第十八話

 高校野球は冬の過ごし方で勝負が決まる。そう言っても過言ではないくらいに、冬場のトレーニングは重要視される。試合することが禁止される期間内で、どれほど自分を高められるか。年が明けたときにいかに技術とそれを支える体力を身に付けられているか。

 大橋高校でもその慣習に違わず厳しい練習が課せられるようになった。平日は授業を終えた後、2班にわかれてバッティングまたは守備練習とトレーニングを交代で行う。それらをこなすと、全員でのトレーニングを行い練習は終了。これが通常メニューだった。しかし、俺の場合は違った。監督に「この冬にイップスをある程度治さなかったらレギュラーはない」と言われた俺は、毎日トレーニングではない方のローテのときに投球練習を行うようになった。そうしたのはもちろん、辛いトレーニングのときに一人だけ別メニューなんてしていたら、さぼっているように見えることは明らかだったからだ。監督に教わった練習で、他のみんなが平日唯一の楽しみであるバッティングをしているなか、ひたすらボールを投げ続けた。多いときは一日400球近く。様々な投げ方で、ただ普通にボールを投げるという当たり前のゴールを目指して黙々と投げた。足りない練習は居残り練で補った。皆が思い思いの練習をするなか、俺は必死にバットを振った。ここでいつも通りに振っていたら追いつけない。最低限の質は確保しながら、とにかく数を振ることを意識した。

 休日は普段よりも鍛練要素が多めなアップをこなしたのちに、キャッチボール、ポジション別ノック、シートノック。お昼を挟んでティーバッティングとマシン、バッティングピッチャーを交えた打撃練習。この際、ティーでは普段使いよりも重量のあるバットを使用したり、連続ティーと言って、一箱(約100球)を休みなく打ち続けるなど、工夫された練習を繰り返す。マシンではバッティングピッチャーでは投げられない変化球やスピードのあるボールを打ち、人が投げるボールは緩急をつける。こうしたバッティングを何組かにわかれてローテーションで行う。

 そしてそれが終わるとケースバッティングに入る。これは試合形式で投手も本業の選手が入り、アウトカウントや走者などを使い、場面に応じたバッティングのシミュレーションをするのだ。ここでは監督が指示を出すこともあるし、自らが考えて状況を動かすこともある。俗に言う考える野球である。監督や自分が出したサインを失敗すると走らされるペナルティ付きだ。

 そしてそれらが終わるともう一度シートノック。ボールを使う最後の練習なのだが、このノックはポジションごとの全員が連続ノーミスで上がらなければ終わらない。

 やっとこ終わったかと思えば、最後はトレーニングだ。これは日によって異なるが、例外なくきつい。一番きつかったのは終わりの見えない素振りだ。監督がいいと言うまでバットを振り続ける。他のトレーニングはゴールが決まっているのでそこを目指せばいいのだが、こればっかりはどうしようもない。ここまでが、通常の練習内容だ。

 ここでも俺は守備練習のときだけは別メニューだった。チームメイトが普通にできることのために練習している自分がバカらしくなったときもある。しかし、そんなときは何も考えないようにした。考え出したら泥沼にはまってしまいそうだった。

 そしてそんな週末を終えるともう月曜日。最初の頃はとにかく家に帰りつくので必死だった。たどり着いた安心感からか、玄関で寝落ちしたことさえある。我ながらよく生きてると思う。野球をやるために高校へ行っているのならいざ知らず、無駄に進学校を名乗ろうとしている学校のせいで、課題もあれば補習(全員参加)もある。本当に頭にいい高校はそんなことはしないだろう。勉強と部活。どちらもやらなければならないことに追われていた。いや、このときはまだ自分の目指すべき場所を定めて、それを追っていた。それは今までにないくらいに楽しい時間だったのかもしれない。あるいは目標に向けて努力をする自分に酔っているだけだったのかもしれない。いずれにしても、きついことに変わりはなかったが。

 そんな日々が年明けまで続いた。

 

 

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