2-5 破壊

 クラーザ西部の高い屋根の上に白く輝く大型のクロスボウを構える二人の殉教者は、西の広場にたむろしていた魔物が一斉に動き出したのを確認した。

 二人の殉教者は、クロスボウの照準を、空を飛ぶ飛竜とグリフォンにそれぞれ合わせる。

 クロスボウに装填された光の矢を発射しようとした所で、殉教者は小石で引っ掻いたような音を聞く。殉教者が、その微細な違和感に気づき反応しようとした時には、屋根の縁に近かった方の脇腹に大きな三爪の爪痕が×の字を書くように深く刻み付けられていた。

 蝕痕を刻み付けられた殉教者は光の環を失い砂となって崩れ落ちる。

 残された殉教者は一瞬、黒い獣のかげを屋根の上に見た。


 アベラルドは周辺の農村を襲う虫の魔物を駆逐するために、殉教者を新たに五体顕現させていた。村を襲う虫を殲滅した後は、それらの殉教者は今、クラーザ中央の跡塔の前に布陣させている。

《アベラルド様、魔物に動きが》

 伝令者を指揮していた司教から声が届く。

《判っている…既に、牽制に置いていた一体を破壊された。中央に配置された殉教者の内、二体を北に、もう二体は南に移動させよ。魔物の狙いはおそらく跡塔だ、これ以上の破壊は許されない》

 アベラルドもまた、意識に語り掛ける声によって指示を返した。


《ラルマ、もう一体は相手しなくていいわ》

《言われなくとも。使者の殲滅よりも跡塔の破壊、だろ》

《そう》

 北の跡塔に向けて蜂異種の群れが飛んでいく。

 ウェルテの蟲は単体では脆い、少し集まった程度では使者と戦い、ましてや破壊することなど不可能だ。しかし今、ティーフの循環量増幅の支援を受け、更に造血胞から高濃度の魔力を得ている状態ならば、話は違う。

 クラーザより西部の森の中の結節の上に築かれた繁殖胞は、もう直径数メルトまでに肥大化していた。造血胞から得た高濃度の魔力を繁殖胞の成長と、自身の産卵能力に費やしていた。繁殖胞がより大きく良質な養液で満たされるということは、卵の成長を早める事に繋がり、自身の産卵能力を強化するということは、より良質な戦士の入った卵を、より早く産むことことができるということに繋がっていた。

 クラーザの北の跡塔に向かう蜂異種ビネの数は数十匹に及ぶ。

 そして、蜂異種ビネ群れは、北の跡塔の聳える広場の周りの地面や壁面、屋根などに止まると、丸くうずくって動かなくなる。

《さあ、あなた達の可能性を拓きなさい》

 すると蜂異種ビネの翅が剥落し、身体が膨張して太ったさなぎのような姿へと変異した。そして、十数秒後、蛹の殻は割れ中から、鋭く大きな二本の牙を持った大きな蟻に似た蟲、蟻異種フルミナが現れた。

《さすが、変異にかかる速度、産まれた個体の質も段違いね…いきなさい》

 蜂異種ビネから変異した蟻異種フルミナの群れは、一斉に跡塔に殺到する。後方から光の矢が多数、飛来する。中央から北の跡塔を防衛するために移動した殉教者が到着したのだ。二体の殉教者は小型のクロスボウを両手に持ち、殺到する蟻の魔物を撃ち抜いていく。

 クロスボウによる射撃は精密且つ高速、蟻異種フルミナは跡塔にたどり着くまでにその数の大半を失っていた。それでも何匹かは、殉教者や跡塔に取り付き、その牙で噛み付くことに成功してた。

 だが、それもすぐにクロスボウで射抜かれ、処理されてしまう。二十匹以上はいた蟻異種フルミナは全滅し、北の跡塔の広場には、光の粒になって消えていく蟲の骸が散乱していた。

《やるわね。でも、この群れの相手がいつまで務まるかしら》

 北の跡塔に向けて、新たに数十匹の蜂異種ビネが向かっていた。


 グリフォンと巨狼はクラーザの中央広場に辿り着いた。広場中央には跡塔がそびえる、その両脇には二体の殉教者が白銀のハンマーを携え待ち構えていた。

《ネーヴェ。手順はさっき言った通りだ、初めから全力でいくぞ》

《了解》

 二体の魔物はその殉教者に猛然と向かっていく。

 跡塔の右手にいた殉教者に向かった巨狼は、槌の迎撃を素早く躱し、その腕に噛み付き、壁に投げつける。

 造血胞から高濃度魔力を得ているネーヴェは、力だけでなく身のこなしや反応速度でも殉教者を上回っていた。

 跡塔の左手にいた殉教者にはグリフォンが風を纏って突進する、大槌の反撃が来るようも早くグリフォンの風は殉教者の身体を壁へと吹き飛ばした。当然、どちらも壁への衝突は光の緩衝によって吸収されている。飛ばされただけでダメージは入っていない殉教者達は立ち上がって―来なかった。いや来れなかった。壁や地面から成長してきた結晶が絡みつき、身動きが取れないのだ。

《よし、うまくいったな》

《このまま拘束する》

《先のように自爆されては厄介だからな。どうやらこいつらの本領は死の間際に発揮されるらしい》

 それでも殉教者達は、脅威の膂力りょりょくによって、結晶の戒めに亀裂を入れていく。

《ネーヴェの結晶を膂力だけで断ち割ろうとするとは、ふざけた馬鹿力だ》

 しかし纏わりつく結晶はいくら亀裂が入ろうとも、すぐさま新たな結晶が成長して覆っていく。それもそのはずだ、巨狼が空気中に放出した結晶の種となる粒子をグリフォンが風に乗せて的確に殉教者へと送りつけているのだから、いくら動こうとも、決して結晶の戒めが解かれることは無かった。

 今のアルクスとネーヴェなら、二体の殉教者を破壊しようと思えば可能かもしれない。

 しかし、それには少なくない労力を払う必要があるし、更に、死の直前にまた厄介な自爆攻撃をされて被害を受け、肝心の跡塔の破壊が進まなくなってしまっては意味がない。

《拘束を維持しつつ、跡塔の破壊を開始する》

《頼むぞ、ネーヴェ》

 防衛に当たるはずだった二体の殉教者が封じられた今、中央の跡塔は無防備だった。

 巨狼は跡塔の根元に結晶を成長させる。太い角錘状の結晶の鋭い先端部分が、まるで牙の生えた大口のように左右両側から跡塔の根元を挟み、圧迫していく、岩を割り鋼を裂く万力の如き力が跡塔の根元へと襲い掛かる。少しづつ、しかし確実に、結晶のあぎとは跡塔を噛み締めていく。


 クラーザ南。紅い飛竜が空を駆け、主のいない黒い影が家屋の屋根や壁を走り抜けていく。

《トーマ、俺達が正面切っての殴り合いをするようなタイプじゃねーって事は判るよな?》

《はい、殉教者が現れても僕は逃げるくらいしかできません》

《そして、俺が二度も殉教者を破壊できたのは、たまたま隙を突くことができたからだ。そんな俺らが跡塔の近くで待ち構えてる所に、突っ込んでいくのは上策と言えるか?》

《自殺行為だと思います…》

《その通りだ。だが俺には地上の機動力と奇跡の破壊効果、トーマは飛行能力と純粋な物理破壊力がある。つーわけで、これらを生かした陽動、奇襲作戦で南の跡塔を破壊しろ。っていうのがウェルテのお達しさ》

《具体的どんなことをすれば?》

《お前は南西の居住区に行け。そこで軽く暴れてくれりゃいい、殉教者を一体引きつけてくれ》

《それで、ラルマがまた使者を攻撃してくれるんですね》

《いいや、ちげーよ。奴等は二度もやられてるんだ、いい加減、影や足音の警戒くらいしてるだろうよ。それに、目標は跡塔の破壊だ、まあ、手を変え品を変えって奴だ、行ってくれ》

《わかりました》

 飛竜は旋回し、南西の居住区に進路を変える。眼下に立ち並ぶ白い屋根の連なりが見えると、内部に被害が出ない程度の威力で空からブレスを放っていく。ブレスを放つ度に白い瓦が砕け、穴から煙が立ち上る。もちろん、まだ住民が中にいる家もあり、二発に一発は着弾後に中から悲鳴が上がる。

 居住区を攻撃する竜を止めるために、殉教者が一体、南の跡塔を離れ、飛竜に攻撃されている南西の居住区へと移動する。

《来た…!》トーマは使者が一体迫ってくるのを遠目に見つけると、さらに西へと移動する、時折眼下の屋根に向けて火球を吐きながら。

 住居を攻撃する飛竜を止めるために南西へと殉教者が一人向かった後。南の跡塔の近くの家屋の屋根の上、そこでラルマは、あえて影の同化を解除して己の黒豹の姿を晒した。そして、そのまま南の跡塔に陣取る残った殉教者には攻撃せず、北に向けて屋根から屋根へ飛び移りつつ走っていった。

《さて、俺はこっちだ》

 ラルマは蟲達がひしめく北の跡塔に加勢しに来た、姿は現したままだ。黒豹は反撃を受けそうな程、跡塔には近づかずに、様子を見ながら大きな隙を見せれば付け入るという姿勢を見せる。

《さあて…》

《ラルマ。南から殉教者が一体、北へと向かったぞ》南から北に向かって走る殉教者の姿をグリフォンは捉えていた。

 北の跡塔に三体目の殉教者が現れた。

 三体の殉教者は、蟲の群れを一瞬、無視し一斉に黒豹に向けてクロウボウから矢を放つ。

《行くぞ、トーマ!》

《はい!》

 放たれた矢が穿ったのは、虚空。

 黒豹は影と同化して矢を回避し、全力で南の跡塔へと向かって、屋根や壁、石畳を蹴り、矢のように駆ける。

 西へと飛んでいた飛竜も、一切の攻撃を止め、一気に反転してクラーザ南の跡塔をめざして東へ飛ぶ。二匹の魔物は可能な限りの速度を出して南の跡塔へと向かった。自分を追ってきた殉教者を振り切るために。魔物追って南の跡塔を離れていた二体の殉教者は、その急激な反転と機動力の前に大きく後れを取った。

 殉教者の防衛の無い、南の跡塔に目掛けて文字通り一直線に走ってきたラルマは、造血胞より得た高濃度魔力から作った、高密度の蝕を両足の爪に宿し―

《おらああっ!》×の字に跡塔へと刻み付けた。跡塔は刻み付けられた傷痕を中心に、布に墨を垂らしたように黒く染まっていく。

《ぶっ放せトーマ!》

 数瞬遅れて、飛竜が跡塔の前に着陸する、渾身の魔力をつぎ込み炎弾を跡塔の根元、三爪の黒い×印の中心に放った。蝕に侵され“加護”を失いっていた跡塔は、腐った木材のように木端微塵に爆散した。

 赤い飛竜と消えた黒い豹を追って南に向かっていた二人の殉教者は、南の跡塔が破壊されると同時に足を止め、それぞれ北に向かった。

《やった…》飛竜は、空へと飛び立つ。

《上出来だ。トーマお前は一旦、西の肥大化結節の前で休んでろ。俺は南の跡塔を守ってた殉教者達の足止めをする》

 トーマは内心ほっとする。飛行しながらのブレスの連射と、今の一撃を放ったせいでかなり疲労していたからだ。

《わかりました…でも大丈夫ですか、一度に二体の殉教者を相手にするなんて》

《ああ、心配いらねーよ、足止めするだけなら俺一人で十分だ》

 飛竜は西に飛行し、ラルマは北に向かって走った。



 白く光沢を湛えていた北の跡塔は、表面に無数の噛み傷や切り傷が付けられ無残な姿を晒している。ウェルテの蟻異種フルミナによる攻撃は、確実に跡塔にダメージを蓄積させていた。跡塔に取りついた蟲を殺せば、今度は自身へ攻撃してくる蟲を殺すのが遅れ、自身に向かってくる蟲を優先すれば、跡塔を攻撃する蟲への対処が遅れる。

 次々と波のように、しかし、前後左右から確実に死角を突きながら、自身と跡塔に襲い掛かる蟻の魔物の群れは、殉教者達の処理能力を完全に超えていた。

《そろそろ大詰めね》

 四度目の蜂異種ビネの群れが到来し、変異する。しかし、変異したのはただの蟻異種フルミナではない、その腹部は通常の二倍程の大きさに膨れ上がっており、中には緑色の液体―超強力な酸が詰まっていた。

蟻異嚢種クロ・フルミナへの変異よし…》

蜂異種や蟻異種が機動力に劣る蟻異嚢種クロ・フルミナを守りつつ突撃し、蟻異嚢種クロ・フルミナの腹部の酸による自爆攻撃を跡塔に仕掛けるつもりだった。

 十数匹の蟻異嚢種クロ・フルミナには造血胞のから得た残りの高濃度魔力をほぼすべてつぎ込んで作ったものだ、その酸は一匹でも岩に大穴を穿つ純度を持っている。上手くすれば跡塔を破壊できるとウェルテは予想していた。

 しかし、南の跡塔を防衛に失敗した殉教者二体が、北の跡塔の防衛に加わろうとすれば計画が狂う。

《ラルマ。いるわね》

《はいよ女王様》

それを阻止するために黒豹は駆け付けていた。

《殉教者達を少しの間、絶対に北の跡塔に近づけさせないで》

《仰せのままに》

 南の跡塔は破壊した後、ラルマは南の跡塔を守ろうとしていた二体の殉教者よりも先に、北の跡塔の広場に辿り着いていた。

 そして今、その広場の周囲をぐるりと黒い影が走り抜けていく。影が通った壁や屋根、白い石畳には、黒い爪痕が刻まれていく。大した時間も掛らずに、跡塔を中心点にして黒い爪痕の破線による巨大な円が完成した。

 加勢に来た殉教者が、黒い破線の上を横切ろうとすると、その手足に爪痕が刻まれる。殉教者は後退し、今度は屋根から跳躍して、空に足跡を付けて爪痕の結界を飛び越えようとする。しかし、ちょうど爪痕の線の上に来た所で、足を踏み外し、地面に落されてしまった。

《飛び越えようなんて考えても無理だぜ、ちょっと高いくらいじゃ投影が減衰しないくらい深く彫ってある。まあ強力な反面、そう長くは持続しねーがな》


《さて、ラルマが作ってくれた時間、無駄にしちゃいけないわね》

 蟻異種フルミナ蟻異嚢種クロ・フルミナは、十数匹づつ固まり左翼、中央、右翼へと三重の横隊を作り、跡塔を囲うように進んでいく、蟻異嚢種クロ・フルミナは隊の最後列に配置されていた。それらの列を庇うように蜂異種ビネ達は舞う。

 液嚢を抱えた蟻に危険を感じたのか、それを優先して狙い矢を放つが、蟻異種フルミナ蜂異種ビネが矢を受ける盾となり、また、殉教者に取り付き動きを阻害し、蟻異嚢種クロ・フルミナを守る。

 数匹の損失は出したが残りの七匹の蟻異嚢種クロ・フルミナが跡塔に次々と取り付き、超強酸の詰まった腹部を破裂させた。跡塔は根元から煙を上げ溶け、ひび割れていく、さらに蟻異種フルミナが何匹か取り付き身体が溶けるのも構わず、酸液の掛けられた跡塔に噛み付くと、白い塔の根元は折れ横に倒れた、塔に宿っていた淡い光は消え、砂となって崩れた。

 跡塔が無くなったことによって“加護”の薄れた殉教者達は、広場から後退しようとする。

《逃がさない》

 浄化作用による力の減衰がなくなった蟲達が殉教者達に殺到する、ボロ布のようになるまでひたすらその顎と牙で噛みつき、千切る。殉教者達は抵抗を止めて、両手を組み合わせる、直後、殉教者の身体に光が収束し、北の跡塔があった広場に二つの爆光を生んだ。殺到した蟻の魔物を巻き込んで二体の殉教者は、消滅した。

《北の跡塔、破壊完了。殉教者二体は自爆…役職タイトルの通りにね》


 北の跡塔が破壊される少し前。結晶の牙は中央の跡塔の根元に深く食い込んでいた。

《いいぞ、これならあと少しで跡塔の根元を断ち割ることができる》

 しかし、結晶の戒めに絡め取られている殉教者達に異変が起きる。その身体が光に包まれ輪郭を失っていく。

《自爆攻撃か、しかしこれだけ距離があればダメージは少ないぞ》

 殉教者は光の粒子になり収束し、光と共に爆ぜる。ただの自爆ではないと悟ったのはアルクスだった。

《ネーヴェ!盾を作るんだ!》

 光の炸裂と共に飛び出した二本の光の槍が、巨狼を貫かんと猛然と迫る。巨狼は、跡塔に噛み付いてた結晶の大口を一瞬で解除し、全ての意識を、己を防御する結晶の柱を組成することに向けた。グリフォンも咄嗟に巨狼の周囲に風の壁を作る。

《損傷は中度…》

 二体の殉教者の命を賭した光の槍の投擲は、巨狼の左前足と右後ろ脚の太ももを貫いて消えた。

 殉教者の防衛の無くなった今、あと少し跡塔を断ち割る力が必要だった。

《ネーヴェ。結晶の牙は作れるか?》

《難しい。殉教者の光の槍を受けたせいで、造血胞からの魔力が全て途絶。もうさっきのようなものは作れない》

《ふむ…私に考えがある。結晶の牙を片側に一柱だけ作ることはできるか?できるだけ強靭で平な刃のようなものがいいんだが…》

《やってみる》

 結晶の爪が跡塔の根元の東側から成長し、最も深く噛み付いていた位置にまた食い込んだ。しかし、これだけでは跡塔を断ち割ることはできない。

《では、合図と共にその結晶を可能な限り一気に成長させてくれ》

 跡塔の西側へと十メートル程の距離を取るグリフォン。何をするか察した巨狼は跡塔の近く、東側で構える。

《…三、二》

 突風を纏い、西側から跡塔へ向かって飛んでいくグリフォン。

《一!》

 中央の跡塔は、西側から凝縮された風圧を叩きつけられ、東側の根元からは突き刺さっていた鋭い結晶の歯がさらに深くめり込んだ。

 跡塔は根元から断ち割れ、東向きに白い石畳の上に倒れ込んだ。



《申し訳ありませんアベラルド様。中央、北、南の三本の跡塔がみな破壊されました》

「我らの街が、このクラーザは預言通り、魔物共に破壊される運命なのか…」

《…いかがいたしましょうか》

「子供、女達からこの修道院に避難させなさい、入りきらない者達は東の祭祀さいし区へ。全ての依り代の利用を許可する」

《承知しました》

 瞑目し、一人、述懐する修道院長。

「預言の魔物など現れるはずなどないと、ただの戒めや寓話なのだと、私は心のどこかで侮っていたのだろうか…。しかし、私は預言のためだけに民に負担を強いて、信仰と奇跡の基盤を肥大化させることなどできはしない」

 いかなる状況になろうとも、アベラルドにできることは、ただ信じる事だけだった。

「主よ、クラーザの民に奇跡を与えたまえ」



 クラーザ中央、北、南の跡塔を破壊した後、魔物達は中央の広場に集まり、そこに魔脈を集め結節を作りつつ、食事をしつつ、休憩していた。

 もはや魔脈の成長を妨げるものはクラーザ東部の修道院だけとなり、魔脈を成長は著しく、一時ひとときも経たずに中央に結節を作り、更に肥大化させることができた。

 時刻は正午を過ぎた程度だが、蝕の影響なのか太陽からの光は薄い雲に遮られているかのように弱くなっている。

《ネーヴェ、足の様子はどう?》

《もう大丈夫》

 二本の足を光の槍が貫くという傷を受けたネーヴェだが、元々、肉体の修復能力は高く、周囲の魔脈が密になっていることもあり、もう傷は完治していた。

《教会側に目立った動きは無かったな》

《おそらく市民の避難や弱まった修道院の浄化結界の増強。あと多数の使者を召喚する準備にかまけて、守勢に回っているんでしょうね》

《クラーザの西半分は完全に蝕に没した。魔力の循環もかなり良くなっているはずだ。予定通り中央に二つの肥大化結節を作ることに成功した。これより、直ちにこれを造血胞へと分化。潤沢な高濃度魔力を得て、クラーザ修道院に総攻撃をかける》

 魔物達は巨大な結節の分化に取り掛かった。

 飛竜、グリフォン、巨躯の黒豹、灰色の大狼、三匹の蜂異種が巨大な結節を囲む、大海蛇は界域の中で直接、結節の“根”を囲んでいた。六種の魔物の干渉によって、中央の肥大化結節はすぐに巨大な造血胞へと姿を変えた。

 トーマは造血胞から送られてくる高濃度の魔力が全身に巡るのを感じていた。

《…内側から力が漲る、ここが光域の中心であることを忘れそうになる程に調子が良い》

《ウィクリフ、皆のちゃんと、造血胞からの魔力を受け取れている?》

《ああ、問題ない》

《そう、じゃあ、クラーザ攻略最後の砦となる修道院を攻撃する前に簡単に打つ合わせをするわ》

 魔物達が造血胞から問題なく高濃度の魔力の供給を受けることができているのを確認したウェルテは、皆の意識に向けて言葉を放つ。

《クラーザ修道院は東西に長めの大きな十字型の礼拝堂があり、その東側に宿舎、食堂、中庭等の施設から成っているわ》

《どこを攻める?》アルクスが問う。

《礼拝堂よ、間違いなく修道院長はそこにいる》

《じゃあ、みんなで礼拝堂を集中攻撃するんですね》

《そうよ。けれど、ただ漫然と攻撃するだけじゃだめ、でしょ、ウィクリフ?》

《その通りだ、特に礼拝堂の中央と東部は、中枢となる設備が存在するため、今だ強力が“加護”が掛けられている、攻めるなら南北か西からが望ましい》

《というわけで、地上のネーヴェ、ラルマ、飛行のトーマ、アルクス、特殊なティーフと私の三組みに別れ、三方から攻めてもらうわ。礼拝堂の西の入口を攻撃するのは地上組。北翼は飛行組。そして、南翼はティーフと私。いいわね?》

《はい》

《現時点で戦力的には私達のほうが優勢だけど、追いつめられる程、奇跡の力は危険性を増す。最後まで気を抜かないで》

《了解》

《では、各自移動、攻撃を開始》

 中央の広場に集結していた魔物達は各々動き始めた。

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