【第3話】調査×裏切り

「暑い……な。太陽は見えていないのに、これかよ」


 ロバートは入口から出たと同時に言った。


「あら、記念すべき新惑星への第一歩目の言葉がそれ? ロバートにしては洒落っ気がないわね」


 リサがくすっと笑って言うと、空を見上げた。


「でも、確かにちょっと暑いわ」

「太陽は出ていないが、恐らく今は昼ぐらいの時間帯だと思う。太陽からの距離は地球と変わらないはずだが――。この薄暗さ、そしてこの熱気。どうやら原因はあの分厚い雲だ」


 ウォルトは頭上の雲を指差しながら言った。ヘルメットの中ではすでに玉のような汗がにじんでいた。


「地球の暑さとはなにかが違うわね」

「そりゃそうだ。これ見てみろ、リサ」


 リサに向けてロバートは、自分の腕を手のひらでこすってみせた。すると防水加工のほどこしてあるグローヴにびっしりと水滴がついていた。


「なるほどね。乾燥しきった地球の暑さとは対照的だわ」


 リサは手をぶらぶらさせて、渋い笑顔を見せながら言った。


「この未踏地調査用防護服アンノウンスーツは防水加工こそしてあるものの、こんな蒸すような暑さは想定していなかったのだろう」

「なんともお粗末なもんだぜ。こういう環境だっていうことぐらい、想定できそうなもんだがねぇ」

「三世紀近くカラカラな環境で過ごしてきた人間の頭からは、湿度という概念が消えてしまったんだろう。かくいう私も、ここに来るまで忘れていたよ。知識として知っていたはずなのにな」

「湿度ねぇ。言われてみれば、そうかもしれないぜ」


 ウォルトとロバートは顔を見合わせながらそう言い合った。

 熱気に加え、辺り一面を覆う膝丈くらいのシダ系の植物群。暑さに戸惑うだけではなく、三人ともまるで太古の地球にいるような、そんな不思議な感覚に陥っていた。


「こりゃ、アカオの『鉄のダチョウ』が大活躍だな。この湿気でさびなきゃいいんだが――。ま、当初の予定通り広域調査はアカオに任せて、俺らはひとまずこの辺りの調査といきますかね」


 すでにメタリュックを操りだいぶ遠くまで行っていたアカオの方を見ながら、ロバートは言った。


「そうだな。とりあえず我々はこの辺りの土壌調査と植物採集だ。二人とも、あまり遠くには行かないようにな。あと、水分補給は必ずするように」


 ウォルトはそう言うとスコップとハサミ、採集用の簡易真空パックを持って宇宙船の先の方へ向かった。リサとロバートも各々の道具を手に、調査を開始した。


  *  *  *  


 一時間も経たないうちに、ロバートはヘルメットを脱いでドリンクを飲みながら小休止をしていた。


「こりゃ、かなわんぜ。リサはよくヘルメットかぶったまんまで作業できるな」


 ロバートはそう言い、蒸しかえる空気を鼻から大きく吸った。


「ま、空気は悪くないんだがな。これからここが、新しい故郷ふるさとになるんだと思うとサボってばかりもいられねぇな。リサを見習って――」

「ちょっと二人とも! これ見て!」


 ロバートがぶつぶつ言いながら、ヘルメットを脇に抱え、作業に戻ろうとリサの方を向いた瞬間、リサが飛びあがるように叫んだ。


「なんだ、リサ? 変な虫でもいたか?」


 先にリサのもとへ駆けつけたのはロバートだった。ウォルトもだいぶ離れてはいたが、リサの叫び声にも近い呼びかけが聞こえたらしい。走って二人の方に向かってきた。

 ロバートがリサの指差す先に見たのは、メタリュックが植物を踏みならしてできた卵形に近いきれいな足跡だった。膝丈近くまであるシダ系の植物が1トンクラスのロボットに踏まれたために、穴のようにくぼんでいた。


「違うの! その隣の足跡をよく見てみて!」

「なんだよ、これも『メタリュック』の足跡じゃ――」


 ロバートがそう言いかけたと同時にウォルトも合流した。


「リサ、ロバート。これは『メタリュック』の足跡だ」


 三人が見たもう一つの足跡は明らかにアカオの調査ロボットのつけたものとは形が異なっていた。大きさこそ近いものの、はっきりと三又に分かれただった。

 ウォルトは明らかにメタリュックのものとは一瞥いちべつしたが、こともなげに冷静に否定した。


「おいおい、まさか。冗談だろ、ウォルト。どう見てもこりゃ――」

「この惑星アンノウンには動的生命体はいない。ここに来る前にはっきりとそう報告があったじゃないか。これはアカオ君の気のきいたアレンジだろう」


 ウォルトはそう言うと、ふっと軽く鼻で笑ってみせた。


「そ、そうね。そう考えた方が妥当だわ。私も外に出る前にロバートが変なこと言うもんだから、変な妄想が膨らんじゃったのね。きっと」

「おいおい、リサまで――」

「そんなことより二人とも、調査途中だがミーティングをしたいんだ。いったん宇宙船ふねまで戻ってきてくれ。大至急だ」


 ウォルトはそう言うと、くるりと向きを変えて宇宙船の方へと歩き始めた。


「ちょっと待てよ!」

「ロバート、大至急だ」


 有無も言わさぬ物言いでウォルトはロバートをにらみつけた。リサは不安げではあったが、黙ってウォルトについていった。


「この暑さでウォルトのやつはやられちまったのか? なんだってんだよ……」


  *  *  *  


「おい、ウォルト。なんなんだってんだよ? それに、アカオはまだ戻ってないみたいだが――」

「今から説明する。二人とも、まずは席についてくれ」


 突然の集合にいら立つロバートをよそに、ウォルトは穏やかな調子でそう言った。


「ウォルト、あなた……ここに着いてから少し変よ」


 リサはそう言って、ウォルトの不可解な行動に疑念をあらわにしながらも、自分の席に座った。


「二人とも座ったな? オーケー」


 ウォルトがそう言って手元のスイッチを押すと、リサとロバートが座っていた座席から突然、自動巻式オートリールのシートベルトが出現し、二人を拘束した。


「任務完了だ」

「おい! ウォルト! なんのマネだ! ふざけるのもいいかげんに……しろ……」

「ウォルト……?」


 ロバートもリサも、意識が遠のいていくのをどうすることもできなかった。ぼんやりとした視界の向こうで、ウォルトが満足そうな表情で宇宙船の発射スイッチを押していた。


「念のためにドリンクに睡眠薬を入れておいて良かったよ。これで、全物質エネルギー転換炉エターナルはあなたのものです。サタン局長、今戻ります」

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