8-5 処罰は下された

 去来する光の使者に呼応するように、多数の蜂異種が暗い麓の木々の合間から湧き出、闇を裂いて迫る光に向かって殺到する。

 処罰者は一際高く跳躍すると、蟲の萌出する山の麓に向けて光の槍を投擲とうてきした。光の波動を纏う槍の投擲は、その軌道上にいた蟲の群れを粉々に消し飛ばした。

 その一投で全てが殲滅されたわけではなく、投擲の軌道から逃れた蟲が処罰者に迫る、が、すぐに新たな槍が処罰者の手元に現れ、殺到する蟲を薙ぎ払っていく。

 飛び散る赤黒い蟲の体液が純白のコートや白銀の槍を濡らすが、焼けた鉄に落とした水滴のように瞬時に浄化され消えていく。

 暗い森の中に降り立つ処罰者は、地面に深く槍を突き立てる。

 光の波動が広がり、付近一気の蝕を浄化する。更に波動は威力を減衰させながらも、山の麓のかなりの範囲まで広がっていった。

 そして、槍を引き抜くと山の北東に向かって、跳躍し移動する。まるで何かを見つけたかのように。

《ウィクリフの言ってた通り、なけなしの秘匿効果なんて、もうアテにならないわね》

 光の波動はほんの僅かだったが、ウェルテの拠点としている蝕の溜池まで届いていた。

《でも、これでいい》

 黒い綿の塊のような梢を跳び越えながら移動する処罰者の前方から、蟲の群れが現れ、槍の一閃で蹴散らされる。

 それを、二度、三度、繰り返した後、四度目の前方に現れた蟲を蹴散らすタイミングで、同時に後方から強化個体の蟲たちが襲い掛かった。

 反応の遅れた処罰者の首を、腕を、足を、強化された百足異種ミルパットの大顎がちり拘束し、強化された蜂異種ビネの杭のような鋭い針が、処罰者の鎧に射ち込まれていく。

 更に、振り解こうとする処罰者の胸元に大きな黒い爪痕が刻まれた。

 蟲と影の獣からの攻撃を立て続けに受けた処罰者は、暗い蝕痕の蔓延はびこる森の中へと落下した。

 しかし、暗い土の上に落ちた処罰者の身体は強烈な光に包まれていく、取り付いていた強化個体は灰になって崩れ散り、傷付いた処罰者の白銀の鎧や引きちぎられたコートは自然に修復されていく。

《強化個体とラルマの奇襲の同時攻撃は、それなりに有効、ね》

 処罰者はその光を纏ったまま、森の中を猛然と突き進む。強化個体が追いすがるが、全て触れることもできずに灰になっていく。

 そしてついに、処罰者は卵を産む巨大な女王蜂が巣としていた溜池へと辿り着き、間髪いれずに投擲の構えを取り、放つ。

《まずは、私を囮にして誘い込む》

 地を割って四つ割れの巨蚯異種ワームの大口が出現し、女王蟲をばくりと一口に飲み込むと、すぐに地中へと潜る。

 輝く槍は蝕の這う土くれを抉り、白く浄化した。

《次に、事前に刻み付けておいた爪痕》

 同時に、溜池の周囲の木々や岩に刻み付けられていた大量の爪痕が励起し、処罰者に向けて投影される。呪いの刻印を受けて処罰者の纏っていた光が消失し、動きが止まる。

《そして、仕込んでおいた蟲》

 それを見計らい、地中から現れた蟻異種フルミナ蟻異嚢種クロ・フルミナを投げつける。蟻異嚢種クロ・フルミナの炸裂によって、飛散したのは強酸ではなく、高濃度の魔力から精製した黒い体液だった。

 呪いの液体を浴びせられた処罰者は槍を支えに足を突く、そこに背後から強烈な呪い爪の斬撃が加えられる。

《止めのラルマの爪による追撃――》

 処罰者の白銀の鎧を黒い蝕痕が覆っていく。が、

『主よ、清き光を我に与えたまえ』

 再び放たれた強烈な光が、自身を覆う蝕を浄化していく。

《…なるほど、ウィクリフの読み通り、この程度じゃ挨拶にもならないわね》

 立ち上がった処罰者は梢の上に飛び出し、逃げた蟲の女王の気配を追って猛る獅子のように山を登っていく。


 処罰者が辿り着いたのは、山の中腹に空いた大きな洞穴だった。

 暗い大口に近づいた瞬間、洞穴の縁から灰色の結晶の柱が発生し、喰らいつくあぎとの如く処罰者に向かって伸びるが、それは槍の一閃で容易く薙ぎ払わられる。

 更に、突如、処罰者は手を伸ばし空を掴んだ。

 白銀のガントレットの内に黒い陽炎が揺らめき、その姿が露わになる。処罰者は、牙を剥き出してもがく影の獣の首元を掴み上げていた。

《ネーヴェ、今よ》

 影と同化するラルマすらも捉える処罰者に全く狼狽えることなくウェルテは指示を出す。まるで、最初から掴まる予定だったかのように。

 洞穴の入口に舞い散った結晶の破片が急速に成長し、処罰者の手足に絡みついていく。

 振りほどくには遅かった、右手で捕えていた影の獣がいつの間にか、腕に爪を突き立て侵蝕を行い、その動きを阻害していたせいだ。

 結晶に絡め捕られた処罰者は、大穴の底へと落ちる。 

 大穴の底に作られていた巨大な結晶の鉱床が、それを受け止め、更に分厚い結晶の壁で覆っていく。

 列柱の微かな裂け目から抜け出していた影の獣は、そのまま結晶の檻の外に張り付き、檻の内側に蝕を送り込む。

《拘束、成功》

《上出来よ。後でトーマにも、お礼言ってあげなきゃね》

 ここまで首尾よく事が運んだのは、大量の魔力を支障なく供給され、循環しているおかげでもあった。

 しかし――。

《変。抵抗がない》

《諦めた…ってわけじゃないわよね…あれ…トポールのほうの跡塔が、消滅しかかってる…?》

 遠方に見える三柱の光の跡塔のうち、南方の柱が糸のように細くなっていた。それは頭と足が縮み数メルトの光の球に変わっていく。

『主よ、強き光で我が道を照らし、穢れた闇を払いたまえ』

 洞穴内に処罰者の声が響く。トポールの上空に現れた大きな光の球は、山の中腹、囚われの処罰者のいる洞穴に向かって強烈な光の筋を放射した。

 洞穴の中を満たしていた漆黒は、眩い光で切り裂かれる。

《く、回避しなきゃ―!》

 結晶の檻を覆っていた影は、洞穴の隅の岩影に避難し、強烈な光の照射の直撃を免れた。

 檻の中から爆発的な輝きと膨張する力が働き、半透明の結晶の内部にピシリと白い亀裂が入り始める。

《やってくれるじゃない…ただえさえ消耗している跡塔を、自ら犠牲にするなんてね…ネーヴェ、どうにか抑え込めない?》

《無理…》

 まるで軽木を砕くように結晶の檻は内側から破壊され、処罰者は解放された。

 その衝撃で影の獣は洞穴の壁面に叩き付けられたが、すぐに影と同化して姿を隠した。

 黒い傷痕のついた処罰者の白銀のバイザーヘルムやグリーブ、ガントレットが光と共に修復されていく。

 光輝く歩兵長槍パイクの柄からは洞穴の入口に向かって白い鎖が伸びており、岩陰に退避していた影の獣の首に巻き付いていた。

《いつのまに…だめ、抜けられない!》

 処罰者が槍を振るうと、影の獣の身体が洞穴の中の輝きの源に向かって勢いよく牽引される。

 対応する隙も与えず、処罰者の右手が獣の胸を貫いていた。

 ラルマは、黒ずんだ灰になって白く照らされる土の上に崩れ落ちた。

                     …どくん

《ラルマ…ごめんなさい。……ティーフ、ネーヴェ、手筈通り、次のプランに移行するわよ》

《うん…いくよ》

 洞穴の奥底にいた巨狼は、処罰者に追いつめられた形となっていた、が、逃げる素振りを見せないどころか、自ら洞穴の入口を結晶で封鎖していた。

 処罰者が白銀の槍を構える、と同時に、急激に洞穴の楕円の空間を水のような質感が満たしていく。

 閉鎖された空間であるのにも関わらず、満たされた水は流動しており、激しい流れが魔物と使者を襲った。そして、結晶で大地に張り付く巨狼を置いて、処罰者だけが界域の中へ押し流されていった。

 その激流は、薄赤い液体で満たされた広い空間でぴたりと止む。

《もう、許さないからね…!》

 ここは、ティーフの領域としている湖の中だった。

 湖底には水竜でも一抱えできるような巨大さの一つの水胞、とそれを取り巻く多数の水胞が張り付いていた。ちょうど、産み付けられた魚類の卵に似ているが、水胞の中に秘められているのは生命ではなく、圧縮された力の塊だった。

 小さな水胞の群れが端から破裂していく。

 中から凝縮された界水の弾頭が現れ、処罰者に目掛けて推進する。

 身体を丸めて光の壁を張り、防御するが、多数の弾頭は光の壁を貫きボコン、ボコンとくぐもった音を立てて、処罰者の手前で炸裂する。

 衝撃は湖全体を震動させる強烈な雷撃トルピードの嵐を、四方から喰らい錐揉み状態となる処罰者は、しかし湖上に吹き飛ばされる事は無い。

 湖面は分厚い結晶で覆われ、さらに裏面からは鋭い氷柱が湖中へと垂れ下がっていたからだ。それは湖の縁に駆け付けた巨狼が、自らの心血と連動した結晶をもって作り上げた強固な結晶の蓋であった。

 一際大きな雷撃を受けた処罰者は、鋭い結晶のつららの狭間に挟まった。が、その歪に捩れた体勢で、右手の人差し指を固定の水竜に向ける。強い光の筋が、その人差し指の先から伸び、水竜の額の中心に小さな光の点を作っていた。

《なんだろう、これ…特に違和感はないけど、避けた方がいい?》

《雷撃の射出は中止、光の線から逃れて》

《わか――》

『主よ、淀み穢れた闇を白日の下に晒したまえ』

 固定の巨大な水胞に巻き付いていた水竜は、それを解き、湖底を回遊しようとした、ところで、その身体が光に包まれる。

《あ――逃げられな――》

 ハンドミルの村から伸びる光の柱が消える。同時に、収穫の終えた後の麦畑の上に広大な畑全体を囲える程の大きな光輪ができていた。

 その光輪の下、収穫を終え更地になった広い麦畑の上に巨大な水竜と歪に身体の捩れた処罰者が、光の粉を散らして現れた。

《転移させられた!?ティーフ!すぐに逃げて!》

 捩れた身体を、人形の関節を無理矢理曲げ伸ばすようにして直した処罰者は、立ち上がり、光の槍を土の上に突き立てた。

《う、だめ、光のせいで界水を呼び込めないよ…!界水がないと、僕、何も…!》

 地面から多数の光の槍が突出し、水竜の顔を、胴を、ヒレを貫き、大地に縫い止めていく。

《みんな…ごめん、ね》

 ティーフは、自らの体液で作った血の水弾を口腔から撃ち放ったが、処罰者は白銀の槍の一閃で血の水弾を切り裂く。ティーフの最後の攻撃は、処罰者の後方に二つの抉れた穴を作るだけだった。

 ティーフは、広い畑の上で、黒ずんだ灰になって崩れ落ち、S時の跡を残して死滅した。

                 …どくん

 薄赤い湖を覆っていた分厚い結晶が砕け、散り散りになって消える。

 湖畔にいた巨狼はばたりと倒れ伏した。

《少し…休憩》

 立て続けに大量の魔力を消費した反動だった。単なる疲労であり、また周囲に満ちた魔力のおかげで十分再起は可能だが、それには少しの時間を必要とした。

《いいわ、ネーヴェ…後は、私が何とかするから》

 処罰者は再び、山頂へ向けて空を蹴り、跳躍する。


 対峙している脅威の分析。

 来るであろう脅威の予測と察知。

 より効果的な手段の模索。

 より正確な進退の判断。

 それら“戦略の基盤”を成すものは、すべてウィクリフの啓発者があればこそ可能なことだった。

 それが失われた今、摂理の枠を跳び越える奇跡の力を前にして、先回りした最善の手など打ちようがなかった。

《…ほんと、何が「この作戦は、お前達の全員の生存ではなく、あくまでトーマの生存を最優先としている」よ…。どうせ、最初から私たちが犠牲になることが織り込み済みだったくせに…》

 森の中、締結器から結節に垂れ下がる一本の鎖を蟻異種フルミナの牙が断ち切る。ウェルテの人間の肉体は完全に界域の中に飲み込まれ、その魂は魔物と融合を果たした。

《やっぱり、人一倍警戒心の強いラルマならなんとなく気付くわよね…この作戦だけは、捨石として扱われる事が前提だって…》

 更に、暗い土の中で巨蚯異種ワームの体内に潜り込んでいたウェルテは、その巨大な管蟲の魔物の心臓部に取り付き、溶け込んでいく。

 筋肉質の表皮を堅く厚い甲殻が覆っていき、巨大な四つ割れの口に生える牙が大きく鋭いものに生え変わる、その顔からは、長い鎌の刃のような牙がついた触腕が四本発生する。

 また、全体の筋組織が増量し、体内に存在していた多くの通路孔が塞がれる。もうこの巨蚯異種ワームに以前のような大量の蟲を抱え一度に輸送する能力は無い、そして巨蚯異種ワームに完全に融合し、器官の一部となった女王蟲ブルードクイーンは、新たな蟲を生みだす産卵能力を失った。分身体の用意は無い。産むには個体の年齢が若すぎたためだ。

《今なら分るわ…。私たちは人間じゃない、魔物なんだってことが…》

 使者に匹敵し得る戦闘能力を有したこの巨蚯異種ワームが、蟲の群れの唯一無二の統率者となった。

《究極の魔物でも何でもいい…大浄化を止めて、生き延びないといけないのよ、私は。絶対に…お兄ちゃんに会うまでは》

 蟲の群れが迎撃に来ることも、影の獣に奇襲されることもなく、処罰者は悠々と山頂へ迫る。

 頂きに近い絶壁の岩肌を跳び越えようとした時、その岩肌に空いた大きな裂け目から牙の生えた大口が飛び出し、処罰者をがちりと捉えた。

《これ以上は進ませないわよ、この化け物…!》

 大口はすぐさま処罰者を岩肌に叩き付ける。

 当然、ただ岩肌に叩き付けただけではない。そこは、蝕痕が集中する大型の結節であった。その周囲には多数の蜂異種ビネの強化個体が放射状に等間隔に張り付いており、周辺の魔力を活性化させ、処罰者が背にしている大型の結節に、大量の魔力を収斂させていた。結節を中心にして等間隔の放射状に網目のように広がる蝕痕は、まるで黒い巨大な蜘蛛の巣のようだった。

 刃のような四本の牙に両腕と胸部、腹部を抑えつけられ、背後から侵蝕を受ける処罰者は、しかしまだ巨蚯異種ワームを上回る膂力りょりょくを見せ、岩肌に亀裂を作り、牙を押しのけようとする。

 が、その抵抗を甲殻の隙間から続々と現れた蟻異種フルミナの強化個体が、巨蚯異種ワームの身体や牙を伝って処罰者に取り付き、その白銀の鎧に覆われた手足に喰らい付いて阻止する。

巨蚯異種ワーム蟻異種フルミナによる、魔力の集約点での拘束と侵蝕…、これでトーマが目覚めるまで、後少し持たせればよし。そうでなくとも――》

『主よ、悪しき異形に制裁の矢を降らせたまえ』

 突如、天から現れた無数の矢が巨蚯異種ワームの、甲殻を断ち割り、体内に突き刺さる。

《これくらい、再生すれば――!》

 一瞬後、巨蚯異種ワームの身体が体内が膨れ上がり、強い光と共に爆ぜていく。肉体組織も魔脈もボロ布のように引き裂かれ、岩壁に大量の赤い体液を撒き散らす。

(―万が一の奇跡に賭けてみたけど…駄目だったわね…)

 処罰者を抑え込んでいた四枚の巨蚯異種ワームの長大な牙が揺らぎ、獲物を解放する。岩肌を覆っていた蝕痕の網目は薄れ、細まり、縮れていく。

(でも、やれるだけのことはやった。三本目の跡塔だって…使わせてやったんだから…。十分よ…これで…跡塔は全て消えた…こっちにはまだ、ネーヴェが残ってる…)

 ウェルテの巨体は灰になりながら岩肌の下へと崩れ散っていった。

             …どくん

(―そろそろ起きなさいよ…トーマ)


 大気に満ちる魔力を多分に含んだ重い空気が白い輝きで切り裂かれる。水滴を焼くような細い悲鳴が、周囲に満ちる湿った空気を震えさせる。

 赤黒い闇夜に落ちる彗星の如く、光輝く処罰者が血潮の山の頂へと降り立った。

 黒い膜に覆われた火口の表面には、中心に向かって血管の網目のような赤い蝕痕が張り巡らされている。それは臓腑のようにうねり脈動し、活発に魔力を循環させていたが、活動の害となる闖入者の出現を感じ取って、驚くように微かに脈動が乱れる。

 火口に進もうと一歩踏み出した処罰者の足元は、発生した結晶に絡め捕られた。

 背後を振り向く処罰者を、手足に結晶を纏った灰色の巨狼の鋭い双眸が睨んでいた。

《いかせない》

 上空へ白銀の槍が投擲される。数十メルトも上がった辺りで反転した槍は、投擲された時よりも速度を乗せて落下し、巨狼の背の中心を貫いた。

 巨狼の赤い血が足元の鉱床に滴り落ちる。

 処罰者を絡め捕っていた灰色の結晶が更に厚く大きく成長して、その拘束を強める。

 巨狼は背から胸元までを貫かれているというのに、力強く踏みとどまり、牙を剥き出し、目の前の使者を睨み続けている。

『信心深き者達よ、その清き魂を我が手に預けよ』



 首都地下居住空間の中心で槍に貫かれ白化したダニロの骸が輝きを帯びていく。

 巨大な円形の細い通路にずらりと並び、祈る信徒たちの中から、突然倒れる者が現れる。倒れた者は光の粒になって消えていく。

 その様はちょうど、白い櫛の短い歯が欠けていくようだった。

「なかなか、無茶をしているねえ」

 白化したダニロの傍らに立つ、教皇は相変わらずの調子で信徒たちが欠けていく様子を見守っていた。



 新たに白銀の槍を手に召喚した処罰者は、それを勢いよく赤黒い山肌に突き立てる。

 巨狼の腹部を、両前足を、両後ろ足を、首を、頭部を、地から生えた光の槍が貫いていく。光の槍を受ける度に血が吹き出し、足元の鉱床を赤く染める、鉱床が赤く染まる程に、処罰者を覆う結晶がより厚く大きく成長していく。

 計八本の光の槍で身体中を貫かれた巨狼は、ようやく絶命し。灰になって山肌に崩れ落ちていった。

 処罰者を飲み込んでいた分厚い結晶の塊は、粉々に砕け散り、霧散した。

         …どくん



(―みんな…本当にごめん…こんなことしかできなくて)

 造られし魔物たちの魂だけは、無事に魔脈の中に取り込むことができた。

 曖昧な意識の中でそれだけは確かな感触を伴っていた。

 そして、不定形だった身体は今、明確な形を得ている実感があった。

 しかし、身体は動こうとしない。

 部品はすべて揃い、組み上がっているのに、心臓部となる歯車が一つ、噛み合わずに詰まっているような感覚だった。

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