妃の鳴らす鈴(きさきのならすスズ)

@Rena-T

第1話 武将

菊千代きくちよやーーーー!!、起きなさい、いつまで寝てるの!!!」


いつも聞きなれた母の声、少しでも機嫌を損ねると甲高い声を出す


そんな母の声で起きる毎日


「今日は稲刈りの日だから手伝うって約束でしょうが!!」


ほら、どんどん声が高くなってくる


「手伝うって言っても私が言っても何もする事無いでしょうが・・・」


農民の子にしては色白で腕も細く、顔も体格も声も女にしか見えない菊千代


そんな菊千代は稲刈りなんて重労働に行っても足手まといになるのは目に見えていた


「良いから行ってらっしゃい!!!!ちゃんとみんなの手伝いするのよ!!!」


そういって母は上半身だけ起こした菊千代の背中を叩く


「でも・・・はぁ・・・まぁいいや、行ってきます」


農民が農作業をしないと言うのはありえない


そんな事をすれば村八分になるのは目に見えている


だが菊千代が村で暮らせているのは口のうまさ、頭の回転の良さがあった


しかし菊千代は今回はなぜか言い返すのをやめた


それは策があるからでも何でもない


たまには顔出すか、位の気持ちだった


それが国の歴史を変えるくらいの者になる前触れだとは母や村の者はもちろん、菊千代すら知る由もなかった


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菊千代が住んでいる場所は尾張、ここにはうつけの殿と言われている織田信長と優秀なその弟君の信行が先代の殿である信秀の死してから争いを繰り広げていた


義理の父、斎藤道三が子の斎藤義龍の謀反により打ち取られた時に駆け付けたものの間に合わなかった事などが当主の器ではないと思われたのか今は信長より信行のが優勢の様だ


農民にとっては当主によって年貢も違う


また戦になれば真っ先に戦場になるのが田畑だ


農民にとっては全く迷惑な兄弟喧嘩だ


「今、日の本は争いが絶えない。だけどそれをまとめる器もいない。しばらくは世界で争いがなくなることは無いだろうな」


菊千代は目の前の稲を見てそう考える


せっかく作っても焼かれては意味がない


作っても年貢で持っていかれる


なのに武士には頭を下げないといけない


そんな世界に嫌気がしていたのだ



作らなくても米を食べれる階級がある


必死に作っても汚い格好で今日生きていくのに必死な階級がある


これをなんとか変えることが出来ないだろうか


菊千代は鎌で稲穂を切りながら思いを馳せさせていた


すると-----


「菊千代、お武家様が来られた、頭を下げなさい!」


父がそう言う


振り返るとそこには馬に乗り立派な衣を着た武士がいた


稲刈りの状況を確認しに来たようだ


菊千代は慌ててひれ伏す


「はは、よいよい!おなごまで手伝っておるのか、偉いな!」


武士は低い声ながらも温和と感じさせる声で菊千代にそう話しかけてきた


父はさらに恐縮したように


「いいえ、この子はおなごに見えますが私のせがれでございます・・・。軟弱者ゆえとてもお恥ずかしいですがこの村の為にと働かせているのでございます・・・」


と武士に告げる


「何!?この物はおのこなのか?それは真か?」


驚く武士。


「その者、名は?」


「菊千代と申します」


武士と話すのは初めてだ


粗相をすればその場で殺されることもありうる


菊千代は短く、質問にだけ答える


「立て。良く姿を見せよ」


武士の声に先ほどの温和さはない


とても低く、農民からすれば恐怖すら感じる声だった


「は、はっ・・・」


恐ろしいが逆らうわけにはいかない


震えながら立つと父や村の者が最後の別れかの様な悲しい顔でこちらを見ている


どうする?切られかけたら逃げるか?


そんな事をしてもすぐ追いつかれるのは目に見えている


頭を下げたくない武士にひれ伏し、日の本を収める器の者はいないと思っていた武士に恐怖している菊千代


そんな武士よりもくだらない人生で終えてしまうのがむなしく感じた


半ばあきらめ半分に立って顔を武士に向ける菊千代


まじまじと女にしか見えない菊千代の顔を見てさらに驚く武士


「ほう・・・」


そう言って刀が収まった鞘に手をかける武士


あぁ終わった・・・


覚悟を決め目をつむる菊千代・・・さよなら・・・母さん・・・




「菊千代、この刀を授ける。私の養子になれ」



武士はそこにいる誰もが予想していなかった事を言った


「せ、せがれを・・・養子にございますか!?せがれは力もない軟弱者、とてもお武家様のお役に立つとは思いませんがよろしいのでしょうか・・・?」


父は完全にあたふたしている


「構わん、むしろ菊千代の様な者を探していた」


武士は父に向ってそう言う


「私の名は村井貞勝むらいさだかつという。では明日、迎えにまいる。家族も我が家臣になるがよい」


齢40前後であろうかその武士はそう言って帰ったのであった



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母は刀を持って帰って来た息子に腰を抜かした


何でも武家の養子になれと言われたらしい


旦那も武士として取り上げてくれるらしいのだが農民から武士になれる者はそう多くない


それを自分の息子が成し遂げてしまうなんて・・・


母は驚きと同時に不安を感じていた


この子は私たちの元から離れるのだろうか?


「菊千代、どうするの?」


「いくよ、私はこの農民が虐げられ《しいたげられ》続ける世を変えたい。母さんたちと楽しく暮らしたい」


「十分農民も楽しいじゃないか!なにも戦場に向かうお侍にならなくても・・・」


母の心配も菊千代は痛いほど理解していた。だが菊千代の意思は決まっていた


「戦場に行く侍になる訳じゃない。戦を終わらせる侍になるんだ」




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翌日、村井貞勝は約束通り迎えに来た


その日のうちに養子の儀を行い名を菊千代から村井菊むらいきくと改める事になった


そして、武士の子として髪をまげにしなければいけないが・・・


「お前は髷は結わなくてもよい」


貞勝は髷を結わせなかった。そしてなぜ、菊を養子にしたのかの理由を語りだした


「戦場におなごは居てはいけない。女性は不浄と言われており、出陣三日前には女性との性行為は禁止なのだ。出陣すれば御陣女郎(今でいう売春婦)もいるが一国の主がその様な者とまぐわいをするわけにもいかん。故に女にしか見えないそなたが信長様のお相手をするのだ。だから髷をゆう必要はない。名前も信長様が女と思えるように菊にする。」


菊は驚いた。


武将の世界は農民の菊が思ってたほど簡単ではないらしい


好き勝手にいい女とむさぼりあっている物だと思っていた


だが農民出の菊にとってはいくら殿とはいえ男に抱かれるのは辛い。


苦々しい顔をしていると


「まぁ信長様には他にも犬千代などのお相手がおる。最初はそばに仕えるだけだからそれまでに様々な経験をしなさい」


そして菊は農民から一人の武士になり、戦国という乱世に足を踏み入れたのだった。

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