【第16話】時空間転移×エーテル

 四人を乗せたメタリュックは多少苦しそうであったが、トンネルの入口に向けて順調に歩みを進めていた。


「一人乗りだって渋ってわりによく走るじゃない、このロボット」

「もともと重量物を運ぶことも想定してあるんだ。このくらいなんともない」

「だったらなんであんなに乗せるのを嫌がってたワケ?」


 エルダは黙々と運転をしていたアカオの後ろ姿に向かって言った。


「それはこの操縦席を見れば分かるだろ? 開放型オープンだから無理矢理乗れてるけど、座席は一つ。どう考えてもスマートじゃない」


 アカオはそう言ってがしがしと頭をかいた。


「あたしは好きだけどねっ!」


 狭い座席でアカオの肩に両手を乗せたララミーが体を前のめりにしながら言った。


「こうやってみんなでくっついて移動するのっ! それに……」


 ララミーの言葉と笑顔と手の感触そのすべてが、アカオにとっては理解のできない心のざわつきを呼び起こしていた。嬉しいのかいらついているのか、はっきりとしないもやもやとした感覚だった。それに……なんだろう。アカオは柄にもなく生つばを飲み込んだ。


「んー! この開放感! 普通なら初めての星の調査で開放型オープンにしないよね? それでもこの感覚は閉め切った運転席じゃ味わえないもんねっ」

「あ……いやそれは……」

「キミ、わかってるねっ!」


 ララミーはブルーの瞳を輝かせながらそう言うと、ばんばんとアカオの肩を叩いた。 


「はいはい。まぁ確かに、ネフィリムアタシたちはこうやってまとまって移動することはないわね」

「そ、そうだ。一つ気になることがあるんだけど、良いかな」


 アカオはエルダの言葉が助け舟とばかりに言った。


「はーいっ。なになに? なんでも答えちゃうよっ!」


 ララミーはウサ耳リボンをぴょこんとさせて、アカオの顔をのぞき込むようにして笑顔で言った。


「いやいや、なんでも答えるなって」


 エルダは眉間にしわを寄せながらララミーに言った。


「あんたたちってどうやってこの星に来たのかなって。宇宙船で来たっていう感じがしないし……。時空間転移パーミュレイト――だったか。あのリオの武器を瞬間転送していたやつ。もしかして移動もその原理なのか?」

「はーいっ。説明します!」


 ララミーは右手を勢いよくあげてそう言ったかと思うと少し間をあけ、 

 

「……えっと。リオちゃんがっ」


 と言い、リオをひょいと持ち上げてアカオの隣へとちょこんと座らせた。


「ではララミー姉様の代わりに私が説明させていただきます。エルダ姉様、この説明は問題ないですよね?」

「まぁ、それくらいなら良いでしょ。コイツが知ったところでどうにかなるワケでもないし」


 エルダは説明すると言ったリオの爛々らんらんとした目の輝きを見て、半分諦めたように言った。


「では改めて、このリオが説明させていただきます」


 そう言ってリオは軽く咳払いをすると、人差指を立てながらしゃべり始めた。


「まず、私たちがどうやってこの『惑星イヴ』に来たか、ですが、お察しのとおり宇宙船ではありません。そもそも宇宙船での移動というのはエネルギーと時間の無駄遣いみたいなものです。そんな無駄を発生させるほど私たち月の民ネフィリムには暇がありません。――というわけで、私たちが移動手段として使用しているのが、アカオ様のおっしゃる通り時空間転移パーミュレイトです」


 リオは得意げに胸元の赤いネクタイを直すと、さらに話を続けた。


「惑星間移動に関しては、座標さえわかっていればどこへでも瞬時に移動することが可能です。しかし、武器転送は転送先の座標に少しのずれも許されません。身体の移動と違い、戦闘中に転送する機会が多いわけですから。従って正確に座標を把握する必要があるのですが、それを解決しているのがこの時空間個体置換端末、通称『パーミュラー』です」


 そう言いながらリオは、腰のベルトに付いているポシェットの中から、ちょうどアカオの持ってきた板チョコぐらいの大きさの端末機器タブレットを取り出した。


「なるほど……。その端末で自分の座標を特定して転送するわけか。でもちょっと待てよ。個体置換ってことは、正確には移動させているさせているわけじゃないのか」

「それは『移動』という定義の認識の違いですね。時間と空間を分けて考える地球人の発想では理解できないと思いますが」


 アカオはリオに理解できないと言われ、少しムッとしたが、怒りよりも今は好奇心の方が勝っており、そのまま話を進めた。

 

「――弾の補充は? やっぱり同じ原理で転送してるのか?」

「いいえ、弾丸の装填そうてんに関してはわざわざ転送するような非効率的なことはしません。私たちの扱う銃には『簡易物質生成装置ダミ・マテリオン』という自動装填装置が組み込まれています。この装置によって自動的にエーテルを簡易的に物質化、この場合だと弾丸に転換し補填するというシステムです。従って、この装置が壊れない限り、弾丸は半永久的に尽きることがありません」

「ちょっと待て! エーテルだって?!」


 アカオはそう言ってリオの方を向いた。


「ちょっとアカオ! よそ見運転しないでくれる?」


 エルダはそう言うとアカオの顔をぐいっと押し、前に向き直させた。


「ちょっとやそっとじゃバランスを崩したりしないよ! それより、エーテルって言ったよな」

「はい、言いましたが」

「教えてくれ! エーテルって何なんだ?!」


 アカオはメタリュックを運転するのすらもどかしそうにしながら言った。


「なにをそんなに興奮してるのよ、アンタは」

「興奮するなって方が無理な話だ! どうやらあんたたち月の民ネフィリムでは当たり前の物質のようだが、地球ではいまだに存在の有無すらわかっていない物質なんだ。でも僕は絶対存在する物質だと信じてた。エーテルにはとてつもないエネルギーが秘められていると思って作り出したのが、この『メタリュック』のエンジン炉の全物質エネルギー転換炉エターナルなんだ」


 あきれたように言うエルダに対して、アカオは自分の作った調査用ロボットを見つめながら言った。


「そのことなんですが私も少し気になることがあります。私たちが乗っているこのロボットの動力源はなんですか? かなり長時間走らせてているようですが、まだエネルギー補給をしていないように思われます。人力でもないようですし……」


 リオは自分たちの乗っているメタリュックに目をやりながら言った。


「燃料補給はほとんどしなくてもいいんだけど……。じゃあ見ててくれ」


 アカオはそう言いながら、自分の食べたお菓子の空袋をメタリュックの前方部分にある丸いゴミ箱のような形のエンジン炉に投げ込んだ。その空袋はすーっと溶けるように消えていった。


「それ、ゴミ箱じゃなかったのね」


 エルダが感心するように言った。


「ゴミが燃料なんですか? 熱エネルギーにしては燃費が良すぎる気がするのですが」


 リオはその様子を見て、疑わし気にアカオに言った。


「いや、熱エネルギーじゃない。そもそも正確にはこの空袋ゴミ自体が燃料っていうわけじゃないんだ。たまたま今手元に空袋ゴミがあったからこれを使っただけで、物質ならなんでもエネルギーに転換してしまうんだ。しかも、転換された物質は完全に消滅している。どうだ、リオ。これはといっていい現象か?」


 アカオはぐいっとリオの方を向いて言った。――返事は返ってこなかった。リオは驚いたというより、まるで幽霊でも見たかのような表情をして黙りこくっていた。隣で聞いていたエルダも同様だった。

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