第10話 桜
「それはそうと・・・」
村井宅に遊びに来た藤吉郎は菊に尋ねた
「家臣をお持ちにはならないのですか?」
菊はため息をついて答えた
「いえ・・・本当は探さなくてはならないのですが、祝言などでそれどころではなく・・・藤吉郎どのに家臣はいらっしゃるのですか?」
藤吉郎は縁側でベアトリスが出した団子をほおばりながら
「拙者はまだ足軽大将になったばかり故まだおりませぬ・・・ですが弟の小一郎はもうしばらくしたら家臣にしたいと存じます」
「へぇ!それは仲の良いご兄弟なんですね!私も早く探さないと・・・どのような者を家臣にすればよいでしょうか・・・?」
「そうですなぁ・・・菊様はお知恵は回る方ですので武に富んだもの、それと菊様に情報を正確に集めれる優秀な忍びでしょうか?」
藤吉郎はお茶をすすりながら菊の質問に答えた
「私は大した知恵は持ち合わせてはおりませんが・・・なるほど、武のある者と忍びですが・・・少し探してみます」
菊も串に刺さった最後の団子を食べお茶をすすり、縁側での温かい日差しに包まれながら藤吉郎との談話を楽しんだ
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藤吉郎は勤めがあると帰った後、菊も出かける事にした
「さて、町で武のある者と言えば・・・やはり道場か・・・?」
菊は尾張でも有名な道場に足を運んだ
「これはこれは、お武家のお嬢様がこんな所に足をお運びとは・・・」
道場主は菊を見て頭を下げる
「いえ、たまたまとても威勢のある声が聞こえましたので・・・」
適当に返答する菊
それを聞き道場主は
「はっはっ!それはそうでしょう!うちの道場は尾張でも名声のある道場ですから!是非とも見学して下さいませ」
満足げな顔をしていた
菊は道場の隅に用意してもらった腰掛に座り道場を見学していた
確かに尾張で一番と言われているだけはある
皆、太刀筋がとても綺麗だった
感心してみていると
「何だその太刀筋は!!!やる気がないなら帰れ!!」
と道場主が怒鳴った
その方向を見ると菊より少し年下のおなごが怒鳴られていた
「あの怒鳴られている方は?」
菊は横に立っている道場の訓練の内容を先ほどから説明してくれていた者に質問した
「あの者は桜と申すもので、自分は強いと言ってこの道場に入って来たのですがあのようにおなごで力がなく、この道場でも一番弱いのです。」
桜は髪は手入れがされていないのか乱れては居たがとてもきれいな顔立ちで細身であった
あれでは力が男に及ばないのも仕方ないのかもしれない
道場主に怒鳴られた桜はムッとした顔をして
「ですが、このやり方では敵に切られてしまうのが目に見えております」
と言い返す
道場主は顔を真っ赤にして更に怒鳴った
「このやり方で切られたのならそれはお前が弱いからだ!!それを教えてやる・・・おい、そこのお前!桜の相手をしてやれ」
指名された者は桜よりも一回りも大きい男だった
「あーぁ、あいつはこの道場で先生の次に強いんですよ・・・」
隣で説明していた者がため息をつく
「それでははじめ!!」
道場主の掛け声に構える二人
その時、菊はある違和感に気付いた
「あいつ、道場で一番弱いとあって構えからおかしいでしょ?」
隣の者が言う通り、桜の構えは形は相手と同じだが素人の菊でも分かる通り窮屈さが目立っていた
だが、菊はあの構えは下手だからではなく慣れている構えの癖が出てしまって窮屈に見えてしまっているように感じた
「はぁぁっぁぁ!」
つば競り合いをする二人
押し合ってみても力で桜に勝つ見込みはなかった
簡単に弾き飛ばされる桜
「もう終わりか?」
にやにやして言う道場主
「いえ、もう一度です!」
構え直して相手に突っ込む桜
何度やっても結果は同じだった
桜に勝ち目はない
道場の中の者が皆そう思っていた
菊と桜を除いては
「おやめなさい」
試合を止める菊
その言葉に桜も一番弟子も道場主も菊に呆気にとられていた
「どうなさいましたか?」
菊に問う道場主
「申し訳ございませんが、試合方法を変更していただきたいのです」
「試合方法・・・でございますか?構いませんがそれなら腕の立つ者同士でさせましょうか?」
道場主の提案に手で止めて
「いえ、あの桜と言うものと先ほどの相手との試合を見てみたいです」
「ですがそれでは結果が目に見えて・・・」
「構いません」
「はぁ・・・構いませんが・・・」
道場主の許可を得た菊は貞勝が菊につけた護衛の者に村井宅から様々な木製の武器と本物の鎧を用意させた
そして二人の前にそれを置き
「お二人はお好きな物をお付けください。型や相手を倒す方法に制約はありません。とにかく相手が参ったと言えば勝ちです。ただ、これ以上は危ないと判断すれば私が試合を止めます」
菊は試合内容の説明を済ませ、先ほどの席に戻った
二人はそれぞれの武器を選んだ
一番弟子の者は竹刀と同じ長さの木刀にかなり重いはずの鎧を平気につけている
それに比べ桜は兜すら被っていない
着けているのは面頬と呼ばれる顔の前側を守るものと用意した中でも軽い胴、籠手と手甲、脛当てのみと重さで言えば一番弟子の3分の1くらいしかない軽装なものだった
武器も竹刀に3分の2くらいしか長さのない木刀1本のみ
少しでも防具のない所に当たると怪我では済まない
「それでは、はじめ!」
道場主の掛け声に二人は一斉に構える
「なんだ、あの構えは」
桜の構えを見て道場の者皆そうつぶやいた
桜の構えは非常に低く木刀も前に構えるのではなく横に構えていた
二人はしばらくにらみ合った後、互いに打ち合いをはじめ又、先ほどと同じようにつば競り合いになった
「あれではまた桜の負けですな」
道場主はニヤリとして菊に言う
「そうでしょうか?」
菊は短くそう答える
道場主はパッと桜達を見るとつば競り合いをしてると思ったら急に身を引くくし、相手を足払いした
がっちゃーんと大きな音を立てて倒れる一番弟子
それに追い打ちをかけるかのように切りかかる桜
「おい!それが武士道を学ぶ者のする事か!」
道場主は怒鳴った
それに対して菊は二人から目を離すことは無く道場主に言った
「戦場でその様な事が通用するとお思いですか?私は試合内容に制約はないと初めに申しました。桜殿は道場の剣ではなく戦の剣を知っている。相手を転ばせるときに自分の足を痛めない様に脛当てをし、防具を必要最低限にすることによっておなごの非力さから来る鎧で動きの遅くなるのを防ぐ。また相手が重装備なのに目をつけて動きが取れなくなると考えて足払いをした。彼女は力はなくても技術・戦術のある強い剣士です」
「うぐぐっ・・・」
菊の言葉に押し黙ってしまう道場主
その時小さく声がした
「参った・・・」
一番弟子だった
結果は桜の圧勝
菊は微笑んで道場主を見た
真っ赤な顔をしている道場主
「彼女は破門ですか?」
「無論です。私の剣術に刃向かったのですから」
しずかに肯定する道場主に桜はしゅんと落ち込んでいる
それを見て菊はスッと立ち上がり桜に近寄った
そして道場中が聞こえる声で桜に言う
「私は、織田家臣、部将の村井菊である。桜殿、私の家臣とならないか?」
桜や道場主は勿論、道場関係者が皆、菊の正体に驚いた
女子の身なりなれど桶狭間の合戦で小姓から部将と言う異例の出世をし、織田の養女を娶ったと尾張でも噂の絶えない武将がいると有名だったからだ
「えっ、あの・・・有名な村井・・・菊さま?」
困惑する桜
「有名かは存じませんが、いかにも私の名は村井菊です。あなたの剣術は戦の剣。私はつい先日まで織田信長様の小姓だったので家臣がおりません。私の、村井菊の武になっていただけませんか?」
「えっ・・・でも私でよろしいのでしょうか・・・私は戦孤児で様々な店で働きながらなんとか道場代も捻出してる様な貧乏人・・・私ではお役には・・・」
その桜の言葉に菊は静かに言った
「桜殿。貴女は自分の価値を理解していない。私は慈悲の心で貴女を勧誘しているわけではありません。貴女は私の元で必ず良い働きをなさいます」
そしてふっと笑い
「案外、私の勘は当たるのですよ?」
と桜に言った
「私・・・自分を認めて頂いたの初めてで・・・」
桜は目を潤ませる・・・
「村井様、この御恩、必ず働きでお返しします。命をかけて村井様を守り、必ずや・・・」
「待ちなさい」
菊は桜の言葉を止めた
「命をそうやすやすと捨ててはいけませんよ?貴女は私と戦でもずっと生き残って一緒に頑張って織田家で働くのです。それと私の事は菊で良いですから。これが私の命令です。聞いていただけますか?」
そう言って桜の手を取る菊
「はっ・・・はい・・・か、かしこ・・・かしこまりましたぁぁ・・・」
ぼろぼろと涙を流して菊の命令を受け取る桜
この時、菊にとっての一番家臣、桜が菊の元に来たのであった
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