6-3 再構築

《あの円形の村、ですね》

 開けた平野を進む魔物達。前方には低い石垣に囲まれた小さな村が見えた。白い石壁の小さな家が建ち並んでいる。更に遠方には、教国と隣国グイナゼルを別つ長い山脈の尾根が見える。

《何らかの防備があるはずだ、警戒を怠るな》

 村の中央の広場には、街灯のようなものが建てられていた。白く細長い支柱は、周囲の家屋から突出しており、その頂点には、輝く◇型の光晶プリズムが置かれていた。そのプリズムから溢れる白い光の筋は、村全体に注がれている。

《いかにも…という感じだな。もちろんただの照明というわけではないだろう》

《跡塔…っぽくは無いですね》

 魔物達は村を遠巻きに眺めるようにして一時、停止する。ラルマは己の姿を影に同化させているため、地上、及び空中に見えるのは、巨狼、グリフォン、飛竜、そして、それらの周囲を取り巻く何匹かの蟻異種フルミナ蜂異種ビネ蜻異種リベレだけだ。

《すこし待て…》ウィクリフは啓発者で、あの街灯の正体を読み取り始める。

 プリズムから放たれる光を直視すると、ピリピリとした痛みが眼球に伝わる。美しいと思う反面、明確な敵であると否が応でも感じさせた。

《“構築者”の一種だな、魔物の血、即ち魔力を感知すると強烈な浄化の光を周囲に放射する仕掛けのようだ》

《じゃあ、遠くからブレスで攻撃すれば…》

《駄目だ。あれはただの置物ではない。外部からの攻撃を認識する能力を有しており、攻撃に反応して、その敵意の元へと一点に集約された光を照射する機能も持っている。守勢に構える奇跡の力の強さは説明する必要はないだろう》

《ネーヴェの盾で防御しつつ、トーマに攻撃させるとかはどう?》

《恐らく照射の経路を変化させる機構も備えているはずだ、安全を考慮するならトーマの巨体を完全に結晶の中に埋め込むくらいする必要がある。無論、こんな所で、トーマ、ネーヴェにそんな無駄な負荷を掛けたくはない》

 トーマは、巨大な結晶の中に顔以外を閉じ込められる自分の姿を想像して、小さく抗議の声を上げようかと思ったが、その必要なかったらしい。

《また、俺の出番にでもなりそうだな》

 ぼやくラルマ。しかし―

《いや、今回ばかりは、流石のお前でも火中に飛び込むだけだ。如何に上手く近づく事ができても、核である結晶体に触れる前に確実に浄化の光に撃ち抜かれるだろう》

《そいつは一安心だ》

 一匹の蜂異種ビネが、村へと近づく、地面スレスレを飛び、石垣や家屋によってプリズムからは死角になるような経路で村の中に入ろうとする。

 蜂異種が《ビネ》が石垣に隣接した瞬間、プリズムから細い一筋の光が天上に向かって放たれる、と同時に、“街灯型の構築者”の直上数十メルトの位置に小さな光輪が現れる、放たれた光の筋はその光輪で地に向かって鋭角に反射され、石垣の陰に隠れていた蜂異種ビネの頭部を正確に貫いた。蜂異種ビネは光の粒と化して消えていった。

《…遠くからでもだめ。近づく事もできない。囮を使って力を無闇に消費させる事もできそうにない。残るは…ティーフ、あまりりきまなくていいわよ、村の中にまで被害は出してほしくないから》

《りょうかい。界域の中から撃って、後はその場から“潮”を引けばいいんだよね?》答えるにティーフに。

《そうよ》ウェルテは短く肯定する。

 界域の中の水竜の喉元が膨れ上がっていた。大口を開くと中から、圧縮された水弾が界域表層に向かって放たれる。

 村の東の外れの草地が陽炎のように歪み、一瞬後にその地点から、ティーフの水雷撃弾トルピードが飛び出し、“街灯型の構築者”のプリズムへと迫る。

 同時に、“街灯型の構築者”のプリズムから左右と天上に向かって三筋の細い光が放たれる。光の筋はそれぞれ数メルト進んだ辺りで現れた光輪によって反射され、水雷撃弾トルピードが飛び出して来た地点を強烈に焼く。界域の中に微かに明かりが射すが、ただ、それだけだった。

 数瞬後、光を放っていたプリズムは水の炸裂と共に粉々に砕け散った。それを支えていた白い細長い支柱は砂となって崩れ流れていった。

《やっぱり、界域の中には届かないんだね》

《しかし、一歩間違えば浸徹される恐れがある。もし、それを許せば文字通り臓腑を相手に差し出すようなものだ、あまりその表層を前線に出すような手段は取りたくはない》

《ともあれ…ようやく、これで村に結節を作れるわね》

《まずは飯だ。肉を喰わなきゃ力はでねえ、そうだよな、ネーヴェ》

 姿を現した黒豹の眼は金色に輝く。

《うん》

 空腹を紛らわすように喉を鳴らしていた巨狼は、白い強靭な前足が容易く石壁を突き破り、村の中へと侵入した。

 村人の姿はないが、家屋の中に潜んでいるのは、その音や匂いで明白だった。

 遅れて蜂異種ビネ蟻異種フルミナの群れが村に到着すると、分散し、家屋に侵入して村人達を気絶させていく、そして、捕食用の村人を七、八人程村の中央に蟻異種フルミナが運んで行った。

《捕食を終え次第、予定通りこの村への魔脈の密度を増やし、結節を作れ。再度、確認するが、ここに作られる結節は魔動脈を暴走状態にして過剰な力を得るに際して、予想される肉体や精神への負荷を軽減させる緩衝としての役目を持つ。これ以降は魔脈の成長を行わないということに留意しろ》

《了解です》

 神妙に答えるトーマ。

《…あーつまり?》

 要約を求めるラルマに。

《作戦の要だから、浄化されないように死守しろってことよ》

 ウェルテがまとめた。


 魔物達は村の中央の広場に集まり、素早く人間を貪り終える。村の中央には骨や肉の欠片、撒き散らされた血痕が残っていたが、滲み出るように表出した蝕痕がそれらを吸収していく。魔物達はそのまま村の中央に留まり、魔脈を成長させるために、魔力の流れに意識を集中させていく。

 界域の中の水竜は一息に人間を飲み込んだ後、すぐに“宝球”を準備していた。

 魔物達は、自身に繋がる魔動脈のおかげで、順調に魔力を集積させていった。

《これならすぐに結節を作れそうですね》

《でも、油断はしないように、いつ新手の使者が襲ってくるか判らないわ》ウェルテは、村を中心として、数百メルト圏内に哨戒用の蜻異種リベレを飛ばしていた。

魔脈への干渉を始めて少し経った頃、上空を光の波が通り過ぎていった。魔物達は寒気を感じたが、すぐにその感覚は消える。

《今の光の波は何でしょうか》

《…光域内部の村や町に住む人々の魂を徴発したようだ。この村はお前達の魔力のお陰で干渉を免れたが。ウェルテ、哨戒への意識を優先しろ》

《了解よ》

 五匹の蜻異種リベレとさらに何匹かの蜂異種ビネが、村の外へと飛び立っていく。

《ジェハノからの攻撃に備え、魔脈への干渉はティーフに任せ、他の者は防御陣形を敷け》

 ウィクリフの指示で魔物達は村の中心にウェルテの本体を置き、村の西側にネーヴェ、村の外周にラルマ、村の上空にアルクス、村の周囲をトーマ、更にその周囲をウェルテの蜻異種が哨戒するという、丁度、村を幾重にも防御する陣を作った。

《あの、事前の説明では、ここで本格的な戦いはしないと聞いていましたけど…》

 トーマは不安そうにウィクリフに尋ねる。

《ああ、だが念のためだ。どうも、嫌な予感がする。ジェハノの大司教、フィリベルトは狡猾と勇敢で知られているが、決して非情な男ではい。少なくとも一挙に人々から魂を抜き取ることで、心理的方向性リソースの純化を図るような真似を善しとする男では無かったはずだ》



 ――少し前。魔物達が“街灯型の構築者”と対峙している頃。

 大柄なフィリベルトは、白いローブ姿の小さな子供を伴い、白い螺旋階段を昇っていた。ここは、巨大な円筒状の大聖堂の上部、縦長の聖室だった。

 二人が昇る螺旋階段はその円筒の中に作られた細い円筒に巻きつくようにして作られている。階段から見える周囲の壁には、びっしりと依り代と思しき白い棺が埋め込まれていた。

「司教の姿が見えないようだが」

 ローブ姿の子供は、ぽつりと言う。

「我らの主力とする“構築者”は、他の使者と大きく異なり、さほど緻密に人体の感覚を同期させる必要がありませんのでな。それよりも、持続力が重要です。聖体に近ければ使者の操作は緻密にはなりますが、いかんせん聖体から放たれる高純度の威光に当てられ易くなる。よって、司教達はあえて聖室より離れた最下部の聖堂にやっておる次第です」

 階段を登り切った先は、中央に穴の開いた皿のような円形の足場だった、その穴の上、足場の中央には光を放つ白い球、聖体が浮かべられていた。

 二人は聖体の下で向き合う。フィリベルトは威圧するように白いローブ姿の子供を見下ろす。

「さて…どんなご用件なのか、教えて頂きたい」

「大浄化の準備は着実に進捗している。先程“卵”が安定期に入り、少しばかりの余裕ができた。よって、魔物に襲われているこのジェハノに力を貸そう」

「これは有り難い、大浄化の儀式を進められながらこのジェハノを助けて下さるとは。教皇猊下のご慈悲には、感謝の言葉もありませんな」

 と言うフィリベルトの顔には微塵の喜びも見えない。

「して…力を貸すとは具体的にどのようなものですかな」

「まだ実質的な戦力を分け与えるのは難しい、君達が持っている力をもっと引き出せるようにするつもりだ」

「御言葉ですが、我々は持てる力は全て出し切り、最善を尽くす所存でおります」

「駄目だ。君達はまだ何かを守るための受動的な奇跡の増幅に頼ろうとしている、一見、効率的だが、それではあの魔物共には敵わない。君も言ったはずだ、“奴等には、人と同じように過去を記憶し未来のために今の行動を選択する能力がある、間違っても愚かな獣共などと侮るな”と」

「その通りです、故に、奴らが光域に侵入し時点で叩き潰すようにと迎撃に―」

「出した使者達は、全て魔物に返り討ちに合ってるのは確認済みだ」

 代行者の指摘にも、フィリベルトの武骨な顔は決して狼狽えない。

「確かに、光域に侵入された時点で魔物に先制攻撃を加えるのには失敗しました、しかし、魔物共の能力や性質を推し量るという目的は達せられた。ジェハノの防衛力を支える“構築者”によって造られた兵器を、より効率的に活用できるように、最適化も進んでおります」

「言い訳はいい、今必要なのは、あの魔物共を殺すための積極的な奇跡の力だ。防衛ではない。君達にはその力がある、出し惜しみされては困るのだ」

 二人の間に張りつめた緊張は、今にも破裂しそうだった。

「私の魂を乗っ取るおつもりか?」

「…」フィリベルトの問いに、代行者は沈黙を以って返答する。

「いくら代行者プロキシが、教皇猊下の魂を分け造られた存在であるといえ、聖体の顕現を支えているのは、この我が魂です。それを歪めれば、光域の維持に必ず支障を来しましょう。どうか、賢明なご判断を」

 代行者は、その小さな手の平をフィリベルトに向けて掲げる。フィリベルトの頭上に光輪が形成される。フィリベルは眼を見開き、膝を付き、代行者を睨み付ける。その形相は必死であったが、決して憎しみを孕んではいなかったのは、大司教としての最期の意地だった。

「―ジェハノの民よ、不甲斐ない俺を…許し…」

 フィリベルトは頭を抱え苦しんだ後、何事も無かったかのように平静の状態に戻った、頭上には白く輝く、細い光の輪を冠していた。

 そして、目の前の聖体に右手をかざし、短い言葉を唱えた。


『愛しき子らよ、我が光の中に還りたまえ』


 すると、ジェハノ光域の外縁から生まれた光の波動が、ジェハノに向けて収束する、光の波動が村や町を通り過ぎると、住民達は例外なく光の粒と化して消え去っていった。そして光の波は、大聖堂の壁をすり抜け、聖体へと集まる。

 階下の聖堂の中で祈りを捧げる司教達もまた、声一つ上げる間も無く一瞬にして光の粒となって、波に飲み込まれていった。

 ジェハノの都市内部にいる者達は光の波に吸収されなかった、さすがに何らかの守るべき対象がいなければ、奇跡の意義が消失してしまうからだ。

 輝く白い球はは爆発的な光の奔流に晒されるが、それら全てを貪欲に吸収した。

「魔物共のせいで、少し取り溢したか…まあいい。ジェハノ光域に住む全ての民に感謝する、お前達全てがこのジェハノを守るため必要な存在だ、ただの一人の例外もなく」

 フィリベルトは聖体に手をかざしたまま酷薄な笑みを浮かべ、また短い言葉を唱えた。


『主よ、我々の願いと行いが光の下にあるならば、我々にあなたの創造と破壊の槌を授けたまえ』


 ジェハノ、都市の東端。

 三重の城壁には構築者によって造られた白い兵器が並べられている。

 外縁の城壁は最も長く、分厚いが、低い(といっても数メルトはあるが)。そして広めの道を挟んですぐ後ろに張られた中間の城壁は薄めだが高い。

 そしてそれら二枚の城壁から少し間をおいて、分厚く高い最終城壁は作られている。

 外縁と中間の歩廊の上には、“構築者”によって作られた白い大砲やバリスタ、カタパルト等の兵器がずらりと並んでいる。が、それらは光の粒へと還り、◇の姿へと戻った。

 歩廊の上に並ぶ“構築者の原型”は、三体毎に統合されると太く長い円柱状に形を変え、城壁の内部へと埋まっていき、円柱状の基部を構築した。

 そして、歩廊の上には分厚い円盤形の砲台を構築されていき、その砲台から白く細長い円筒が直上に向かって生える。八メルト程の長さとなった円筒は、その砲口を東にむけて傾斜させる。白亜の砲台がここに完成した。

 代行者は、司教達とジェハノ住民の命の犠牲を以って、ジェハノの城壁を、構築者の力を以って砲台を備えた城塞へと改築したのだった。

「さて」

 フィリベルトが聖体に向かって掲げた掌を少し傾けると、ジェハノの東の城塞の上に並ぶ白亜の砲身の群れは、魔物達の守る村へと照準を合わる。

「汚らわしい獣共に鉄槌を下そうではないか」

 一斉に砲口が輝きを放つ。

 放たれた白い砲弾は、空を切り裂きながら蝕痕に侵されつつある東の村へと迫った。

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