【第7話】イヴ×月の民

「あーっと。あのさ。ララミー……さん? 僕はさっきあんたが何者で、なにをしにこの惑星に来たのか、もっと詳しく聞かせてもらいたいって言ったよね」

「はーいっ。確かにそう言われましたっ」

「それで、その代わりにメタリュックを操縦したいと?」

「その通りですっ」


 ララミーはウサ耳リボンをゆらゆら揺らしながら、きらっきらの笑顔でアカオに対面していた。


「……うん。それは間違いないらしいけど。でもあんたはさっき、メタリュックに乗る代わりに、僕を仕事にと、そう言わなかったか」

「言いましたっ」

「ちょっと待ってくれ。僕はあんたが何者なのか聞きたいだけで、あんたの仕事に巻き込まれたいわけじゃ――」

「はーいっ。つまり!」


 ララミーはそう言うと、人差指を立ててアカオのくちびるの近くで止めた。


「そういうことですっ」


 アカオはララミーの近づけてきた人差指を避けるように、少しだけ上半身をうしろにのけ反らせた。


「よ、要するに、あんたが何者か知った時点でララミー、あんたに協力しないといけないと。そういうことか」

「アカオ……」


 ララミーは急に真剣なまなざしをアカオに向けた。


「キミ、頭良いねっ」

「……どうも」


 アカオはこの少女との会話が、まともにかみ合っている気がしなかった。


「それでどう? それでもあたしのこと、知りたい?」


 ララミーはそう言うと、さらにぐいっと顔を近づけてきた。高鳴る鼓動。ついさっきのティラノサウルスからの逃走劇のような。アカオは、なぜだかララミーの顔を直視できなかった。


「聞かせてくれ。どうせ取り残されて、話し相手はあんたしかいないんだからな」


 アカオは目は合わせずにそう言った。


「はーいっ。取引成立! 話が終わったら約束通りメタリュックこの子、操縦させてねっ!」


 ララミーは嬉しそうに目を輝かせながらそう言うと、アカオの両肩に手を乗せると、あさっての方向を見ながらなにやらぶつぶつと言い始めた。


「――どうしよっかな。はじめはゆっくりお散歩楽しんで、それからジャンプなんかしちゃったりして! それからそれから――」

「あのさ、早く始めてくれないかな」


 アカオはそう言いながら肩をそびやかした。


「それと、肩から手を離してくれ」


 ララミーははっと我に返ると、両腕をアカオから解放し、ぺろっと舌を出してごまかした。

 アカオはさっきまで肩にかかっていた重みが消えると、ほっとした反面、どうしてだかわからないが、不安とは少し違うがそれによく似た感覚を覚えた。


「はーいっ。ではではっ」


 ララミーはそう言うと、ごほんっと軽く咳払いをした。


「地球人であるアカオくんっ。キミに質問です! 夜に見える一番大きな星はなんですかっ」

「そんなの決まってる。月じゃないか」

「それでは、その次は?」

「この惑星アンノウン、だろ」

「ピンポーン! 正解ですっ」


 アカオはなんとなく小馬鹿にされたような気分になった。


「それがなんだっていうんだよ」

「それではそれではっ。キミが惑星アンノウンと呼んだその星、つまりあたしたちが今いるこの星のを知っていますかっ」

「本当の……名前?」

「そうですっ」


 アカオは地球から見えるこの星を、他の名で呼んでいる人を知らなかった。当然、自分もそうだった。


「そんなの知るわけないじゃないか。そもそも、本当の名前なんて誰がつけたんだよ」

「もちろん、初めてつけた人ですっ」

「それがまさかララミー、あんただって言うんじゃないだろうな」


 アカオはふんっと鼻を鳴らしながら言った。 


「残念ながら、少しだけ違いますっ」


 ララミーは人差指を立てると、ちろちろと小さく揺らした。


「少しだけって、なんだよ」

「はーいっ。つまり! あたしたち『ネフィリム』がつけたんですっ」

「『ネフィリム』――?」


 アカオはその名前を聞いた瞬間、全身があわ立つ感じがした。自分の記憶の中に覚えがなかったにも関わらず。


「なんなんだよ、『ネフィリム』って」

「はーいっ。地球人風に言うと、『月の民』ってとこですっ」


 アカオははっとして思い出した。この少女は月からやってきたと言っていたことを。


「それはつまり、月に住んでいる人間って――いうことか」

「ピンポンピンポーン! アカオくん、大正解ですっ」


 そう言ってララミーは両腕を上げて大きなマルを作ってみせた。アカオは、目の前の少女の言うことがにわかには信じられなかったが、同時に嘘をついているようにも見えなかった。


「とりあえずあんたが月の人間かどうかは置いておいて、この惑星の本当の名前って結局なんなんだ? ――ちょっと待てよ」


 アカオは今までの話の流れを振り返った。


「そうか。『イヴ』か」

「アカオ……」


 ララミーはパッと真剣な表情になった。


「キミ、頭良いねっ」

「……どうも」


 アカオはなんとなく話が進んでいるようで進んでいないような、そんな感じを覚えた。


「ついでに言うとね、アカオたち地球人が地球と呼んでる星も本当の名前がありますっ」

「まさか『アダム』だって言うんじゃないだろうね」


 冗談半分でアカオは小馬鹿にするように言うと、ララミーはブルーの目をまんまるにしてアカオを見つめた。


「アカオってもしかして――月の民ネフィリム?!」 

「いや、違うけど」

「はーいっ。知ってましたっ」


 ララミーはそう言ってこぶしを握ると、笑顔で軽く自分の頭をコツンとやった。


「……もしかしなくても馬鹿にしてるだろ?」

「してませんっ」


 ぴょこっとウサ耳リボンを揺らしながら答えるララミー。言葉の真偽のほどは、アカオにはわからなかった。

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