【第8話】取引×ドロップキック

「はーいっ。 そういうわけでアカオ、取引取引! 約束通りメタリュックこの子、操縦させてねっ!」


 目を輝かせるララミーは再びアカオの両肩をむんずとつかむと、ゆさゆさと体を揺さぶった。


「いや、ちょっと待ってよ。まだ肝心の『イヴの浄化プログラム』ってのがなんなのか答えてないじゃないか」

「あれ? そうでしたっ」


 ララミーはそう言うとアカオの肩から手を離し、地面の方を見下ろし、きょろきょろとし始めた。


「さっきアカオを追いかけてたのがいたよね」

「ティラノサウルスだろ? もっとも、そっちではそういう名前なのかどうかは知らないけど」

「そうですっ。あたしたちはまとめて『破壊プログラム』って呼んでるけどね」

「ますますわけがわからない……」


 アカオは頭をかきながら、そばに倒れているティラノサウルスの残骸を見た。


「この生物がプログラムだっていうのか?」

「その通りっ。『破壊プログラム』ですっ」

「で、あんたが『浄化プログラム』ってことか」


 アカオは皮肉を込めて言った。


「なるほどっ! そういう言い方もできるねっ」


 ララミーはそう言うと、右手のグーを左手のひらにポンッと落とした。


「つまりっ! あたしたちの仕事がなにをすることか、わかった?」


 そう言ってララミーは左右のホルスターから二丁拳銃を抜くと、倒れているティラノサウルスに向けて撃つマネをして見せた。


「『破壊プログラム』の浄化――。あの恐竜に見える生物の殲滅せんめつってところか」

「ピンポーン! 正解っ!」


 ララミーは嬉しそうにそう言うと、二丁の拳銃をくるくると器用に回しホルスターへと収めると、またぞろ両手でアカオの肩をつかんだ。


「さてとっ。アカオ、取引取引! もういいよねっ」


 アカオはまだ十分納得できる答えを得たわけではなかったが、何度もおあずけをくらった子犬のような顔をしてこちらを見てくる彼女に負けた。


「あ、あぁ。他人にいじられるのは好きじゃないけど、仕方ない。操縦方法だけど――」

「ストップ!」


 ララミーはそう言うとパッと両手をアカオの肩から離し、そのまま腕を伸ばして両の手のひらを見せるようなポーズをとり、目をつむった。


「操縦方法は自分で見つけ出すから、言わないでっ!」

  

 そう言ってララミーは、アカオを押しのけるようにして操縦席から追い出した。


「ちょっと、変な操作されて壊されちゃ困――」

「さーてと。ここの画面でタッチ操作するのかなっ」


 ララミーにはすでに何も聞こえていなかった。


「ふ、ふん。まぁいいさ」


 凄まじいまでの彼女の集中力に圧倒されたアカオは、すごすごとメタリュックから降りた。


  *  *  * 


 ララミーに支配権を委ねられたメタリュックは、最初ぎこちない機械音を発していたが、次第にスムーズに動きだした。


「ステキだわっ! やっぱりメタリュックこの子、かわいすぎるっ!」


 ララミーはそう言いながら楽しそうにメタリュックを操縦した。

 走ってみたり、止まってみたり、ゆっくり歩いてみたり、ロボットアームで足元に生えているシダ系の植物を丁寧に一本一本抜いてみたり。

 しまいには製作者ですら見たことのない、まるで踊るような愉快な動きまでし始めていた。


「嘘だろ……。たった数分でここまでメタリュックの操縦系統を把握するなんて……」


 アカオは自分の作ったロボットの性能を、他の人間には到底理解できるはずがないとたかくくっていた。それが目の前でこんなに簡単に操縦しているララミーの姿を見て、あっさりと自負のラインを飛び越えられてしまったような気がした。


「本当なのか……。今までの話は」


 今までの彼女の話も完全に信じていたわけではなかったが、自分の常識がすでに通じていないことを次々と実感させられたアカオは、目の前の事実を否定していてはおくれをとってしまうだろうという焦りを覚えた。


「受け入れなければ――」


 アカオがそう決心しようとした、その時だった。


「……ラミー……」


 遠くから、女性の声が聞こえた気がした。


「ララミー!」


 ララミーではない、女性の声だった。


「こらー! ララミー!」


 一声ごとに、語気が強まっていた。

 

「何遊んでるのーー!」


 自分の名を呼ばれた当の本人はメタリュックに夢中で聞こえていないようだった。アカオは怒声のする方を向いた。

 ララミーと同じアッシュの髪色、ブルーの瞳をした人影が二人。

 すらっとした背の高い女性と、その女性の子どもかと思われるくらいの幼い女の子が、こちらに向かって歩いてきた。――いや、背の高い方は走ってきた。


「人の話をーー!」 


 長身の女性はそのままメタリュックを勢いよく駆け上がった。


「聞けーー!」


 美しかった。

 その長身の女性を包むウェットスーツのような全身ぴちっとした真っ白な衣装がよりその体のラインを引き立たせていた。

その美しい体躯たいくは寸分の狂いもない見事な水平線を描き、ドロップキックとなりてメタリュックに乗っていたララミーに――。


「あっ、お姉ちゃ――」


 炸裂した。

 次の瞬間には、ララミーが宙に舞っていた。

操縦者パイロットを失ったメタリュックは、キューンとうなだれるようにその動きを止めた。

 アカオはこの事実を受け入れても良いものかどうか、再び迷った。



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