17

 


 新たな執行官がやってきた。楽しみだなあ。


 足立慎二あだちしんじは、倒れ伏したヤツダと接近するショウジの足音を合図に房へ戻り、ドアノブをきつく握りながら声を殺して笑った。どうやら隣の空部屋に入ったようである。


 どんな奴だろう。声を聞いた感じでは若かったぞ。ヤツダみたいな三十路間近のオッサンはもういいよ、ほんと。飽きたから。


 足立はその場からしばらく動かずに様々な妄想をめぐらせたあと、高揚する心身そのままに夕飯の残りの冷飯を食缶からかき込んだ。缶詰のひとつくらい残しておけば良かったかな。まあいいや。


 はやる気分をようやっと抑えつけること数十分。実際には数分やもしれないが、もういいだろう。我慢ならない。ああ。天におわします神よ。この罪深き私を、そう、この罪深き私を。ああ。


 「天におわします神よ。この罪深き私をおゆるし下さい。どうか、お赦し下さい。ジ・アーメン……」


 数多の罪人が体液を落とした畳を舐めると、やわらかな苦味が走り、その棘が舌をちくりと刺した。そうか。これが罰だというのなら、私は甘んじて受け入れましょう。神さま仏さま悪魔さま。

 

 共用廊下と階段を忍び足で行くと、眼前には自身の影を映した死体があった。今はもう、ヤツダでも、屍体でもなく、命の蒸発した死体、見目麗みめうるわしい肉の塊である。足先から肩にかけて、足立は感触を確かめるようにそっとで、地面に多少埋まって見える頭の、銃創ができた頭頂側にしゃがみ込んだ。


 「かわいそうに」


 顔がこっちを向いていないので、向くように顎を思い切り手前に引いた。鼻や口から血とも脳ともとれない何かが流出していたが、それでもいくらかマシになった。


 なんて、なんてはかないのだろう。ちょっと前まで生きていた人間に、こんな小さな穴が開いただけですぐこうなる。嘘偽りのない心神耗弱しんしんこうじゃく男が訳も分からず山奥へ連れて来られて、19歳の兄ちゃんに出会ったと思ったら、その兄ちゃんに殺されるかショウジに殺されるかを選ばされて。こんなに汚れて。かわいそうに……。


 足立はいてもたってもいられず、立ち上がって紐の抜かれたスウェットをおろし下半身を露出した。火照ほてった素肌に夜風が心地よい。


 ならば。足立は放尿した。その放物線は風と光を受けて輝き、足許あしもとの汚れた顔面をさらさらと洗い流した。おお、そうだ、世界は支配するかされるかなのだ。俺は絶対にあっち側の人間になってやる。あの、拳銃の執行官のような。


 身震いしてから、足立は気付いた。銃創にもっと注いでやれば、内側も浄化できたのではないか。しくったなあ。しくった。もう、くそ。


 ならば。ならばだ——。


 ややあって、足立が房の扉を閉じる頃、照明に半分照らされた土の上には、股間に鉄筋棒を突き刺された体と、銃創に精液を溜めた頭だけが残された。そして、我に返って足立は思った。俺はなんて汚く、醜いんだ。「少年A」、そんな大層なものじゃない。蛞蝓なめくじ以下だ。嘆きの存在だ。神様にも、こんなんじゃ赦してもらえる訳がない。次の執行官には、優しくしよう。


 

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