卒業
そろそろ全員廊下に並べー。
賑やかな教室に響く先生の声で再び意識が戻ってくる。
在校生たちが卒業生を送り出す準備が整ったようだ。
私は結衣と一緒に廊下に並ぶ。
廊下に向かう際に目の片隅に映ったロッカーの中には、運動着やら体育館履きやら教科書がぎゅうぎゅうに詰められていたのが、今はもう荷物が何も入って無い。
これまでは時間割に委員会表、保険便りなどたくさん貼られていた教室の壁も、全て剥がされていて、役目を失った画鋲だけが隅っこに集まっている。
壁に飾られていた『卒業まであと○○日!!』
とカウントダウンされていた手作りの日めくりカレンダーも当日になり剥がされ、代わりに黒板にチョークで何回もなぞりカラフルにできた『卒業おめでとう!!』の文字が描かれている。
教室に存在する物の一つ一つがが一丸となって、高校生活は今日が最後だ。と知らせてくるような気がする。
結衣が、中学の卒業式と違って高校の卒業式って予行練習全然ないよねー。と寂しそうな声を出す。
でもその方が本番の貴重さわかるし、なにより楽じゃんー。と私は言ってみる。
そう言われてみたら中学の時は仰げば尊しの練習をたくさんした覚えがある。
何度も立ったり座ったりした着席起立の練習もめんどくさかったな。
座る度に椅子がちょっとずつずれていって3回に1回くらい椅子を引き直して座ったりして。
でもあの時は高校生になれるワクワクが強くて不安なんてものはなにも無かった。
なのに今は不安と切なさしかない。
きっと、私の未来はまだ何も決まっていない真っ暗な状態だからだ。
進む先が全くわからない。
たった三年間で私たちはこんなにも変わるのか。
その時は気づかないけど、子供から大人に急激に加速してた3年間。そんなことを思う、それももう終わり。
卒業式は校長のどうでもいい話から始まる。
「桜の花が咲き乱れる中、卒業生のみなさんの入学式が行われた日からはや3年が経とうとしています。
あの時のみなさんは中学生のあどけなさが残りながらも、夢と希望を背負い目をきらきらと輝かせていた光景を今でも思い出します。
入学したばかりの頃は入組んだ場所にある音楽室や化学室、パソコン室がわからずに戸惑う生徒がたくさんいましたね。
1ヶ月も経つとみなさんも場所を覚えて、昼休みなんかには自分たちのお気に入りの場所を見つけてたのが懐かしいです。
屋根のない渡り廊下を渡った先に化学室があり、風の強い日は髪型を気にしていじってる中授業が始まり、雨の強い日なんかには制服が濡れた状態で授業が始まりました。
よく担任の先生を通して屋根を作って欲しいという意見が寄せられたのですが、上からの許可がおりませんでした、今更懺悔しても遅いのですが。
さて、本日はこのような暖かい太陽に恵まれた日の中でこのような立派な卒業式が行えることに職員皆心嬉しく思います。」
その後も校長先生は1人で淡々とした口調で喋っている。
「さて、この三年間はみんなにとって大きな三年間であり、将来の夢に向かって一歩大きく歩み出したでしょう。
この高校で経験した出来事は全てどこかで役に立つ日がくると思います。
みなさんはこれから大きな社会に飛び出すことになると思いますが、辛いことがあったり、大きな壁にぶつかった時には、もう一度この3年間で得られたものを思い出してみてください。
共に笑いあった仲間や、尊敬する先生方、いつも支えてくれた家族、そんな人たちがいたことを。
春からは皆が離れ離れになりますが、ここで過ごした日々は消えません。強く歩み出して行くことを心から願い、祝辞を終えたいと思います。」
「全校生徒、起立。」
「礼。」
校長先生の祝辞が終わる。
こんな言葉を私達に送っても明日にはきっとみんな全部忘れているだろう。
生徒にとって校長は普段全く関わらないし、仕事もなにをしてるかわからない、ただ校長室で豪華な椅子に座ってるイメージしかない。
そんな校長が生徒のことを実際のところはどう思ってるかはわからないが私たちに語りかけていた。
もしかしたら去年も丸ごと同じセリフを言ってるのかもしれない。
そう考え始めるとなんともありきたりにも取れる言葉の数々。
いや、もしかしたら本当に心から生徒のことを思い、そう願い語ってるのかもしれない。
実際はどうなんだろう。
そんなことを考えてる私はまた1つ大人の考えになっていた。
子供のようにまっすぐに受け止められなくなったのはいつからだろう。そして結衣は今頃なにを思ってるんだろう。
きっと眠くなって寝ているか、校長先生の頭部の光具合なんか見て笑いを堪えてるかのどっちかだ。
校長の話も終わり、卒業証書授与や校歌斉唱も終わりあとは閉会の言葉だけ_____。
やがて、そして、私は高校生ではなくなった。
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