だろうけど、ここ美ら海水族館の入口は四階にあり、出口が一階にある。

 進んで行った先にある海人門ウミンチュゲートと呼ばれている門の近くにはマンタの模型があり、俺はそれをデジカメに収めてから海人門の脇にある場所を目指して歩いて行く。


「みんな来て見ろよ! すげえ綺麗だぞ!」


 海人門のほど近くにある場所から吹き抜けになっている下の三階部分を見ると、そこには太陽に照らされてエメラルドグリーンに輝く場所があり、たくさんの珊瑚さんごと色鮮やかな熱帯魚がきらびやかに泳いでいるのが見えた。

 俺はすぐにデジカメを構えてパシャパシャとその光景を撮り始める。


「わあー、本当に綺麗!」


 俺の隣にやって来たるーちゃんが、歓喜の声を上げながら同じく写真を撮り始めた。

 そのるーちゃんに少し遅れるようにして、海人門近くにあるマンタの模型を撮影していたまひろたちがやって来る。


「わー、本当に綺麗だね。龍ちゃん、こんな場所で泳げたら気持ちいいと思わない?」


 下にある屋根なし水槽の中を見て興奮気味の茜。

 いつも元気印の茜がこういう場所で泳いでいたら、さぞかし絵になると思う。そう言った意味では、沖縄のイメージに一番合いそうなのは茜と言えるかもしれない。


「そうだな、こんな光景が海の中ではどう見えるか興味はあるな。なあ、まひろ」

「うん! きっとおとぎの国みたいに綺麗なんだろうなあ」


 そう言ってにこやかな笑顔を向けてくるまひろはいつもながらやっぱり可愛く、やはり女の子ではないことが悔やまれる。


「龍之介さん、みんなで集まってここで写真を撮りませんか?」

「いいね! じゃあ、渡が来たら撮ろっか」


 美月さんからの提案を聞いてそれを快諾すると、他のみんなもにこやかに賛同の意を示してきた。

 それから渡が戻って来るまでの僅かな時間を珊瑚と熱帯魚を見ながら過ごし、全員が揃ったところで近くに居た人にシャッターをお願いしてから記念撮影をした。

 全員で記念撮影をしたあとで海人門を抜けて三階へと下り、券売所でチケットを買ってからロビーを抜けて行くと、目の前には先ほど上から見ていた珊瑚と熱帯魚が居る水槽が見えてくる。


「やっぱり見る場所が違うと、随分違って見えるもんだな」

「本当だね」


 資料によればこの水槽には珊瑚が約70種類、熱帯魚が約200種類ほど居るらしい。

 それに照明ではなく太陽の光で照らされている水槽内は、海で自然に暮らしている環境を大事にしているらしい。その様はやはり美しく、ついついこのままずっと見ていたくなる。

 しばらくその光景に目を奪われたあと、珊瑚と熱帯魚の水槽をUの字型にゆっくり進んでから直線の通路に入ると、大小様々な大きさの水槽が展示されていた。

 そこには再び珊瑚礁の展示と、水辺の生き物の展示ということで淡水域に住んでいる沖縄特有の魚の姿があった。

 大小様々な水槽の中をじっくりと見て回りながら二階へと下り、シアタールームで海の生き物についての話を見たりして過ごす。

 そして展示の約半分ほどを見終わったところでお昼を過ぎていることに気づいた俺は、みんなに声をかけてから一度四階部分へと戻ってレストランで食事タイムを設けた。もちろんそこの支払いは、ババ抜きに負けた渡のおごりだ――。




 食事を終えて再び二階部分へと戻って来てから、大水槽に居るジンベエザメやマンタを見ていた時、俺の隣にやって来たまひろがそっとささやくように耳元で言葉を発した。


「龍之介、これから茜ちゃんを連れてここを離れるから、美月さんと朝陽さんのことを頼むね」

「わ、分かった。よろしく頼むぜ」


 ついにこの時が来たかと、俺は少し緊張で身体を強張らせていた。

 そして俺の言葉を聞いたまひろは、『うん、頑張ってくるよ』――と言い残してから茜の方へ向かって行くと、茜となにか会話を交わしたあとでその手を引っ張って一階部分に繋がる通路へと向かって行った。


「よし、俺も行くか」


 まひろの行動を見送った俺は、早速言われたとおりに行動を起こそうとしていた。

 そういえばさっきから渡の姿が見えないけど、いったいどこに行ったのだろうか。まあいい、今はとにかく与えられた役目を果たすのが先決だ。


「美月さん、朝陽さん。あっちにあるカフェに美味しい物があるらしいんだけど、一緒に行ってみない?」

「うん、行ってみたい」

「私も行ってみたいですけど、茜さんたちはどうするんですか?」

「茜とまひろは別の場所を見学に行ったみたいだし、俺たちはもう少しここで楽しまない? そのうちに茜たちも帰って来るだろうし、なにかあれば携帯に連絡が来るだろうからさ」

「そうですね、それならご一緒させてもらいます」

「よし、じゃあ行こうか!


 俺は美月さんとるーちゃんを連れ、二階部分にあるカフェへと向かう。

 そこで紅芋アイスを頼んで食べながら、大水槽の中に居る生物たちを再びじっくりと見て色々な話をし、見事まひろに言われていた20分という時間を稼ぐことができた。

 そして別行動をしてから30分ほどが経過したところで渡から電話があり、俺たちは再び大水槽の前へと集まってから全員で展示を見て回った。

 まひろがなにをしていたのかは分からないけど、戻って来た時の茜には別段変わった様子がないように見えた。しかし全員で移動をする最中、時折るーちゃんをじっと見ている茜に俺は気づく。

 その表情は敵愾心てきがいしんを持って見ているようにはとても見えず、なんとなく戸惑っている――と言うような感じに見えた。そんなおかしな様子の茜を気にしつつも、俺はみんなとの水族館巡りを楽しんだ。

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