第14話 半兵衛

墨俣に城がたってしばらくした時


藤吉郎は侍大将になって墨俣の城代になっていた


「兄者、これからどこに出掛けるんじゃ?」


弟の小一郎に訪ねられた藤吉郎はニッと笑って


「御屋形様に呼ばれた。たぶん、竹中半兵衛を調略の命令じゃろうな」


「ふぅん。兄者もたいそう立派になったもんじゃ。」


小一郎はそう呟き藤吉郎を見送った


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藤吉郎の読み通り、信長は半兵衛の調略を命じた


今孔明と呼ばれる半兵衛は墨俣の一夜城の後、僅かな手勢で謀反を起こし稲葉山城を乗っ取ったかと思いきや直ぐに隠居したのであった


城を返したといえ、謀反を起こしたのには変わりなく、半兵衛の知略の高さも相まって斎藤家にも恐れられる存在となってしまった


斎藤家にいれなくなったなら織田家に来る可能性もある


そう藤吉郎は読んでいた


結果は成功した


最初は門前払いされていたが、織田家の将来性、半兵衛が斎藤家で宝の持ち腐れになっていることを説いて3度目の説得に応じてくれた


その時、半兵衛は


「三顧の礼に答えないわけにはいきませぬな。孔明と同じ知略は持ち合わせておりませぬが、織田家の為・・・いえ、藤吉郎様の為に働きとうございます」


と言ったらしい


信長は


「猿の家臣はわしの家臣。よかろう、許す」


と言い、半兵衛は藤吉郎の家臣となった



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藤吉郎と半兵衛の二人は菊の元に向かった


「お、桜殿、菊様はいらっしゃいますか?」


「藤吉郎様、菊様はお庭の方で囲碁をなされてます。藤吉郎様がいらっしゃったらいつでもお通しするように申し付けられておりますのでお入り下さい。」


「おっ、そうですか、かしこまりました。」


藤吉郎と半兵衛は庭に向かう


そこにはおなごが囲碁盤をひとりでにらめっこしていた


「ほう、この方が村井菊様・・・まことにおなごのごとき美しさ・・・」


「ん・・・あっ、藤吉郎殿ではありませんか!ささ、こちらへ!・・・そちらの方は?」


「菊様、お久しぶりでございます!この者は、新しく私の軍師になるものでございます!名を・・・」


「竹中半兵衛ともうします」


菊は驚いた顔をした


「ほう、半兵衛殿でしたか。半兵衛殿には色々苦労させられました。ですが、貴方が織田家につくとなるとこれ以上の喜びはありますまい。これからよろしくお願いいたしますね!」


「はっ。私も菊様には大変痛い目を合わされました、墨俣の件から稲葉山の殿は織田家を恐れ消極的になり軍資金がなくなっていると家臣を疑う・・・織田家の忍が持っていってることすら気付いてないのです・・・諫める為に稲葉山を奪いすぐお返しした。これも斎藤家の為。なのにまさか斎藤家に命を狙われるとは・・・藤吉郎様に拾っていただかなければ今頃死んでいたでしょう。」


「織田家は半兵衛殿を必要としております。藤吉郎殿に使えるのはお聞きしてますが、織田家の軍師の活躍を期待しております!」


半兵衛は菊のその言葉を聞いてフッと笑った


「菊様、この織田家の軍師は菊様だと考えております」


「そんなことは・・・」


「いえ、間違いなく織田信長の軍師は菊様、あなたです。私は・・・」


半兵衛は藤吉郎を見つめ


「藤吉郎様の軍師として織田家をもり立てるつもりです。藤吉郎様は何か大きなことをなさる気がするのです」


「それは私も同意です。藤吉郎殿は信長様が天下を取るに無くてはならない人になるのは間違いないと思います」


菊も半兵衛もお世辞で言ってる訳ではない


藤吉郎の人徳と知略、それは織田家でも群を抜いているだろう


半兵衛は藤吉郎のそういう所に惚れたのだと菊は思った


藤吉郎は照れたようすで頬をかきながら、菊に問いかけた


「そういえば、菊様、囲碁を一人でなされておもしろいですか?」


「あっ、これは囲碁ではなくてですね・・・」


「稲葉山を責めるための策を練られていたのですね?」


半兵衛はなんでもお見通しの様だった


「さすが半兵衛殿、その通りです。稲葉山は堅牢な城ではありますが忍の報告によると1ヶ所だけ守りの薄い所がありました。ただ・・・」


「ここは、道が険しいのですな?」


「はい、半兵衛殿が仰有る様にかなり道の険しく、また斎藤家にはまだ優秀な家来の方も多くその守りの薄い所を責めるまでに被害を受けそうゆうなのです・・・その優秀な家来というのが・・・」


「西美濃3人衆でござるな?」


藤吉郎も美濃3人衆を知っていたらしい


「はい、藤吉郎殿が仰有る西美濃3人衆、つまり、稲葉・安藤・氏家の3人衆ですね。この3人は正直な所、地の利が向こうにある以上、被害を受けることは避けられないでしょうね・・・」


菊が苦々しく半兵衛と藤吉郎に告げる


「半兵衛、何か良い策はないか?」


「藤吉郎様、あなたは既に私を織田家に引き込んだ。つまり・・・」


「なっ、わしに西美濃3人衆を調略せよというんか!?」


驚く藤吉郎に半兵衛はうなずく


「はい。今や斎藤家では織田家には勝てません。なぜなら戦の総大将を務めてた私まで織田家にいるからです。兵法・地形・すべてこちらにお見通し、しかも彼らもそれに気づいて士気も下がっているはず。そこに織田家からの誘い・・・来ないはずないでしょうなぁ・・・特に斎藤家の血筋ではない西美濃3人衆ならば・・・」


「な、なるほど・・・菊様、どう思われますか?」


藤吉郎は菊の顔を伺う


「ひ、一つ言えることは・・・半兵衛殿を織田家を取りいれれたというのは、本当に天下を取る道筋が明るくなったと言う事でしょうか・・・天才の域です・・・」


「はは、菊様にそう言っていただけると、今孔明と言われるこの半兵衛、生涯の誉でございますな!」


そう上品に笑う半兵衛


「で、ではわしは御屋形様にその任をお願いに上がります!」


「藤吉郎様、私は菊様とその後の稲葉山城を落とす策を考えております」


「そうか!では行ってくる。菊様、吉報をお待ちくだされ!」


そういって屋敷を飛び出す藤吉郎とわずかに頭を下げ見送る半兵衛


「さて・・・」


半兵衛は菊の方に向いた


「菊様、墨俣では大変お世話になりました。まさか私が策に嵌められるとは思いませんでした。」


「半兵衛殿・・・」


「ですが、あなたの策には限界がある。それはあなたが農民出であるが故・・・言いたいこと、わかりますかな?」


菊は半兵衛の言葉にはっとした


この人は直接戦ってないのに自分の弱点を知っている事に驚きを隠せなかった


「そ、それは・・・陣形・その他の野戦での知識不足・・・でしょうか」


半兵衛はその答えに微笑む


「半分・・・正解でしょうか。もちろん、農民出だから陣形を知らないのは当たり前です。知らなくても今や織田家でも随一の知恵者として扱われているのですから必要なかった。ですが・・・」


微笑んでいた半兵衛は真剣な顔になる


「それもこちらが少数で敵が大軍の時は普通の陣形が使えないから今までの策が当たったというだけ。斎藤家を滅ぼせば織田家は大国になります。大軍を扱うのはこちら側。陣形を知らねば無用な被害を受けます。それともう半分は、織田家に菊様の味方をするものが少ない事です」


「確かに・・・今でも誰かしらに策を反対される・・・」


「農民出を面白く思わない者も多いでしょうな。味方になる者は藤吉郎様、前田様、菊様のお父上の村井貞勝様あたり・・・まだまだ弱いお立場です」


「で、では・・・どうすれば・・・」


半兵衛は再び微笑み焦る菊を見る


「この半兵衛が、陣形・織田家内の味方を増やす方法をお教えいたします。織田家の今孔明である村井菊、対の織田家の出世頭である木下藤吉郎とともに世に知らしめるために・・・いかがですかな?」


軍師は自分の知恵を他人に教授したがらない


敵になったときに策を読まれやすくなるからだ


だが菊には教えると半兵衛は言った


つまり・・・半兵衛は菊を認めたと言う事であった


菊は覚悟を決めていた


「半兵衛殿・・・よろしくお願いいたします」


「ふふ・・・織田家は面白い・・・天下を取る器にそこに入る有望な将・・・これは先が楽しみですな・・・ではまずは陣形から・・・」



半兵衛と菊の軍議話は夜遅くまで続いたという

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