【第5話】恐竜×逃走

「なんなんだよ! なんでこうなるんだよ!」


 アカオは二足歩行型調査用ロボット、メタリュックをとにかく走らせた。性能ギリギリのスピードで、うっそうと生い茂るシダ系植物群を踏みしだきながら、わき目もふらずにとにかく走らせた。


「こんなことなら、ちゃんとした対生物兵器を積んでおくんだった。だいたい、事前の無人探査機の調査でこんなやつらがいるってことぐらいわからなかったのか! まったくこれだから他人は信用できないんだよ」


 スピードはほぼ互角だった。アカオはメタリュックを必死に走らせながらも研究者としての悪い質が出ていた。見たくもないはずなのに、自分の作ったロボットと同等のスピードで追ってくる生物が気になって後ろをちらちらと見やっていた。 


「ティラノサウルス――だよな。どう見ても」


 寝ても覚めてもロボット工学というアカオは、恐竜と呼ばれる生物にはまったく興味を持っていなかった。だが、宇宙飛行士訓練中に一度だけウォルトとロバートの論争に巻き込まれたことがあった。その時、嫌というほどティラノサウルスの復元模型レプリカを見せられた。


「まさか本物に襲われることになるとは。ウォルトさんが残ればよかったんだよ」


 最近の学説では、体毛があったという説がかなり有力で信じられていたらしいが、古代生物学を専攻していたウォルトは熱心にそれを否定していた。彼は正しかった。体長はゆうに8メートル。爬虫類特有の、赤茶色のゴツゴツとした岩のような肌質をしており、牙や爪はもはや生物のそれではなく、まるで鋼の塊がくっついているかのようにギラギラしていた。そんな怪物が二体、我先にと目を血走らせて追いかけてきている。


「捕まったら間違いなくやられる。っていうか、なんで見えもしない距離から僕を発見できたんだ? 本当に生物か、これは」


 アカオは、この狂気と凶器の塊のような原始生物が、まるで自分が搭載しているレーダーのような性能を備えていることが不思議で仕方なかった。


「まぁいい。どこまで追ってきても、絶対に逃げ切ってやる」


 冷汗をかきながらも、自分の作ったロボットを信頼していたアカオはにっと口角を上げ、前を見据えようと――。


『グァワァァァ!!』


 瞬間、進行方向から毛が逆立つような不気味な鳴き声とともに、もう一体の巨大生物の姿が視界に飛び込んできた。


「くそっ! どうなってんだよ」


 前門に立ちふさがるティラノサウルス。後門から追うティラノサウルス。とっさに90度右に転回させたが、大幅にスピードダウンしてしまった。


「やば――ッ! 追いつかれ――」

 

 タタン! タン!


 後ろの二体の凶爪がまさにアカオを捕らえようととした瞬間だった。

 三発の、なにかが発射されたような音が聞こえた。とほぼ同時に、まるで巨木が切り崩され倒れたかのような、ドーンという轟音があたりに響いた。


「はぁ――ッ、はぁ――ッ」


 アカオの心臓は、その激しい地響きに負けないくらい強く脈打っていた。呼吸も乱れ、うっすらと涙もにじみ出ていた。

 まったく何が起こったのか理解できはしなかったが、しばらく全速で走らせていたメタリュックをようやく止めると、恐る恐る後ろを振り返った。すると、息のかかるぐらいまで近づいていたティラノサウルスたちはもう追いかけてきてはいなかった。


「ど……どうなったんだ」


 どうにかこうにか呼吸を整え、ずいぶんと走ってしまった距離を縮めるようにメタリュックを運転し、引き返した。


  *  *  *


 巨大生物は三体とも、目の色を失い、こと切れていた。

 アカオは再び静まりかえった未知の惑星アンノウンの大地を見下ろした。

 湿気の高い、むせかえるような原生の空気を思いきり吸い、目にたまっていた水分をぬぐうようにこすると、大きく息を吐いた。


「なにがどうなったんだ――」


 アカオにはなにがなんだか、わけがわからなかった。わかることといえば、やられかけた自分が、今こうして生きているということ。代わりにこの凶暴な原始生物がやられているということ。まるであべこべだった。 

 いつものように冷静さを取り戻し始め、ぼそぼそと頭をかいたアカオは、意を決してメタリュックから降りようとした――その時だった。


「はーいっ。そこのキミ! 生きてて良かったね。もしかして地球人?」


 調査のために訪れた、前人未到の惑星アンノウン。

 動的生命体反応無しという結果の出ていたはずの、原始の地球を思わせる人類の新しい開拓地フロンティア――。

 その惑星にただ一人残されたアカオの目に映ったのは。

 ――どう見ても少女だった。

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