8-4 白銀の槍、赤黒い魔力

 どくん…


 暗い空間に鼓動が反響する。

「審問でウィクリフに付いて行ってから、こんな気持ちになるのは、多分、二回目だ…」

 魔物として目覚めてからの僕は、決して後悔するような事なんてなかったように思う。たとえ人を殺し、食らうような事をしても、それでも、蝕人と呼ばれ、虐げられている人達を救うという目的の為に、皆と共に戦ってきた今までの日々は、充実したものだった。

 しかし、自分がしたこと、いや、させられたことについて、“どうしてこんな事に”、“あまりにも強引すぎるじゃないか…”、“もし過去に戻ってやり直せるなら…”と、そう考える事を止めることができなかった。そう考えていれば、何もかもが静止して、何も決断しなくても許されるような気がした。

 そんな暗い悔恨の思考は、不思議なほどに意識の波の中では軽く薄れ、払いのけられ、今、自分が直面している状況へ自然と焦点はあわせられていく。

(―あの時、ウィクリフの唱えた言葉、確か…僕に“勇気の光”を与える…って。それのせいなのかな…)

 そして、身体の感覚は曖昧でどこかへ浮遊しているのに、魔力の循環する感覚だけは、どこまでも明瞭で、信じられないほどに微細になっていた。

 広がる魔脈への感覚は、ベリダの南、トポールの村の近くに集約されている莫大な奇跡に対して、自分とアルクスを欠いた状態で戦うのはあまりにも危険だと、告げていた。

(―みんな…そうだ、みんな戦おうとしてる…)

 自分も戦いに加わらなければと心は逸るが、しかし、自分の身体は動かせない状態にある。

(―なら…せめて、この魔力を…)

 四つの大きな鼓動が作り出す魔力の循環が、より効率的になるように、魔脈に命令を下す。



《ねえ、ウェルテ、これってトーマの影響なのかな。すごい量と濃度の魔力が、血潮の山を中心に流動してる。火口の中心にある心臓が、一回り大きくなったような…》

 薄赤い湖の中を満たす界水はいつになく激しくうねり流動していた。深みに見える巨大な赤い輝きは、はっきりとわかる程に収縮と膨張を繰り返している。

 水竜は、その湖底に口腔から大きな水泡を吐き出して、植え付けていた。

《ええ、気を抜くと飲み込まれそうな程ね》

《でも、なんだろう…悲しんでる、いや、嬉しいのかな。トーマの感情が強く混じってる》

《そうね、トーマには悪いけど…喜ぶべき事よ、究極の魔物とやらが規格外の力を持ち得る存在だということが、よく分かるわ》

 暗い森の中で、巨躯の黒豹の胸部や頸部に、女王蟲が取り付いた繁殖胞から伸びる管が繋がっていた。

《ネーヴェ、ティーフは指定の位置で待機。ウェルテはベリダ属下の各村へ蟲を遣れ。村人たちが何らかの奇跡の干渉を受けた》

《もう向かわせたわ》

 血潮の山の麓より飛び立った八匹ほどの蜻異種リベレは、それぞれ、東部、南部、西部へと向かう。

《ところで、本当にこんなところで破格の力を持つ使者を召喚することなんてできるの?仮にも蝕の中心点の麓なのよ。周辺にあるのは、小さい村をギリギリ守れる寂れた跡塔と、ベリダの大聖堂にあるまがい物の聖体くらいなのに》

《可能だという公算があるからこそ、リソースを集約させているのだろう、決して警戒を怠るな》

 トポール、アンヴィル、ハンドミルの各村で突如、強い光が爆ぜる、それぞれの村に向かっている蜻異種リベレは、警戒し、動きを停止する。

 そして、数秒後、各村にある跡塔の位置から、光の柱が天に向かって伸び始めたのだった。蜻異種は光の柱の下へ急行する。

 そこにある跡塔は白い強烈な輝きを纏い、光の筋を天に向けて伸ばしていた。

 よく観察すると、輝く跡塔の表面の石材が薄くパラパラと剥落し、光の粒になっている。

《これ、どういうこと?ウィクリフ》

《強い加護と浄化の奇跡が付与されている。しかし、無理に過剰な奇跡を受け入れたため急速に摩耗している、一日も経れば完全に消滅するだろう。言いかえるなら…奴等は“残りの魔物を殲滅するのに一日もあれば十分”と考えているということだ》

《あたしたち、舐められてる》

 ネーヴェはぼそりと不満げな声を上げる。巨狼は暗い洞穴の中で、魔力の循環に感覚を馴染ませていた。

《消耗を早めたりできないの?》

 ウェルテは偵察に出していた蜻異種リベレを攻撃能力を持つ蟻異種フルミナに変異させようと、跡塔から影になる岩や木の後ろに退避させるが、ウィクリフはそれを制止する。

《必要ない。その跡塔に掛けられた加護も浄化も常軌を逸している、下手に干渉しても魔力リソースを浪費するだけだ。それより…侵入者が来た。分かってるな、俺の鼓動が変化したら――》

《分かってる。寄生異種パラシタの定着もそろそろ終わるわ…》



 少し前。紅色の飛竜が火口に飲み込まれた頃。

 馬車からりた白い高位の法衣を纏った青年は、審問の院の正面へとゆっくりと歩む。

 しかし、閉ざされた正面の大扉の前に構える衛兵によって、行く手を阻まれていた。

「只今ウィクリフ様は大事な執務の作業中です。いかなる用にも応じることはできず、いかなる者も取り次ぐな、とのことです」

「それは困ったな。この国の趨勢を決める事よりも優先しなければならない業務があるなら、是非、手伝いたいのだけれどね」

 青年は微かに輝きを宿した眼で、衛兵の眼を見つめる。

「どうか、日を改めくだささいい。い…え……ただ、いま、ま院長を…お呼び…いたしまままし――」

 衛兵は、白目を剥いて崩れ倒れた。

「ふむ、強力な啓発エンライトだ、私の解呪ディスペルに拒絶反応を見せるなんてね。やはり、“啓発者”の仕業以外には考えられないな」

 青年が束ねた細い指を扉にかざすと、内側から打ち付けられている板や釘が緩み外れた。

「しかし、啓発者の顕現を成した者は、多くの民衆を取り込んで声高な批判や演説をするものだとばかり思っていたけれど」

 青年は独りでに開いていく扉から薄暗い礼拝堂の中へと進んでいく。

「まさか魔物を使って教会の破壊を遂行するとは、ちょっと想像が付かなかったよ。正直、侮っていた」

 礼拝堂内の北側は机や椅子が乱雑に積み上げられていた。

 青年は、たいして意に介さず古びた家具の山に近づき、空を軽く手で払う、すると行く手をはばむ机や椅子は霧のように揺らぎ白い粒子となって散り消える。

「この下だね、魔物たちの巣穴は」

 暗い大穴の縁に、金糸の装飾が施された白い靴のつま先が乗せられる。


 右手の掌に突き立てた刺突短剣スティレットは、左手に空いた傷痕からの血で、その柄まで赤く染まっていた。

 ハイブの中を這い巡っていた蝕痕はほとんど浄化され、白く清浄な空気と光に満たされていた。

 ウィクリフの立つ低い台の周辺の床には、頁が散乱していた。それらの散乱した頁は、互いに光の線で結び合い、陣を形成して、ウィクリフに浄化の光が及ばないように結界を形成するためのものだ。

「――その時は、何としても…」

 額に汗を浮かべ、刺突短剣スティレットを引き抜いたウィクリフは、ハイブの入口を睨み付ける。

「教皇を仕留めろ…」

 そこには白い法衣姿の一人の青年がいた。細く白い両手の中指には黄金に輝く指環を嵌めている。首からは日輪の首飾りを下げている。三つの金の環形の装飾を身に着けることが許されているのは教皇ただ一人だけだった。

「ジョン・ウィクリフ、“教会に忠実な、善き審問の院の院長”、“魔物を扇動して教国を破壊せんとする最悪の異端者”。本当の君は、一体どちらなのかな?」

「…どちらも俺にも偽りなどない。事実から都合のよい面を切り取り、縫い合わせて、墨を入れるのは、貴様の仕事だ」

 ウィクリフの挑発に、教皇はふと微笑む。

「では、そこまでだよ非道の限りを尽くす異端者。幼気いたいけな少年少女を魔物に変え、人を喰らわせ、教会の破壊を扇動するなど、全くもって救いようのない人の道にもとる行いだ」

「人々の心を支配し、この国を意のままにする貴様に言える台詞ではない」

「そうだね。まあ結局、君達は効率良く侵攻しすぎたのさ。もっと準備して、より多くの手駒となる魔物を揃えるべきだった。そこで数に任せた攻撃、蹂躙を一貫していれば、我々が魔物に人の意図が介在しているということに気づく前に、あるいは、首都まで攻略できたかもしれない」

「教会がそれだけの規模の造反活動を見過ごすはずはあるまい」

「その通り、つまる所これが君達の限界だったというわけだ。さて、君の施策の数々は、このベリダを住み良い街にしてくれた。よって、もし今すぐに君が扇動している子らに呼びかけ、彼らに人の道に戻るよう説得するなら君の破門は解除し、聖域に還ることを赦そう」

 中空に光の粒が結集し伝令者を形作り、ウィクリフに向かってふわりと飛んでいく。

「断る」

 ウィクリフは血の滴る左手で啓発者の頁を一枚抜き取り、伝令者に向けて放る、血糊の付いた白い頁から溢れた文字は伝令者を捕縛すると、頁の中へと封印した。

「そうかい…残念だよ」

 教皇は、胸元から取り出した細い金の杭を、すっと床に落とす。キィンと静かな金属音が響き、金の杭白い床に触れて垂直に立つ。同時に、杭の立つ点から波紋が広がり、その波紋は、ウィクリフの構築した床に散る頁の結界を、粉々に破壊していく。そして、教皇は短い言葉を唱えた。

『主よ、我々の願いと行いが光の下にあるならば、我々にあなたのその死も厭わぬ信仰を授けたまえ』

 ウィクリフの背後に現れた殉教者の白い手袋に包まれた両手が、筋張った首と右手を掴み、無理矢理、教皇の方へ向き直らせる。

「たとえ、悪逆の異端者に煽動された子供らを正しい道に戻すためとはいえ、人の心を支配し、意のままに操るというのは気持ちの良いことではないからね」

 ウィクリフに近づく教皇は、その憔悴した顔に掌を翳そうとする。

 より先に言葉を唱えたのはウィクリフだった。

『主よ、闇の中に迷える子に啓発の光を与えたまえ』

 机の上で開かれた啓発者が粉々に破れ散り、溢れた文字が、鎖のように連なり、教皇と殉教者に絡みついていく。文字は、次々と破損し、破壊されていくが。その物量で一時的に教皇の動きを束縛していた。

「ここがお前の墓場だ、ゲオルギウス」

 左手で右手に突き刺さった刺突短剣を素早く抜き取り、自分の胸に突き刺す。

 膝を突き倒れ伏したウィクリフの骸は瞬く間に蝕痕に覆われる。黒い人型は失って床に同化し、白一面の床の中心に黒い蝕痕の溜まり場を作った。

「蝕痕の塊…?なるほど」

 次の瞬間、文字に覆われて立ち尽くしていた殉教者の背に三本の黒く深い爪痕が刻まれる。そして、頭上に冠していた光輪と、身体に纏っていた輝きを失い、黒ずんだ土になってその場に崩れ落ちた。

「これは、参ったな――」

《消えなさい》

 文字の鎖を振り払った教皇の首、両腕、腰、両足が鋭利な刃の旋風に巻き込まれたかのようにしてバラバラに切り刻まれる。漂白された床に、生々しい音を立てて血に染まる白い法衣と桃色の肉片が撒き散らされる。

 しかし、その肉片と血は光の粒になって霧散し、人の形を作る。

《想像はしてたけど…まさかね…》

「魔物を呼び込むための基点を作って逝くとは、恐れ入ったよ」

 光が収束すると、時間を巻き戻したかのような無傷の教皇がそこに立っていた。

「よく解ったよ、君たちに和解の意志が無いこと――」

 再び話始めようとした教皇の肩は平になり、首を失った身体が、ばたりと床に倒れる。

 が、すぐにまた起き上がる。先ほどと変わらぬ柔和そうな顔を胴の上に乗せて、まるで足をひっかけて転んでしまったかのように。

「やれやれ、これが名だたる聖職者たちの命を刈り取った爪か。さすがの私でも、ひとたまりも無いね。ちょっとした跡塔に匹敵する程度の加護プロテクションは、張っているつもりなんだけど」

 天井に張り付いた黒い影は、蠢動を止めて、様子を見守る。

 コホンと一つ咳払いし、造り物のような整った顔でにこやかにほほ笑むと教皇は言う。

「君たちの目的は、私を殺すことだろう。けれど、それはご覧の通りそれは不可能だ。でもまあ、安心してほしい、どちらにせよ君たちの苦しみはそう長くは続かな――」

 教皇の台詞は胸部に×時の深い溝が刻まれた事で遮られ、大量の血を吐いて倒れた、が、すぐに起き上がると、

「全く、理解し合えないというのは、本当に、悲しいことだね…」

 浄化されたハイブにその言葉を残して、光の粒となり消失した。

 どくん、と大きく脈動したウィクリフの心臓は、ついに周囲の白い光に包まれて浄化されていく。


《取り逃がした…。まあ…いいわ、一泡吹かせてやれたのなら、それで…》

 漂白された地下空間の隅に潜んでいた影は、天井にある大きなひび割れに吸い込まれていった。

 短くない時を共にした指導者を失ったというのに、怒りも、悲しみ、不安も不思議な程に湧いてこない。ウィクリフの残した啓発者の刻印が、その感情を抑止しているのは明白だった。

 むしろ、こんな所までよく手を回しているなと感心した。



 ベリダ南方の丘の上。

 夜闇の中で、簡素な白い衣服を纏った多数の信徒が、十重二十重の円陣を作っている。その中心に立つ代行者の隣に、光の粒子が集積し教皇を形作った。

「ふう、参ったよ」

「どうされました?」

 と、主の言葉に答える代行者の声は一段高い、明らかに少女の声に変わっていた。

「うん、“啓発者”から予想外の抵抗を受けてしまってね、少し無茶をした。首都ヴェルナに戻って乱れた配列アレイを組み直さなきゃいけない、だから、魔物達の殲滅は任せたよ」

「お任せ下さい、全ての魔物は預言の通り光の鑓にて屠られ、大浄化は一つの瑕疵もなく進行することを、お約束致します」

「頼もしいね」

 教皇は光の粒子になって、丘の上から消える。

 代行者の小さな両手の手のひらの上には、銀の輪を胸元に提げた一体の伝令者が乗っていた。


 地下居住区、最下層の祭壇の前にいる痩せこけた隻眼の司教は、唱えた。

『主よ、我々の願いと行いが光の下にあるならば、我々にあなたの裁定のやりを授けたまえ』

 ダニロの胸元に光が集中し、くうより現れた白銀の槍が、その心臓を貫いた。

 床に縫いとめられたダニロの骸は、だらりと両手を地に垂らし、見開いた右目は薄白い天井を見上げる。血が流れ出ることはなく、代わりに、その骸は石膏のように白くなっていった。

 祭壇の上に浮かんでいた光輪を冠する卵は消失した。

 入れ替わりに教皇が白化したダニロの隣に現れる。そっと手を翳すと、骸は槍に貫かれたまま、床からすっと浮き上がり、見開かれた右目と口は閉じられ、足を揃えて、両手を腹部の上に組み合わせた状態でまた床に降ろされた。

「ありがとう、素晴らしい純度の“怒り”と“憎しみ”だったよ。処罰者の召喚にはどうしても必要なものだったからね、しかし、同時に持続も伝播もしてはならない感情だ」

 石膏のようなダニロの身体はその端から少しずつ崩れ、磨滅していた。

「だから、ここで自壊する依り代となってもらうよ」

 教皇は、薄軽い広大な空間を周囲を見渡す。通路の縁に並び祈る信徒たちの中には、ちらほらと倒れ、気を失っている者がいた。

「…ふむ、さすがに処罰者のために用意した信徒たちにも疲労が目立っているね、早めに終わらせてほしいな」


 ベリダ南方の丘の上では、伝令者の胸元にある銀の輪は飴細工のように引き伸ばされ広がり、二体の使者を囲っていた。銀の輪の中にいる二体の使者は、光の粒になり大きな白い球形へと姿を変える。

《黙って見てるわけないでしょう》

 次の瞬間、その白い球体に三爪の黒い爪痕が縦に刻まれる。間を置かず右斜め、左斜め、横、更に縦と深く大きな爪痕は増えていく。

 が、それらの黒い爪痕は、球体の膨張に合わせて、薄れていく。

《堅い…!?》

 小部屋一つ分程度にまで膨張した球体に亀裂が入り、そこから強烈な光が溢れだす。黒い影は、矢のように丘の上から逃げていった。

 白い球体は夜を昼に変えるような強烈な光を放って破裂する、その光の中から現れたのは三メルトを越える、光輪を冠した巨大な人型の使者だった。

 女性的な細身で緩急のある白銀のメイル、腰回りから伸びる金糸の刺繍が施された白のコートと、細身ながらガントレットの肘部やグリーブのかかとには、純白の羽飾りが付けられている。頭部と顔の上半を覆うバイザー型のヘルムは猛禽のくちばしを思わせる形をしており、後頭部からは長い金糸の髪が背に垂らされていた。総じて動きやすそうな軽め装甲で、肘や太ももやふくらはぎのパーツには、鉤爪のような突起の意匠が施されており、ガントレットの指先も鋭い尖った造形をしていた。

 右腕と肩で支え持つ白銀の歩兵長槍パイクは、九メルトを優に超える。

 災厄の魔物を誅する処罰者エンフォーサーは、その役目に反した優美さと、その役目通りの鋭さを備えた姿をしていた。

 白銀の歩兵長槍パイクの矛先が光の弧を描きながら水平に構え直される。

『いかなる懺悔も、告解もれることは無い。我は、人を喰らい、人の棲家を破壊する魔物どもに処罰を下す』

 ベリダに威厳のある女性の声が響き渡った。



 蝕痕の這う木々に囲まれた薄赤い溜池の周囲には大量の蟲が等間隔にびっしりと整列していた。

 その池の中から、気泡が浮き上がるようにして一抱えもある大きな透明の卵が水面に浮かび上がる、その内部には、蜂異種ビネ蟻異種フルミナ百足異種ミルパットなどの戦闘用の蟲の姿が見えた。

 その体躯は通常のものより二回りほど大きく、特にその牙や翅はより鋭さを増していた。

《強化個体の用意は完了…にしても、顕現したあの使者は…正直、嫌になるくらいの強さね》

 本能が叫んでいる。「逃げろ、相手にするな」と。刺すような浄化の光の波濤で魔力の循環が凍えそうになる。多数の下等な魔物たちは、山の北側へ逃げていくせいで、森はざわめき、揺れていた。

《目標の名前タイトル処罰者エンフォーサー。ウィクリフ曰く…“受動的な活動を主とする教会の中で、唯一、能動的な活動を得意とする存在”らしいわ。私たちがすべきことは、トーマが“究極の魔物”として覚醒するまで、あいつを拘束すること。準備はいいわね?》

《いつでも》

《うん、大丈夫だよ…もう、誰も失いたくないから…》

 ネーヴェは淡々とした、ティーフは弱気な返答を返す。

《わざわざ魔力の中心地に出向いてくれるんだから。あんな奴、存分に返り討ちにしてやりましょ》

 ウェルテもまた、らしくない強がりを言ってしまう程度には緊張しているのだということを自覚していた。

 池の中の巨大な卵は次々と割れ、強化個体が飛び立っていく、決められた数と種類の蟲が、それにしたがって追従していった。


 輝く槍を構えた清凛な使者は、輝く足跡を空に付けながら、山なりの大きな跳躍で、軽やかにベリダの街並みを跳び越え、赤黒い魔力が集積する血潮の山へ迫る。

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