【第10話】囮×パーミュレイト

「エルダ姉様、そろそろ任務に戻りましょう」


 三個目のチョコレートに手を伸ばそうとしているエルダを見てリオが言った。


「そう、ね」


 エルダはチョコレートをつかむと、何食わぬ顔をして太ももにつけていたポシェットに無理矢理突っ込んだ。


「――それで、この地球人君には何を手伝ってもらうワケ?」

「はーいっ。お姉ちゃん、アカオにはね、ただいてもらえればそれでいいんですっ」


 ララミーはぴょこんとブルーのリボンを揺らし、笑顔でそう答えた。


「なるほど。そういうことね」


 エルダはにやりと笑みを浮かべると、背中の銃を手にとった。


「ま、待った。どういうことだよ」

「アカオ様、すぐさまロボットに乗り込んでください。すぐさまです」


 アカオは困惑しながらも、リオに言われるままメタリュックに乗り込んだ。と同時くらいに地面が揺れ始め、遠くの方で砂塵が舞っているのが見えた。


「2……6……、12体ってとこかしら」


 エルダはそう言って親指の先を軽くなめると、静かに真っ白な長銃を構えた。


「リオ、いくわよ」

「了解です、エルダ姉様」


 リオはそう言って腰につけていたポシェットから手のひらサイズの端末を取り出し操作したかと思うと、突然彼女の目の前にガトリング砲が現れた。

 アカオはその瞬間を見逃さなかった。何もないところからその様子を。


「ちょ――」


 アカオが声を発しようとした時には始まっていた。

 砂塵と地響きは聞こえはするが、まだ点ほどの姿にしか見えない敵影にまず二発撃ち放ったのはエルダだった。遠くの方で小さく断末魔の叫びが聞こえはしたが、軍団は構うことなくどんどん近づいてきた。

 ようやくその姿が見えてきた。横一列に整然と並んで走るその軍団は、アカオが襲われたティラノサウルスよりはいくらか小ぶりではあったが、その分スピードは速かった。さらに二発、エルダが撃ち込むと、両翼の二体が叫び声を上げながら倒れていった。残り100メートルを切ったぐらいまで近づいたあたりで、今度はリオのガトリング砲が烈火のごとく弾丸を浴びせていった。彼女の小さな体躯とはまるで対照的な破壊力だった。残りの八体を一気に殲滅させたと――、


『グギャァァ』


 思われたが一体だけその弾丸の雨をかいくぐり、アカオめがけて突進してきた――が。


 タタンッ!


 ギリギリまで迫ってきた最後の一体を仕留めたのは、ララミーの二丁拳銃だった。


「はーいっ。終わり!」


 そう言ってララミーは、くるくると両手の拳銃を回してホルスターに収めた。


「さすがリオね。一体だけララミーに残してやるなんて」


 エルダはそう言って自身の長銃を背中に収めた。


「あとで文句を言われるのは嫌ですから」


 リオは淡々とそう言うと、再びポシェットから端末を取り出し、操作した。


「それだよ! それ! どうやったんだ?!」


 まるで手品か何かのようにリオの手元からふっと消えたガトリング砲をしっかりと確認したアカオは、メタリュックの上から叫んだ。一瞬で片が付いた戦闘も、すぐ足元で倒れている恐竜の死骸も、もはや眼中になくなっていた。


時空間転移パーミュレイトだよっ」

時空間転移パーミュレイトだわね」

時空間転移パーミュレイトですが」


 三人の月の民ネフィリムたちは続けざまに言った。


「パー……ミュレイト?」


 アカオはメタリュックから飛び降りると、エルダの方にまっすぐ向かった。


「教えてくれよ! なんなんだ、その技術は?!」


 そう言いながらアカオはエルダの両肩をつかんで激しく揺さぶった。


「教えてくれ……ですって?」


 エルダは冷たい目つきでアカオの手をはたき落とした。


「アナタねぇ、なに言ってんのよ」


 アカオは怪訝けげんそうな表情のエルダを見てはっと我に返った。もともと彼は、ララミーの仲裁がなければ、彼女に消されていたのだった。


「そ、そうだよな。そう簡単に自分たちの技術を教えるわけにはいかないよな。ましてや、今日出逢ったばかりの、本来出逢ってはいけない地球人なんかに――」

「だーかーら。なに言ってんのって、聞いてんのよ」

「――??」


 アカオは、エルダが怒っているようにしか見えなかったが、その意図するところがまったくわからなかった。


「アカオっ、お姉ちゃんはね、『教える』っていうことがどういうことかわからないだけだよ」


 そう言って再び助け舟を出してくれたのはララミーだった。


「『教える』ってことがわからない……って、どういう意味だよ」

「アカオ様、そのままの意味です。私たち月の民ネフィリムの辞書に、『教える』という言葉はありません。知識として、地球人がそういう言葉を使うということぐらいは知っていますが」


 リオは興味深げに、ぽかんとしているアカオの顔を見ながら言った。


「なるほど。これもつまり、『教える』ということですね」

「さすがリオちゃんっ! 頭良い!」


 ララミーはそう言って考え込むリオの頭を丁寧になでた。


「それはそうと、やっぱり生身の地球人がいると『破壊プログラム』の反応も良いわね。これは仕事がはかどりそうだわ」

「そ、それもだ。あの恐竜たちはなんでここめがけて襲撃してきたんだ? まるで僕たちがここにいるっていうことがわかってるみたいに……」

じゃなくて、がいることがわかってるのよ。アイツらはね」


 エルダはそう言って、アカオを見て微笑んだ。


「それってつまり――」

「はーいっ。アカオ、その通りです! まだまだ来るよっ」


 ララミーが笑顔でそう言うと、メタリュックにとんとんっと乗り込み、アカオに向けて手招きした。


「さあ! 出発進行ーっ」


 ブルーのリボンを揺らしながら、ララミーは元気よく人差し指を大空に向けて突き上げた。

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