第13話 一夜城
藤吉郎と墨俣に行く途中、ある男を紹介された
「菊様、この男が蜂須賀小六です!小六よ、菊様にご挨拶をせい」
「藤吉郎、どう見たってただの女子ではないか。わしは女子についていく気はないぞ?」
小六と言われた男は菊の容姿を見て任せていいか心配になったようだ
「ば、馬鹿!?き、菊様申し訳ございません、こいつはちと判断する力が足りませんで・・・」
「いえいえ、お気になさらないでください。小六殿、私の容姿から不安になられる気持ちはごもっともです。こたびの策は小六殿の力なくては達成できぬ物。私は軍師としてついている程度にお考えください。」
「お、おぅ・・・」
怒る訳でもなく逆に自分が必要だと説かれて驚きしぶしぶ頷く小六
菊は納得してくれた小六に美濃の地理状況を聞いた
「小六殿、美濃の敵方から見てどこの木を切れば見つかりにくいでしょうか?」
「そうじゃのう、ここら辺の高い木々の裏あたりなら見つかるまで多少時を稼げるのではなかろうか?」
と言って小六は川の上流の山でも特に木の高い部分のあたりを指さす
「藤吉郎殿、どの位の日数でいかだ状にまで準備が出来そうですか?」
「そうですなぁ、早くても一ヶ月はかかるでしょうなぁ・・・それでもかなり早くして・・・ですが・・・」
「一ヶ月ですか・・・わかりました。園!」
菊は園を呼んだ
「どうした?」
「斎藤方に忍び込んで今川を攻める為に木材を切っていると噂を流してください。2度の失敗で斎藤家攻めは諦めたらしいと。そしてそのまま竹中半兵衛の動きをみて偽計と気付いた時はすぐ私に報告して下さい」
「分かった」
園はさっと村娘の格好になり斎藤方の城下町に出かけた
「さて、桜」
「はっ、お呼びですか?」
「食料の調達・そして皆さんに英気を養っていただくためにお酒を振る舞いますのでその調達を近隣の村でしてきてください。金銭は私の禄を使ってください。」
「かしこまりました。」
「菊様、菊様の禄を使うわけには・・・」
そう恐縮する藤吉郎に菊は笑いかける
「今はまだ2000名のやしないはむずかしいでしょう?出世されたら返してくだされ!」
「・・・はっ、必ずや、何倍にもしてお返ししますぞ!」
そう言って走り去っていった藤吉郎
菊はそれを見送り
「さてと・・・」
と地図に向き直った
「問題は竹中半兵衛がどの速さで偽報と気付くか・・・噂で聞く才からすればこの程度に騙されるとは思えない・・・一ケ月いかだ用意までかかるなら更なる策を考えなくては・・・」
その日の菊の思案は一日中続いた
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竹中半兵衛は菊の偽報にわずか一週間で気付いたとの園からの報告があった
「えっ!?もう気付いたのですか!?まだ一週間ですよ!?」
「うむ、偽報を聞きすぐ間者を出していた。一夜城のためにいかだを作っているかまでは気付いてないようだがな」
目の前であぐらをかいて座っている園は敵ながら凄かったと感想を述べている
一夜城の事は信長と菊が策を披露した時にいた織田家臣、藤吉郎と小六しか知らない
柴田・佐久間の時とは築城法も違うため小六の配下に忍びを紛れ込ませても一夜城の為にいかだを組んでいるとは気付かないであろう
「園、相手の忍びが小六殿の配下に紛れ込んでいる可能性は?」
「可能性はある。2000人もいるから知らない部下も大勢いるだろうしな」
「それを見つける事は?」
「まず無理だな」
「そうですか・・・」
いまは様子を見るしかないようだ
「園、斎藤側の今後の様子は?」
「今日、うって出るかどうかの決断する評定を行うと聞いている。と言っても竹中の意見を聞いてそれに従うだけになりそうだがな。」
「さすがの早さですね・・・」
「どうする?」
「うーん・・・そうですねぇ・・・もう一回偽報をながしましょうか」
「もう一回って、今川に攻めない事がばれた今、偽報は無理だぞ」
「いえ、今度は織田信長が自ら軍を率いて攻めてきていると偽報を流してください。さすればその真偽を確認するまでこちらに兵を割く事は出来ず、出てくる事はないでしょう」
「なるほどな、よし、行ってくる」
園はなっとくした顔をして斎藤方の城に向かったのであった
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その日の夜、菊が一人で眠っていると園が帰って来た
「菊、起きてるか?」
「ん・・・園、ですか?早かったですね。評定はどうでした?」
「それが・・・」
園は苦々しい顔をしながら評定の内容を説明し始めた
評定の内容として最初は偽報もうまくはまり様子見にしようとなりかけていたらしい
しかし急に竹中半兵衛が立ち上がり
「いや、今の時期に織田が直接斎藤を攻めるには尚早過ぎる。まず間違いなくこの情報は我ら斎藤方を惑わせるための偽報。今、あの木を切っている織田方を守るためでございましょう。しかれば、その木を切っている者たちを守っているのは少数と考えてよさそうですな。今こそ攻め時でございますぞ」
と斎藤勢をまとめたらしい
「竹中半兵衛・・・凄すぎますね・・・」
「そうだな、奴は頭が切れすぎる。あまり敵にしたくないな」
「まぁ噂に名高い天才軍師ですし、素直に称賛しましょう。」
「菊よ、呑気なことを言っておるが勝算はあるのか?」
「はい、一応策は用意しております。勿論、策だけで相手に勝てるとは思いませんが」
そのようす菊に安心したのか園は少し微笑んで
「わかった、私はこれからどうすればいい?」
「進軍まですぐには来れないでしょう。早くてもこちらに来るまでには5日はかかる。それまでに、桜とともに以下の事を・・・・」
菊は園に耳打ちで策を伝える
「・・・よし、直ちに進める。・・・菊、少しいいか?」
園は改まった顔をして菊を見る
「どうしました」
「私は、お前に誰よりも上に行くのを見たいと心から思ってた」
「えぇ、部屋に来たときそんな事言ってましたね」
「だが、今は少し違う」
園はふっと笑って
「菊は私が上に押し上げたくなった。菊は私が居たからここまで来たとな。では行ってくる」
すっと消える園
「・・・もう十分、私には必要ですよ。よろしくお願いいたします・・・」
菊はつぶやくように言葉を紡ぎ、そして少し微笑んだのであった
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菊が園に指示してからちょうど5日経ち、菊の予想どうり斎藤軍は阻止するための軍が進軍してきた
総大将は竹中半兵衛
「まもなく、織田軍が木を切っている場所に到着する。その木は我が斎藤は滅ぼす為に必要なのは明らか。直ちに殲滅する。」
そう自軍の士気を高める半兵衛
「竹中様、織田方は偽報を2度も見透かされて攻めて来られるとは腰を抜かしているでしょうなぁ!!」
家来は絶対的信頼を置いている半兵衛が味方にいる事で勝利を確信しているようだ
「まだ安心はしてはならん。ちゃんと織田方を撤退させてからだ。」
戦ではわずかな気のゆるみが負けに直結する事を半兵衛は知っている
どんな相手であれ決して手を抜こうとはしなかった
「はっ、申し訳ございませぬ。もう相手方の陣が見えてくるかと思います、山の上で開けている場所があり、陣を張っているとの報告が・・・」
半兵衛の家来も気を引き締め直し織田方のいるとされている場所を見つめ、はっと息を呑んだ
「相手の・・・陣がない・・・?」
報告であった場所は依然として木が生い茂ったままの山であった
「・・・どういう事でしょうか?」
半兵衛の家来は半兵衛に現在の状況を聞く
「多分、織田方の策でしょう」
苦い顔をする半兵衛
「策・・・ですか?」
「多分、この織田方は本当に囮・・・実際に信長が稲葉山城に攻めようとしていたのかもしれん・・・」
「それでは・・・!?」
半兵衛の家臣は青ざめる
「うむ、至急、城に戻る。皆の者、引くぞ・・・。私が送り込んだ間者も帰ってこない・・・。織田方に優秀な軍師がいる様ですね・・・」
半兵衛はそう言い軍を引き上げていった
「・・・なんとか、誤魔化せたようですね・・・」
そうつぶやく菊
「桜、ごくろうさま。もういいですよ」
「はっ!直ちに元に戻させます」
そう言い桜は陣にいる家来に合図をした
すると今まで木があった動き始め、みるみる陣が現れた
「良く、こんな策を思いついたな・・・」
小六は頭をかきながら菊に問う
菊は小六の家来に既に伐採した木を持たせ等間隔にならばせ外見上は伐採前と変わらない状態にしていた
「はい、信長様が稲葉山城を攻める事が偽報と思っていても人は目の前の事を信じてしまいます。ここに陣がない以上その偽報を本当だと思い込んでしまう。その怖さから早く稲葉山に戻りたくなりここに本当に陣がないかどうかまで確認せずに帰るでしょう」
「だが、間者が居たら逆に危なくなかったか?」
間者がいたら菊の情報は筒抜けのはずであり木を持たせている小六軍に戦う能力はなく全滅必至である
すると菊は驚きの一言を発した
「間者、いましたよ。全員捕まえました」
「なに!?それは本当か!?」
「はい、私の部下数名を獣道に配置しました」
「獣道に?」
「はい、大通りを通って城に戻る忍者はいません。かといって人が通れないと稲葉山城まで遅れてしまう。つまり獣道に配置するべきと考えました」
「そこまで・・・」
小六は感嘆の息をもらす
その顔を横目に藤吉郎はしたり顔をする
「小六よ、菊様はすごいお方じゃろう?」
「あぁ、藤吉郎・・・こいつは味方にしておかないと恐ろしい相手になるぞ・・・」
「大丈夫じゃ、菊様は御屋形様が百姓から取り立てたいわば同志、これからも敵になることはあるまい!さて、皆の者、早く城を建ててしまおうぞ!」
斉藤軍を退けた後の展開は早かった稲葉山城に半兵衛が戻るまでにいかだをくみ上げ再度攻めだす準備を整える前に川を下り墨俣で組み立て始める
それから間もなく墨俣に驚異の速さで建てた砦を墨俣の一夜城と呼ばれ後世に伝わることになるのであったが、その時初めて村井菊と木下藤吉郎は歴史の表舞台に出てきたのであった
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