二年生編・二学期前半
第132話・二学期×開始
それなりに充実した2回目の夏休みも終わり、今日は新学期の初日を迎えていた。1ヶ月ほど前まで着ていた制服に着替え、杏子と一緒に家を出て学園へと向かう。
通い慣れているはずの通学路の風景は久々ということもあってか、最初の内はどこか新鮮に感じていた。
「ふあ~」
「眠そうだね、お兄ちゃん」
「まあな~」
しかし最初こそ新鮮に感じていた風景さえも、眠気がなかなかとれない俺には次第にぼやけて見えてきていた。
夏休みの間は結構な頻度で夜更かしをしていたからか、やはり寝起きのリズムは狂ったまま。おかげで俺は朝から眠気との戦いを強いられているわけだ。
俺としてはこのままUターンして家に戻り、自室のベッドに横たわりたい気分だが、さすがに二学期初日からそういうわけにもいかないだろう。
「ほーら、お兄ちゃん。フラフラしないで、ちゃんと真っ直ぐ歩いて」
「お~う……」
杏子がまどろみかける俺の手を握り、前へと引っ張って行く。
俺もなんとか頑張って目を見開こうとするが、上の
もういっそのこと、このまま倒れて寝てしまおうかな――などと考えてしまうくらいだ。
「あ、杏子……お兄ちゃんはもう駄目だ。お兄ちゃんを置いて先に行ってくれ…………」
「なにバカなこと言ってるの? ほら、行くよ」
杏子はそう言って更にグイグイと手を引っ張る。
人生で一度は格好つけて言ってみたいセリフを使ってみたのだが、我が妹には通用しなかった。シチュエーションが悪かったのかな。
薄目でぼんやりと見える妹の呆れ顔を見ながら、学園への道を歩いて行く――。
妹に手を引かれて学園へと辿り着いた俺は教室へ入ってから自分の席へと座り、持っていた鞄を机の上に置いてからそれを枕にして突っ伏す。
「おっはよーう! 龍之介ー!」
朝のホームルームが開始されるまでにはまだ20分ほど時間がある。
今の内に軽く仮眠でもとっておこうと思ったのだが、どうやらそれも叶わないようだ。
「渡か……朝っぱらから
「久々に会ったってのに、ずいぶんなご挨拶じゃないか龍之介ちゃんよ~」
そう言いながら突っ伏している俺の頭をぐしゃぐしゃと雑に撫で回してくる。
「だあーっ、鬱陶しい! 気安く俺の頭に触るんじゃない! セクハラで訴えるぞっ!」
頭の上で雑に動く手を思いっきり払い除け、横に居る渡を睨みつける。
女の子ならともかく、なんで男の固い手の感触で頭を撫でられなきゃいかんのだ。まったく、朝から不愉快極まりない。
「お前、相変らず男には厳しくないか?」
「心配すんな、同じ男でもお前は特別だから」
「そ、それってまさか――」
急に恥ずかしそうに身体をモジモジとくねらせる渡。その態度を見ているだけで、なんとなくコイツの想像していることの予想がつく。それだけに余計気持ちが悪い。
「渡、不本意ながら友達になってしまった俺から一言いいか?」
「お、おうっ! どんとこい!」
なぜか顔を赤らめつつ、俺を正面に見据えて発せられる言葉を待つ渡。その姿に思わず
「お前は100回死んでこい」
「はあーっ!? なんだよそれは!? 俺への告白かと思ってドキドキしちまったじゃねえか!」
「アホかお前は! なんで俺がお前に告白せにゃならんのだ!」
「ちっ、へんな言い方をするから勘違いしたんだよ」
そんなことを口走るコイツが本当に怖い。
いったいどこをどう考えたら、ここまでの会話でそういう結論に至るんだろうか。しかもコイツ、『告白かと思ってドキドキした』――とか言ったな。
てことは、本当に告白してたとしたらそれを受け入れたとでも言うのだろうか。
俺はその想像にまた怖気立ち、渡から離れた位置にスッと椅子を移動させて座る。
「なんで俺から距離を取るんだ?」
「気にすんな、間合いの取り方を練習してるだけだから」
「おはようございます、鳴沢くん」
そんなアホなやり取りをしている俺たちの所に、渡の幼馴染で同じクラスメイトである
「あっ、秋野さん。おはよう」
「なんだか楽しそうにしてましたけど、なんの話をしてたんですか?」
「大した話じゃないよ、いつもどおり渡が馬鹿なことを言ってただけだから」
「馬鹿とはなんだコラ――――ッ!」
「そうだったんですね、納得しました」
「お前も納得してるんじゃね――――――――っ!」
俺と秋野さんの言葉に間髪いれずにツッコミをいれる渡。
秋野さんは流石にこの
「いいじゃない、この方が私も鳴沢くんも楽しいし」
「俺が全然楽しくないんですけど?」
「本当に? 実はいじってもらえて嬉しい――とか思ってるんじゃないの?」
「うっ」
秋野さんのその言葉に少なからず動揺を見せる渡。
いじってもらえて嬉しく感じるとか、こいつはお笑い芸人でも目指してるのか?
「そういえば鳴沢くん、今日転校生が来るって話を知ってますか?」
「えっ? そうなの? それは初耳かな」
「あっ、そうだった。俺もその話をしに来たんだった」
頭をポリポリと掻きながら、ニヘヘッと笑う渡。こいつは本当にこういう話には目ざといよな。
「渡がチェックを入れてるってことは、転校して来るのは女の子か」
「おっ、よく分かったな!」
コイツは女の子の話題に関しては相当に敏感だ。転校生の話を俺にしようと思ってわざわざ来たのなら、その転校生が女の子じゃないわけがない。
そもそも転校して来るのが男子だったら、話題にも出すはずがないからな。
「で? その子はお前好みの可愛い子だったのか?」
「いや、それがさ、まだ転校生の姿は見てないんだよな。朝来た時に噂を聞いて職員室を覗きに行ったんだけど、まだ来てなかったみだいだし」
「私さっきまで用事で職員室に居ましたけど、入れ替わりでその転校生の方を見かけましたよ?」
「マジか鈴音!? どんな
転校生の情報を聞き出そうと、渡は興味津々に秋野さんへ詰め寄って行く。
気持ちは分からないでもないが、その光景を見ているとちょっと秋野さんが可哀想に思えてくる。
「え、えっとね、セミロングの綺麗で軽いウエーブのかかった子で、髪色は薄いブラウンだったかな。目鼻立ちがはっきりしてて、顔立ちが凄く綺麗だった。まるでアイドルみたいだったよ」
「おおっ、そいつは期待大だな! 俺、ちょっと覗きに行って来る!」
言うが早いか、渡は猛ダッシュで教室を飛び出し、職員室の方へと向かって行った。いつもながらこの行動力には感服すると同時に呆れもする。
「秋野さんも大変だね、あいつが相手だと」
「はい。でもあれが“わっくん”らしいところでもありますから」
そう言ってにこやかに微笑む秋野さん。
実は秋野さんは、幼馴染の渡に密かに想いを寄せている。
俺がそのことを知ったのは、去年の文化祭の準備期間中、ある出来事を目撃したのが切っ掛けだったわけだが……まあ、その話は今は置いておこう。
とりあえず、その時のことが切っ掛けで秋野さんの恋の相談に乗ったりもしているわけだが、相手があの女の子大好きな渡ということと、秋野さん自身が引っ込み思案なところもあることで、俺が見る限り2人の間に恋の進展はない。
だけど『自分の気持ちは直接自分の口から伝えたい』――という秋野さんの言葉を聞いていた俺は、それを実行に移すことはできなかった。
まあ確かに自分の持つ恋心は、自分の口で直接伝える方がいいのは確かだからな。
俺としては早いところ告白しちゃえばいいのにと思うが、そこはやはり慎重になってしまうものだろう。傍で見ている他人とその当事者とでは、感覚に
「まあ、俺もまた相談に乗るから、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
リア充の誕生をいつも
しかし秋野さんの恋の相談は乗ってあげようと思った。それはもしかしたら、秋野さんと渡が“幼馴染”という関係だったからかもしれない。
告白して失敗すれば、その幼馴染という関係すら壊れてしまいかねない。それが恋というもの。
俺だって“関係を壊したくない”という気持ちは分からないでもない。むしろよく分かる方だ。過去、友達だった女の子に告白して振られ、友達という関係すら壊れたこともあったからな……。
そんなことを思っていると、朝のホームルームが始まる5分前のチャイムが学園内に鳴り響いた。
「では、私は席に戻りますね」
「うん」
秋野さんがゆっくりと自分の席へ戻って行くのを見ていると、部活動に所属しているクラスメイトの面々が次々に教室へと入って来る。その顔ぶれの中にはまひろに美月さん、茜の姿もあった。
始業式の今日、文化部と運動部は朝早くから二学期の活動についてのミーティングがあったらしいが、本当にご苦労なことだ。
そして朝のホームルームを告げる鐘が学園中に鳴り響くと、先生が教室へと現れ、いよいよ噂の転校生とのご対面となった。
高校での転校生なんてかなり珍しいことではあるが、事前に外見的特徴も聞いてるし、どんな転校生なのか楽しみだ。
「――では転校生を紹介します」
ホームルーム開始後、担任の
――なっ!?
呼び入れられた転校生を見て、俺はかつてないほどに驚いた。なぜならそこに居たのは、まったく予想だにしなかった人物だったからだ。
そしてこのあと、俺は“あの日に言われた言葉の意味”を知ることになる。
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