第12話 墨俣

「さて、次の美濃攻めの事じゃが・・・」


ここは織田家評定の間


織田家臣を前に信長は切り出した


現在斎藤家は道三に謀反した義龍が病で死にその庶子でわずか14才の龍興が支配していた


「知っての通り美濃はわしの義父、斎藤道三が納めていた土地。守りも固くいくら才のない龍興の領地でも今の状況では攻め滅ぼすのに苦労するのは必至。ここで皆の意見を聞きたい」


「殿、申し上げます」


そう言って信長の前に出てきたのは柴田勝家


「申してみよ」


「はっ。斎藤家は道三公、義龍の死去によりかつての重臣達が次々と龍興の元を去っていると聞き及びます。さすれば兵力の弱体化は必至。更に噂では齢14の龍興では兵の扱いにも慣れておらず、戦の戦い方も知らぬと聞き及んでおりまます。わが織田軍は今川を破り士気も高こうございます。相手の兵の準備をさせる前に攻めるのが良策かと思われます」


「うむ、確かに。他の者の意見はあるか?」


信長は再び家臣を見渡す


「殿、申し上げたき事が」


「長秀か、なんじゃ?」


長秀は手をつき


「はっ。確かに勝家のいう事あっておりますが、その斎藤家を離れた重臣の中に稀代の軍師と言われた竹中半兵衛の名前がございませんでした。正面で戦うとなれば策を用いられた時厄介でございます。今すぐ斎藤家と戦う事に異論はございませんがこちらも何か策を練るべきかと・・・」


「ふむ、確かにわしも真正面から対峙して被害が軽微で済むとは思えん。なにかこの戦況を圧倒的に良くする策か・・・」


信長が考えていると菊が口を開いた


「信長様、よろしいでしょうか?」


「ん、菊か。なんじゃ申してみい」


「はい。例えば伏兵など策というのは今回の場合等は尾張と美濃の間に仕掛ける事が多いかと存じます。ではその間をなくすのはいかがでしょうか?」


「なくす・・・とな?」


「はい、美濃の近くに砦となる城を築くのでございます。勿論築城中に攻められることにはなりますがそれを守り切れば美濃の攻略は目と鼻の先になります。また、築城中に攻めてくる斎藤軍は直接籠城・野戦するより軍は割けないのでまだ可能性が高いと存じます」


「ふむ、なるほど。わしも地理的な面で何か策をと考えたが城を築くか・・・場所はどこが最善じゃ?」


信長が菊に尋ねると菊は長秀に向き


「丹羽様、築城の名手である丹羽様ならどこに建てられますでしょうか?」


「ふむ・・・川が合流する場所・・・そうじゃな・・・墨俣が良いであろうな」


それを聞き信長は顎に手を当てる


「墨俣か。・・・よし、では墨俣に城を作る。誰かこの大任する者はいないか?」


「殿、拙者、柴田勝家にその大任お任せください。」


「勝家か・・・。よし、お主に兵を与える。必ず成功させよ」


「はっ!」


「よし、本日の評定はこれで終わりじゃ。皆の者、いつでも戦のじゅんびはしておけ。解散」


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評定が終わり帰宅すると藤吉郎が勤めを終えた帰りに寄っていた


「菊様、こやつは拙者の弟、小一郎でございます」


横にいた精悍な若者が頭を下げる


「木下小一郎でございます。お見知りおきを」


「小一郎殿ですか。藤吉郎殿と精進なさって下さいませ!」


「はっ!」


「それとそれと・・・」


藤吉郎が含みを持たせて菊に近づき満面の笑みで報告した


「拙者、祝言をいたすことになりました。お相手は浅野家の寧々様でございます!」


「えっ!?浅野家の!?良く認めてもらいましたね!?」


足軽大将になったとはいえ身分的には浅野家とは不釣合いだった


「実はお互い恋に落ちてしまいまして・・・向こうの母君はまだ許せぬようですが、寧々様が駄目なら出ていくと言ったらしぶしぶ認めていただきました・・・」


そう言ってにやぁとする藤吉郎


「この猿めが寧々様と祝言ですぞ!!この藤吉郎、これ以上の幸せがございませぬ!いままで以上に励まなくては!!」


そんな様子を見て小一郎はため息をついた


「菊様、兄者は祝言が決まってからずっとこんな調子ですじゃ。そして休もうとしないのでついていくのが大変です・・・」


「なに言っとるんじゃ、小一郎!わしは寧々様に大きい家に住んでもらわなくてはならんのじゃ!がんばるぞー!!菊様、祝言は今夜ですので是非お越しくださいませ!」


「こ、今夜ですか!急ですね・・・そうだ、桜!!」


「お呼びでしょうか?」


そう言って部屋に入ってくる桜


「藤吉郎殿が祝言をされますので私の出席の準備をしてください」


「それはおめでとうございます!かしこまりました、すぐご用意いたします」


「あとベアトリスにお祝いの品を用意させて下さい」


「はっ!」


桜が出ていくと藤吉郎は困ったように


「き、菊様、拙者は菊様の祝言に何も差し上げることが出来ませんでした、菊様もお気遣いなく・・・」


「いえ、あの余興で私の祝言は大変楽しい物になりました。是非、受け取ってくだされ・・・」


「か、かたじけのうございます・・・」


そう言って頭を下げる藤吉郎


「そういえば・・・墨俣で城を作るとお聞きしました」


さすが藤吉郎、情報が早い


「はい。美濃攻めの拠点にするとの事で」


「なるほど、確かに名案でございます。この策を考えたのは・・・」


藤吉郎は菊の目を見て


「菊様でございましょう?」


とふっと笑った


「いえ、私は案を出しただけで場所は丹羽様、決断は信長様ですので・・・」


「さすがでございますなぁ・・・菊様、拙者負けぬように働かなくてはなりません故。これにて御免。祝言にてお会いいたしましょう」


「兄者!?祝言の日にまで働くのかよ!?」


そう言って出ていく兄弟


「あわただしい兄弟だな」


「あら園、良い所に居ました、ってどこに隠れているんですか・・・」


天井からスッと出てきた園は問題ないとでもいう顔で


「天井等に敵の間者が紛れて重要な情報を盗まれるやもしれんから用心で菊に客がいる時は私も護衛として色んな所を見ていたのだ」


「すっかり忍が定着してますね・・・」


「そういえば用があるのか?」


「あっ、そうでした。墨俣に城を作ろうとしておりますのでその状況を見といてください。成功すれば良いですが、失敗した時、誰の手によって失敗したか報告をお願いいたします」


菊の命に園はうなずく


「分かった。行ってくる。」


そう言って姿を消したのだった


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祝言は大変質素な物だった


寧々の両親も来ていない


来ているのは藤吉郎・寧々・小一郎・前田利家(元犬千代)・藤吉郎の母のなかだけだった


だけど二人はとても幸せそうだった


それは二人が本当に愛し合っているから出来る雰囲気のせいであろう


菊と利家が用意したわずかな酒と肴を皆でおいしそうに食べ利家が余興で踊る


それに藤吉郎が混じり小一郎がたしなめる


藤吉郎の祝言も朝まで続いた


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園から勝家が墨俣の築城に失敗したとの連絡が入った


築城中に斎藤軍が攻め込み時を稼ぎきれなかったとらしい


相手の総大将は龍興ではあるものの軍師の竹中半兵衛が動かしての戦であったという事だ


「やはり竹中半兵衛が手ごわいですね・・・」


「そうだな、見た感じ竹中半兵衛がいるからあの軍は成り立っていると言っても過言じゃなかった。柴田勝家の戦いぶりも悪くはなかったが少し城を作る時間が足りなかったようだ」


墨俣から帰って来た園は菊に一部始終を報告した


「分かりました。では別の策を考えなくては・・・」


「いや、話では佐久間信盛に再び命じたそうだ」


「佐久間様ですか!?柴田様が無理だったのに・・・佐久間様に策は?」


「無いようだな」


「あぁ・・・」


「私はこれからどうすればいい?」


「そうですね、申し訳ないですがもう一度墨俣へ行ってください」


「わかった。報酬は菊の体で良いぞ?」


怪しげな舌なめずりをする園


「こ、こら!?ベアトリスが聞いたら私、殺されます!?」


「見つからなかったら良いんだろう?」


「だ、駄目ですよ・・・」


「まぁ、考えといてくれ」


そう言って園は再び菊の部屋から消えた


「もう・・・」


菊はため息をつきながら墨俣の事を考える


「織田一の強さを誇る柴田様で無理なのに策を用意せずに佐久間様に勝てるはずがない・・・。佐久間様に再度命じたという事は必ず成功させたいという事・・・さてどうしたものか・・・」


もし信盛が失敗すれば2度の戦の敗北により兵の数は一気に減る


菊にはまだ家臣が少なく扱える兵もほとんどいない


今の菊にはどうすることも出来なかった


「菊様ー!遊びにまいりましたー!」


ひょっこり顔を出す藤吉郎


「おぉ、良くいらっしゃいました。さぁお座りください」


「はっ、失礼します」


部屋に入り菊の前に座る藤吉郎


「柴田様、失敗されたようですな」


「藤吉郎殿の耳にも入っておりましたか・・・その様ですね・・・」


「次は佐久間様とか・・・柴田様で出来なかったのに何も策をせずに佐久間様に出来ましょうか?」


「難しいかもしれませんね・・・」


「拙者も同意見でござる。ですが・・・」


藤吉郎は菊の顔を覗き込んで


「菊様なら、それも可能でございましょう?」


「藤吉郎殿、私はまだ家臣が少なく兵もいない。策があっても実現は難しいです」


「やはり策はあるのですね?」


にやっとする藤吉郎


「では兵があれば可能ですか?」


「まだ分かりませんが策を考えれるとは思います」


「では拙者が集めてまいります。ご一緒に手柄を立てましょうぞ!」


「えっ、でも藤吉郎殿も兵はそんなにいないはず・・・」


「まかして下され!拙者、つてがございまする!ではごめん!」


そう言って出て行ったのであった


出て行った藤吉郎の言葉を信じ菊は策を考える為、桜に美濃の地図を持って来させた


さすがマムシと言われた斎藤道三が納めていた土地


なかなか難しい場所に城が建っていた


「問題はこの川が邪魔過ぎるんですよね・・・」


墨俣は川の合流地点であり、守りの城を建てるには絶好の場所ではあったが今回の様な攻める為の城を短期間で作るとなると大変な場所だった


まず、普通に木材が運びにくい場所である事


また川のせいで大規模な陣がしけない事


これが城の築城を遅らせ、その間に攻められる原因だった


「なんとか短期間で城を建てれないか・・・さすれば攻められる危険も減る・・・」


地図を見ている菊を真似するように覗き込む桜が質問した


「菊様、お城ってどの位の日にちで建てれる物なんですか?」


「砦程度なら3か月でしょうか?」


桜はふーんとうなずきながら


「ならその間、大工たちは川下りくらいしか遊ぶことが出来ませんね」


「川下りですか?」


「はい、城を作っているという事は木材はいっぱいあるでしょうからこんな川の近くではそれ位しかできないですよ」


桜の一言にうなずきながら考え何かを思いつく菊


「まぁ、そうかもしれませんね・・・ん?木材・・・川下り・・・」


少し考え菊は策が思いつき微笑んだことに桜は気が付かなかった


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菊の予想はあたり、園から佐久間信盛の築城失敗の連絡が入った


菊は園に藤吉郎を呼ぶ様に命じた


すぐ藤吉郎は来た


「菊様、お呼びですか?」


「藤吉郎殿、兵は集まりましたか?」


「はっ、2000程集まりましたぞ!」


満足気な顔で報告する藤吉郎


「2000もですか!?どうやって・・・」


「蜂須賀小六と言う盗賊を仲間につけました!以前その者の小者をしていたのです!」


「素晴らしいです!藤吉郎殿、策がございます!」


「おぉ!お待ちにしておりました!」


藤吉郎は策を聞こうと部屋に入った


「早速、お聞かせを!」


「お待ちください、2度も既に失敗したとなると間もなく評定が開かれるはず。藤吉郎殿は私と評定に出ていただきます」


「わ、私はまだ足軽大将、評定にはまだ・・・」


「織田家の為です。お許しいただけます」


「はっ・・・」


菊の予想通りすぐに評定が開催されるとの知らせが来た


菊と藤吉郎は用意をし評定の間へと向かった


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二人が評定の間につくと既に織田家臣が集まっており二人が座るとちょうど信長が入って来た


「皆の者、良く集まった。知らせは聞いておると思うが勝家と信盛が墨俣の築城に失敗した。小さな城一つ築けぬとは・・・何とも情けない」


「「申し訳ございません・・・」」


信長に詫びる勝家と信盛


そんな二人を見ようともせず家臣一同を見渡す信長


「他にこの大任を任せれる勇気ある者はおらぬのか!?」


菊が口を出した


「信長様、私に策がございます」


「菊か。また何か考えたか」


「はい。桜、ここに地図を。」


菊の後ろにいた桜が信長の前に地図を引いた


「皆さま、この地図を見て下さい。墨俣は川の下流にあります。上流には山。私はこれを見て一日で城が出来ないかと考えました。」


菊は墨俣の位置と山を指さす


「一日・・・だと・・・」


信長は勿論そこにいる誰もが信じられないと言う様にざわざわし始めた


桜や藤吉郎もにわかには信じられないと言う顔をしている


「説明せよ」


信長が促す


「はい。まず一日で城を建てるにはどうすればいいかを考えました。城を一度別の場所で作りそれをいくつかに分解し分け墨俣へ運びそこで組み立てるだけなら一日で出来るのではないかと考え付きました」


「だがどうやって1日で運ぶのじゃ、そんなことが出来たらわしも佐久間も失敗せんかったわ!」


そう喚き散らす勝家


「いえ、柴田様、一日では運びません、一夜、つまり半日で運びます」


菊の言葉にざわめく織田家臣


「まず城をこの山の木材を使って作ります。その木材の使用用途は斎藤攻めと別の用途で使うと私の忍に情報を流させ斎藤家を信じさせます。無論、竹中半兵衛はその策に気付くでしょうがこの偽計の情報は少し時を稼げたら良いのです。そしてその城を何個かに分割し、いかだ状に組みます。すると・・・」


菊は周りを見渡す


ここまでの説明で気付いた者は藤吉郎と信長くらいか


「川を下れば半日で運べるという事か・・・」


「はい。信長様のおっしゃる通り一夜で墨俣に木材を運べます。そして一度上で城を作っているのであとはそれを組み立てるだけ。そうすれば・・・」


菊はにやっと笑い


「墨俣一夜城の完成でございます」


「なるほど・・・おもしろい・・・だがそれを誰がやる?菊は兵を持っていないはずじゃが?」


「はい、こちらにいる木下藤吉郎殿が美濃の土豪蜂須賀小六殿を説き伏せ配下になされました。その数2000。」


「なに!?まことか、猿!?」


「は、はっ。差し出がましいことながら二度の失敗で織田家の兵に余裕はないと思いまして、昔のつてを辿り配下にいたしました!!」


驚く信長にひれ伏す藤吉郎


「信長様、美濃の事は美濃の者にさせるのはいかがでしょうか?木の切る場所を考えたら斎藤方に見つかりにくいかもいたしません」


そう言い頭を下げる菊


「ふむ・・・猿。一夜城を成功させたら小六を配下にすることを認める。また2000の兵を養わせるために侍大将にしてやる。」


「ま、誠にございますか!?はっ、身命にかけてこの大役、果たして見せまする!!」


「うむ、菊、お主も藤吉郎に帯同せよ。足軽大将では2000は無理だ。部将のお主が名目上の大将をせい。」


「はい。必ずや信長様に美濃を収めていただきます!」


そう言って二人はすぐに墨俣へと向かったのであった

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