第138話・陽射し×相合傘

 那覇空港からバスに乗って揺られること約1時間。もうすぐお昼を迎えようかという頃、俺たちはこの修学旅行中にお世話になるホテルへと到着し、割り当てられた部屋へと向かった。


「わあー、いい眺めだね!」


 割り当てられた部屋へと来て荷物を置いた瞬間、まひろは素早く窓際へと向かって窓を開け放つ。そしてそこから身を乗り出すようにして外を眺め、明るい声を上げる。

 俺もその声に釣られるようにして窓際へと向かい、まひろの隣から外の景色を見た。


「おー、確かにすげえな!」


 このホテルは海に近い場所に建てられていて、部屋の外には素晴らしいオーシャンビューが広がっていた。その光景は飛行機内で見たものとはまた違い、エメラルドグリーン色の海が更に色濃く見える感じがする。

 そういえばバスの車内でクラスメイトが言っていたのが聞こえたんだが、沖縄の海の底が白く見えるのは珊瑚さんごがあるからで、海が綺麗に透き通っているのも珊瑚のおかげなんだそうだ。

 珊瑚ってのは本当に凄いものなんだなと、この景色を見ただけでそう思える。ちなみに海水の透明度が高いのは、珊瑚の他に黒潮の流れが速くてプランクトンが少ないからというのもあるらしい。


「確かに絶景だなー!」


 いつの間にか別窓の方に来ていた渡が、持っていたデジカメを取り出して外の景色をパシャパシャと写していた。

 渡は写真を撮るのが非常に上手いから、きっと今写している景色もいい具合に撮れていることだろう。あとで今映している風景の写真を焼き増ししてもらえるように頼んでみるかな。

 少しの間部屋から見える景色を楽しんだあとでホテル内の大きな会場へ移動し、去年と同じくビュッフェスタイルの昼食を堪能したあと、我が学園は早速自由行動時間へと移行した。

 我らが花嵐恋からんこえ学園は、基本的に生徒全員でなにかを見て回る時間というのはない。なぜなら生徒の自主性に任せて信用しているからだ。その代わり、なにか問題行動を起こした時の罰則は相当に厳しい。

 まあ人間てのはある程度のさせがないと、調子に乗って色々とやり過ぎちゃう生き物だからな。


「意外と陽射しがキツイな」

「本当だね」


 俺の呟くように出た言葉にまひろが反応し、うんうんと頷きながら同意の言葉を口にする。

 もう10月に入っていると言うのに、沖縄の陽射しはまだ夏のように暑い。それはもう、秋に突入する時期とは思えないほどだ。

 額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながら、今日の目的地である首里城へと向かう――。




「おー、あれが首里城か!」


 遠くに見えてきた首里城を前に渡が声を上げると、立ち止まってから素早くデジカメで写真をパシャパシャと撮り始めた。

 俺たちは撮影に夢中になっている渡をそのままにし、5人で首里城前へと歩いて行く。


「はあー、立派なもんだな」


 本土にあるようなお城とは違い、やはり沖縄らしさを感じさせる色合いとデザインの首里城。それを前に俺も持参していたデジカメで何枚か写真を撮る。


「――よし、じゃあ入ろうか」


 みんなが思い思いに写真を撮ったりするのを待ったあと、俺たちは首里城跡へと入って行く。

 ここ首里城は琉球りゅうきゅう王国国王の居城だったらしいが、その建物のほぼすべては過去の戦争などにより焼失したと聞く。つまりこうして今見ているのは、ほとんどが復元された物ということになる。

 本当ならちゃんとした当時の物を見てみたいけど、それでもこういった物が過去こうして存在していたのを知るにはありがたい処置だと思う。


「あー、やっぱり暑いね。龍ちゃんの言うとおり日傘を持って来て正解だったよ」

「そうですね。想像していたよりもずっと陽射しが厳しいですし」


 それぞれに日傘を差しながら見学コースを歩く中、日傘を持ってくることをお勧めしていた俺の判断を褒めてくれる茜と美月さん。


「まあ、本当に日傘が必要になるとは思っていなかったんだけどな」

「えっ? そうなの?」


 同じく日傘を差しているまひろが、少々驚いた感じでそう聞いてくる。


「ああ。正直いくら沖縄でも、10月にここまで陽射しが強いなんて思ってなかったしな。まあ、とりあえず使う機会があって良かったよ」

「龍之介~、俺も日傘に入れてくれよ~。このままじゃ溶けちまうよ」


 うな垂れるようにして後ろから歩いて来る渡が、情けない声を上げて近づいて来る。


「馬鹿なことを言うんじゃないよ。俺の言うことを聞かなかったお前が悪いんだ。それになんで男と相合傘をせにゃならんのだ。気持ち悪い」


 そう言って冷たく渡のお願いを一蹴いっしゅうすると、渡は恨めしそうに『薄情者ー!』とののしってきた。

 ふん、まひろならいざ知らず、あんな騒がしいやつを隣にえるなんて冗談じゃない。


「わ、渡くん。良かったら僕の隣に入る?」


 そんな風にうな垂れる渡に同情したのか、まひろが少し戸惑い気味にそんなお慈悲の言葉を口にする。


「えっ? いいの!?」


 その言葉に背筋をピンと伸ばして反応した渡は、とても嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。


「う、うん」


 そんな渡の反応に少々気圧され気味のまひろ。

 それにしても、渡がまひろの隣に並んで相合傘で歩くだと? 許せん!


「ではお言葉に甘えて――って、なんだよ龍之介」


 俺はまひろに近づいて来た渡の前に立ち、その動きを止めた。


「渡くん、今日は特別に俺の傘を君に貸してあげよう。ありがたく思いたまえ」

「えっ? いや、俺は涼風さんと一緒の傘でいいよ」

「この馬鹿者がっ! この俺の目が黒い内は、まひろと相合傘なんて絶対に認めん!」

「お前は娘を溺愛できあいするお父さんかよっ!」

「渡が隣に居るとまひろが汚染されるんだよ!」

「俺ってどんだけ酷い汚染物質なのさ!?」


 結局そんなやり取りをしたあとで渡に無理やり俺の日傘を渡し、俺とまひろは相合傘で首里城見学を行った。

 俺と相合傘をしている時のまひろは、とても静かにしながら終始俯き加減で顔を紅くしていた。

 それは多分、暑くてそうなっているのではないと思った。きっと俺と渡が馬鹿なやり取りをしていたのが恥ずかしかったのだろう。

 冷静に考えると馬鹿げたことをやってしまったとは思うが、まひろが渡と並んで相合傘など、ビジュアル的にも心情的にも許せなかったのだから仕方がない。

 それにしても、こうして隣で俯きながら歩くまひろも可愛いぜ。

 そんなことを思いながら、約1時間40分ほどをかけて首里城見学をして回った。


× × × ×


 修学旅行初日の夜。ガーガーといびきをかいて寝ている渡を後目しりめに、俺は窓際でまひろと明日の話をしていた。


「明日のちゅら海水族館、楽しみだね」

「おう、俺はジンベエザメを見るのが楽しみだな。まひろは?」

「僕はどれも楽しみだけど、イルカショーが一番楽しみかな」

「イルカショーか、確かにそれも楽しみだな」


 開け放った窓からそよそよと吹き込んでくる潮風がとおり抜ける度に、まひろの綺麗な金髪がサラサラと綺麗に揺れる。

 前の修学旅行でも思ったけど――いや、いつでも思っているけど、本当に男にしておくには勿体ない。


「そうだ龍之介、明日の水族館での件、よろしく頼むね」

「ああ、朝陽さんと美月さんを連れてどこかで時間を潰してればいいんだよな?」

「うん、よろしく頼むね」

「おう、なんとか頑張るさ」


 そして再び窓の外に視線を向けると、そのまましばらく今日の出来事について2人で楽しく会話を楽しんだ。

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