第2話 小姓

菊は様々な教養を身に着けた


武士のマナーや身だしなみ、しゃべり方、化粧、武術(わずかな期間なので信長様に身を挺して矢避けになるくらいだが)など・・・


格好はおなごそのまま


貞勝からもらった刀はおなごが持つには大きいため部屋に飾り短剣を懐に入れていた


どこからどう見てもおなごである


ただ男性とのまぐわいは信長様を初めにしないといけないらしく夜伽の練習はまだなかった


そういう日を経て養子になって3か月経ち、冬になり初めて信長と面会する事になった


貞勝と面会の間にてまつ菊の斜め前に貞勝が上座に向かって座っており、後ろにいる菊に向かって小さい声で言った


「よいか、信長様は気が短い。質問にははっきり答えなさい」


菊は養子になって気付いたことがある


それは貞勝は武士の中でも他の者から恐れられる威厳があるという事


その貞勝が恐れる信長様はどれだけ恐ろしいのか、その信長様に抱かれるなんて命がなくなりはしないか


菊は恐怖にかられた


その時、上座の襖がひらいた


その瞬間貞勝と菊は頭を下げ待つ


少しばかりの間上座で音が続くのが聞こえ、貞勝より少し声は高いが威厳は貞勝にも負けない、いやそれ以上の声が聞こえた


「貞勝、よく来た。面をあげよ」


貞勝は頭をあげた


「はっ。信長様におかれましては・・・」


「その様な長い挨拶は良い。要件を言え」


「はっ。本日はかねてよりお願いの儀としてお伝えしていた我がせがれを信長様の小姓にしていただきたいと思いお連れいたしました」


その瞬間信長の横側で待機していた小姓が菊を見る


信長も菊を一瞥し


「せがれだと?おなごに見えるが」


「おなごは戦場には連れていけませぬ。信長様が身分の低いおなごを抱く等はその者が間者だった場合など危のうございます。故にこの貞勝、せがれの菊がおのこでありながらおなごにしか見えませんでしたので小姓にしていただけたらと・・・」


その時、信長の横側にいた小姓が声を荒げた


「無礼者!!信長様がお選びになった私を差し置いてそやつが殿の夜のお相手など出来るわけなかろう」


菊は内心ほっとした・・・抱かれるとしてもだいぶん先であろうと


「貞勝、説明いたせ」


「はっ、信長様はいずれ尾張を統一し天下を望める器でございます。その信長様に抱かれた小姓は皆、自分が一番だと争いになるやもしれません。そこでおなごにしか見えないせがれを寵愛していただけましたら他の小姓も納得できるかと思います。」


信長は少し考えているようだ


そして・・・


「貞勝のせがれ、面をあげ名を名乗れ」


菊はゆっくり顔をあげた


目の前には白と赤の衣をまとった男性がいた


見た目は養父の貞勝の方がいかつい


だがそのあふれだす威厳は貞勝以上のものがあった


「はっ。お初に御意を得ます。村井貞勝の子、菊でございます。」


「まことにおなごにしか見えぬな」


信長はニヤリとした


「菊よ、このわしの小姓になる覚悟は出来ておるか?」


「はっ。この菊、信長様が築かれる天下を見とうございます。そのためには身を粉にして働く所存です」


「ふっ。うまいこと言いよるわ。よし分かった。貞勝の子はわしが小姓として引き取る」


「はっ。ありがたき幸せ」


そう言って貞勝は頭を下げた。それにならって同じく菊も頭を下げた


そして信長は菊の役割を命じた


「菊よ。わしの小姓には犬千代がおる。特に身の回りの世話は必要ない。そしておぬしはおなごの格好をしている故素早く動く事も困難であろう。よってわしの話し相手と犬千代を使うまでもない雑用をそなたがすることになる。良いな?それと声もおなごと変わらないのだからもっとおなごらしいしゃべり方をするよう」


「はっ・・・。はい、かしこまりました。」


「では早速だが冬もあり寒いのは当たり前だがこの間はちと寒すぎる。きっと奥の部屋で襖が開いているに違いない。菊よ、閉めてまいれ」


「はい。直ちに行ってまいります」


菊は立ち上がり自分の背にある部屋に入り襖を確認した


襖は開いておらずきっちりと閉まっていた


菊はそれを確認して信長が指摘されていたあたりの襖を開け音を立てながら閉めた


そして信長の前に戻り


「確認してまいりました」


と頭を下げた


「どの位、開いておった?」


「いえ、開いてはおりませんでした」


信長はそれを聞いて驚いた


「確かに襖が閉まる音がしたが?」


「信長様が襖が開いているとおっしゃられているのにしまっていたのが外にいる者の知られてしまいますといけません。故に一度開け、音を立てて閉める事で外の者に開いていたと思わせることにいたしました」


そう菊が言ったとき、信長の貞勝も小姓の犬千代も菊を驚いた表情で見つめた


信長が命じてからわずか10秒足らずにそこまで考え実行し納得できるように説明する


それは並大抵の者では出来る事ではなかった


信長は嬉しそうに


「はっはっはっ!良くやった、菊よ。これから存分にわしに仕えるが良い!」


「はい!お願い申し上げます!」


村井菊は信長の小姓になったのであった

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