第3話 初夜

信長の小姓になって気付いた事があった


それはここで使える者は本当に良く動くという事


おなごの格好している菊自身はそこまで動か無いが他の小姓や家臣は常に仕事で動いている


養父の貞勝も信長の弟の信行やその配下柴田勝家と和平交渉をしていた


ちなみに貞勝によると実の父は貞勝の直臣、つまり信長の陪臣となっている


母も菊が戦場の前線で戦っていない事を知ると喜んでいたと貞勝は言っていた


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ある日、信長は酌をしている菊に問いかけた


「菊よ。これからの戦略、お前はわしの狙いが分かるか?」


「まずは尾張を統一し、亡き斎藤道三公のご遺言で信長様の領地であるはずの美濃を渡さない義龍を討つことでしょうか?」


信長の正室、帰蝶の父親の斎藤道三は遺言で信長に美濃を譲ると記していた


しかし嫡男の義龍は美濃を占拠。今もにらみ合いの状況が続いている


「そうじゃ、だがそれだけではお前が言っていた天下までは遠い。京までの道のりを確保せねばならん。信行を討ち、義龍を滅ぼし、京までの道のり整えた時、どれ位の時間がかかると考える?」


「信行様に2年、尾張統一に3年、美濃攻めに5年、京までにはさらに7年の17年~18年でしょうか?」


「わしの見立ても15年以上じゃ。しかし長すぎるその時は齢40、京で天下の号令が出来てもそれでは天下には間に合わぬ」


信長はまずそうに酒を飲む


「では・・・どのように致しますか?」


菊は再度酌をし問いかけた


「10年で京まで行く。まずは信行だが・・・」


信長はまっすぐを見据えて言った


「柴田勝家をこちらに内通することに成功した。信行をおびき出し、暗殺する」


柴田勝家は鬼の柴田と言われるほどの猛将であり信行の筆頭家臣


それが寝返るとなると勝ちはグッと近くなるだろう


「それはおめでとうございます!でもよろしいのですか?実の弟を討たれると言う事は・・・」


「それも戦国のならいじゃ」


信長は菊の方を向いた


「あいつは天下の器ではない。戦況を見極められない者に価値は来ない」


「はい、その通りでございます。小姓として仕えよくわかりました。信長様こそまことの天下人の器。菊は信長様についてまいります」


これはお世辞ではない


信長だけではなく信長の家臣全員が信長が天下人になる事を疑わず働いている


事実、2年はかかる信行討伐がもう少しで終わりを迎える予定なのだから


「ふっ、まぁ見ておれ、その時はお前にも領地を与える」


「いえ、私は信長様のお傍にに入れたら十分でございます」


農民出の菊には今の暮らしでも十分幸せだった


それよりも見たいのはこの信長は菊が望んでいた戦のない世界に出来る器を持っていると言う自分の予想が間違ってはいなかったと言う事実である


「はんっ、良く言うわ・・・」


信長は美味しそうに酒をあおった


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それから2か月、信長は仮病で信行を呼び出し清州城で殺害


さらにそれから1年半と言う速さで尾張の支配権を確立した


その時永禄2年(1559年)


それから信長は尾張の地の内政に1年費やしていた


そして永禄3年(1560年)5月


菊に初めて信長の夜伽が命ぜられた


菊の年齢は15、信長の年齢は26


戸を閉められそこにあるのは布団のみ


女中に木の陰部を模した物を使って教えてもらったが生身の人は勿論初めてだ。


しかもあいてはあの信長様


菊は嫌でも緊張していた


その時襖の開く音がする


すぐに菊はひれ伏した


「待たせたな」


「いえ、本日はよろしくお願いいたします・・・」


菊は男に抱かれると言うのは今でも嫌な気持ちのが強い


しかし相手があの尊敬している信長様であると言う事


そんな人に必要とされたという事


菊には断る理由がなかった


「では始めるか」


信長の手が菊の装束を脱がしていく


ゆっくり露わになっていく肌


知らず知らずのうちに菊の呼吸が荒くなっていく


「・・・・はぁ・・はぁ・・・・・」


「緊張しているのか?」


「申し訳ございません・・・」


「構わぬ、綺麗な肌じゃ」


気付いたら菊の体には何もまとっていない状況になっていた


「ゆっくりならしていこう」


信長がゆっくりと唇を菊に近づける


菊は目を閉じた


あと数ミリ・・・


信長の吐息が菊にかかったその時




「御屋形様、一大事でございます!!!」




周辺国を見回っていた足軽が大声で部屋の前に来た


「「・・・・」」


二人は止まった


あと数ミリで接吻をしていたのに・・・


それなのに・・・


信長は明らかに不機嫌だった


あぁ・・・足軽の人、切腹だなと菊は考えていると


「・・・なんじゃ?・・・」


予想道理かなりの不機嫌である


菊は信長の衣を整え、自分も羽織をはおった


「申し上げます!!」


足軽はそんな意を知ってか知らずか大きな声で言った


「今川義元が尾張に侵攻を始めました!!」


菊と信長は冷や汗をかいた


今川と言えば松平家を分国に取り入れ駿河・近江・三河の3国を領土にする大大名である


足軽の報告によると兵の数は約4万


それに比べこちらは尾張の1国で兵は全員集めても5000にも満たない


どう考えても勝ち目はなかった


「猿、報告ご苦労。犬千代、家臣を全員集めるように伝えよ!!」


「はっ、かしこまりました!」


部屋のそばで待機していた犬千代はすぐ家臣を呼びに行った


「菊、またの機会じゃ。今度の戦は少し苦戦するやもしれん。」


「かしこまりました。どこまでもお供します」


「良く言った、お前も家臣と集まれ」


「はい、かしこまりました」


布団の上で菊は信長が見えなくなるまでひれ伏した


信長が見えなくなって顔をあげた時、庭で菊よりも小さくなってひれ伏していた者がいた


先ほどの足軽である


菊は声をかける必要はなかったのだが信長に猿と言われたその足軽が妙に気になった


まず身長が低い。色も黒く目が大きく、本当に猿みたいだ


しかもよくよく見ると右手の指が6本ある


「貴方、下手すれば殺されてたかもしれませんよ?」


ひれ伏していた足軽は体をびくっとさせながら菊の言葉を返していく


「これは村井様の養子で御屋形様の小姓様であらせられる菊様と見受けられます。取り込み中申し訳ございませんでした・・・。小さい声で報告すれば御屋形様の不興を買い確実に殺されていたと思います。ですのであえて大声で本当に緊急である事をお伝えできればと・・・」


余程、信長を崇拝しているのであろう


そしてこの者は足軽ながら信長の性格だけではなく小姓の私の事までも良く知っている


菊は少し驚いた


「貴方、お名前は?」


「拙者、木下藤吉郎と申します・・・農民の出故、不敬がございましたらお許しください」


農民の出と語る足軽にとても親近感を覚える菊


しかも彼は容姿などではなく才覚のみで足軽になった


少し尊敬すらしていた


「私も農民の出です。藤吉郎殿、是非ともさらなる出世をされ一緒に織田家を盛り立てましょう」


そう言ってひれ伏す藤吉郎の手を取る菊


「はっ!ありがたきお言葉!!この藤吉郎、粉骨砕身励みまする!!」


そう言ってさらに縮こまる藤吉郎


そして藤吉郎は足軽として部隊に戻り、菊は着物を着こみ家臣の集まりへと向かった


この木下藤吉郎がのちの豊臣秀吉、天下人になる人だという事を知る者は勿論いなかった

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