二年生編・二学期修学旅行
第137話・作戦×準備
暦が10月を迎えた最初の月曜日。茜とるーちゃんに関する進展がないまま沖縄への修学旅行の日を迎え、俺たち二年生は今、沖縄の那覇空港に向かう飛行機の機内に居る。
以前まひろと公園で話をしていた時、まひろにはなにか2人の仲を取り持つ作戦と言うか、考えがあるみたいなことを言っていた。
しかしそれもどうなっているのか、俺にはまったく分からない。着々と作戦が進んでいるのか、停滞してしまっているのか、それとも失敗に終わったのか、俺にはまったく知らされていない。
まひろに聞いてみればいいのかもしれないけど、本人が俺に対して『話すと変に意識して失敗する可能性があるから内緒』――と言っている以上、俺からその話題を振るのもどうかと思い聞けないでいた。
とりあえずまひろを信じてよろしく頼むと言った以上、俺には成り行きを見守ることしか出来ない。もどかしいことではあるけど、なんでもタイミングや成り行きというのは重要だから、下手なことをするべきではないだろう。
「見て龍之介、海がすっごく綺麗だよ」
「ん? どれどれ――おおっ、すげーな!」
まひろに言われて窓の下の方を見ると、そこには白い砂浜とエメラルドグリーンの海、そしてライトブルーの海がまるでキャンパスに
沖縄の海は特に美しいと聞いていたが、これは本当にそうだと思った。太陽の光を浴びて輝く海は眩しく
そんな感動で声を出す俺と同じように、あちらこちらから海を見た生徒たちの
× × × ×
「よーし! みんな集まれー!」
ほどなくして那覇空港へと無事に到着した俺たちは、空港のロビーに集まって学年主任の先生から修学旅行中の諸注意を再び聞いていた。
とりあえず黙って話を聞いてはいるけど、正直、先ほど海を見た時の興奮が冷めず、ほとんどその話は耳に入っていない。まあ先生のする話なんて要約すれば、“他人に迷惑をかけるな”――という一言で終わるような内容だから、それさえわきまえていれば大丈夫だろう。
そして先生の長い諸注意を聞き終えたあと、俺たちは今回の沖縄修学旅行で4泊5日の間お世話になるホテルへと向かうため、空港の外に待機しているバスに乗り込んだ。
「――今年こそは負けないからな」
「ほほう、大した自信じゃないか」
ホテルへと向かう車内、俺たちはそこで去年と同じように自由行動の昼食を賭けてババ抜きをしていた。
「へっへっへ、去年の俺と一緒だと思ってると、大怪我をするぜ~? なんて言っても、今年の俺には“秘策”があるからな」
「へえ、秘策ねえ……」
俺は大して興味がない感じでそう言った。なぜなら渡が言っているその秘策の内容は、既に分かっているからだ。
トランプ勝負は次々と順番が進み、最初にまひろ、2番目に茜、3番目に美月さんが抜け、最終的には俺と渡とるーちゃんの3人を残すのみとなった。
俺はるーちゃんがババを渡から引いたことを確信すると、わざとるーちゃんが持っているババを引いた。
「くっ……」
わざと引いたババを見て、苦々しい表情を浮かべて見せる。
するとそれを見たのであろう渡が、ニヤニヤとした笑みを浮かべているのが見えた。
「おっし、残り2枚だからちょっとシャッフルさせてもらうぜ?」
渡が持つカードは残り1枚、るーちゃんが2枚、俺が2枚という状況。
「どうぞどうぞ、ご自由に」
そう言って余裕を見せる渡。その油断が命取りになろうとは、おそらく夢にも思ってないだろう。
俺は背後にトランプ2枚をやり、ババのカードの上下をひっくり返して持ったあと、もう1枚のカードの左上の端を微妙に曲げて跡をつけた。
「よしっ! 引いていいぞ渡」
「よしよし、じゃあ引くぞ~」
そう言って俺が持つカードをじっと見た渡は、ニヤリと笑みを浮かべてから折り目を下に向けて隠していたババのカードを引いた。
「あれっ!? な、なんでだっ!?」
「どうした渡? ババを引いたのがそんなに驚きなのか?」
「えっ!? ああいや……そんなことはないさ!」
アハハハハッ――と、乾いた声を出して苦笑いを浮かべながらも、しきりに首を傾げて不思議そうにする渡。
「ちっくしょう、こうなったら俺もシャッフルさせてもらうぜ」
そう言って両手を後ろにやり、必死にシャッフルをする。
そして十分にシャッフルをして満足がいったのか、るーちゃんの前にスッと2枚のカードを差し出した。
しかし渡は愚かにも、自分でババに刻み込んだ折り目を上に向けた状態で手に持っている。
「うーん、どれにしようかな……」
るーちゃんは2枚のカードを前に右手を出し、どちらにしようかと迷っていた。
「――よし、これにしよっ」
しばらく悩んだあと、るーちゃんはババではないカードをしっかりと選んで渡の手から抜き取った。
「やった!」
どうやら選んだカードが狙いの1枚だったらしく、嬉しそうに揃ったカードを椅子に備えつけられている小さなテーブルに置くるーちゃん。
もしもババを引きそうになったら上手いこと誘導しなければと思っていたけど、その必要もなかったようだ。そしてこの瞬間、るーちゃんと同時に俺の勝ちも確定したわけだ。
「じゃあ、引かせてもらうね」
「やった、私が4抜けだね」
「俺も今ので上がりだ」
「ええっ!? うそ――――っ!?」
るーちゃんに続いて俺が勝利宣言を出すと、渡は驚いた声を上げて俺が捨てた手札を見る。
「何度見ても変わらないよ。昼飯、楽しみにしておくぜ」
「ぐあ――――っ! なんで負けたんだあ――――――――!?」
せこい真似をしてるからだよ――と言ってやりたかったが、それが
「やれやれ、いつもながら
捨てられた手札を前に未だ発狂している渡を放置し、俺は自分の席に戻って背もたれに思いっきり背を預ける。
「渡くん、今年も負けちゃったね」
飛行機内に引き続き、俺の隣に居るまひろが少し申し訳なさそうにそう言ってきた。
「まあアイツは行動と視線で色々とまる分かりだからな、負けて当然だろう」
「龍之介は渡くんに厳しいね」
「そうか? 普通だと思うけどな」
「お昼ご飯もたくさん注文しようとか思ってない?」
「そりゃあそうするに決まってるだろ? 渡のおごりなんだから」
「もう、あんまり意地悪しちゃ駄目だよ?」
「へいへい」
俺が考えていたことはまひろにはお見とおしだったらしく、軽く注意を受けてしまった。
まあ、まひろに免じて注文する品を1品ぐらいは減らしてやるとしよう。
「――ねえ、龍之介。ちょっと話しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」
少し沖縄についての話や景色の話をしていた時、まひろが真面目な表情で唐突にそう聞いてきた。
「なんだ?」
そんなまひろの態度に少々身構えると、まひろは別の席に居る茜とるーちゃんの様子を覗き見るようにしたあと、俺にしか聞こえないような小さな声で話を始めた。
「自由行動で
「美月さんと朝陽さんをか?」
「うん、頼めるかな?」
これはおそらく、まひろが言っていた考えを実行するために必要なことなのだろうということは分かった。
俺に内緒にしているその考えの内容は未だに分からないけど、まひろが協力を求めてきた以上、それを断るつもりはない。
「分かった。20分くらいでいいんだな?」
「うん」
「方法はなんでもいいのか?」
「うん、そこは龍之介に任せるよ」
「了解、ちょっと大変そうだけど頑張ってみるよ」
その言葉を聞いてにっこりと微笑んだまひろは、再びバスの外に目を向けて景色の話を始める。
果たしてまひろにどんな考えがあって、どんなことが俺の知らないところで進行しているのか……それはまったく分からないけど、ここは親友であるまひろを全面的に信頼して任せるしかない。だって俺個人にできることなど、たかが知れているわけだから。
そしてホテルに到着するまでの間、俺はまひろと一緒に楽しく沖縄トークに華を咲かせた。
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