第十七話

 初めての夏の大会が終わり、三年生が引退してからは、学校が夏休みに入ることもあり、練習時間がぐっと伸びた。

 練習試合は基本的に県外の高校へ遠征に行くことが多かったが、遠征に行けるのは試合に出る可能性のあるAチームの選手のみ。

 夏の大会では代走要員としてベンチ入りした俺だが、未だにイップスというハンデを抱えていたことに加え、打撃でもそれほどの期待をされていなかったために、最初は遠征に帯同することすらできなかった。

 一年生からは千田ともう一人、打撃も守備もマルチに能力が高い大野という男が常に選ばれていた。

 居残り組であるBチームは顧問の管理のもと、学校で練習か、もしくは他校のBチームと練習試合をすることが多かった。

 三年生が引退してから二年生はレギュラーをとるために必死の形相を見せていた。通常の練習を終えたあとに、居残り練習として、各自に足りない技術や体力を補うメニューを自主的に組んでいた。

 それは千田や大野にも言えることだった。先輩に混じって自らを高めんと努力する。負けず嫌いの俺ではあったが、二人のそんな姿に、初めてといっていいほど、憧憬の念を抱いた。自分もああなりたい。あんな風に努力して、いずれ一軍で試合に出たい。

 中学までも努力をしてこなかったわけではない。けれど、試合に出られていたのは運によるところが大きかった。ここでは運だけでは通用しない。

 彼らの努力とそれに裏打ちされた能力を目の当たりにして、俺は憧れだけでは終わらせないことを心に決めた。

 その日から俺は積極的に居残り練をするようになった。新人戦までさほど時間もないことを考慮して、まずはバッティングに力を入れることにした。残っている一年生などほとんどいないなか、千田や大野は俺がやる気を出したことを歓迎してくれていたように思う。

 彼らにしても自分たちの代で勝ちたいと考えているだろうから、同級生が奮起することが嬉しかったのかもしれない。

 俺はとにかく千田や大野に追い付きたい一心でバットを振り続けた。負けたくないという思いはいつからか、こいつらに自分を認めさせたいという情念に変わり、その気持ちだけが俺にバットを振らせた。

 その結果は徐々に現れる。夏休みの終わりごろにはBチームでのプレーが評価され、初めてAチームに選ばれた。

 なかなか試合に出る機会はなかったものの、たまに代打で出たときなどは、一つ上の、しかも一軍のピッチャーと対戦できることが、闘争心を掻き立てた。

 いきなりヒットなど打てるわけもなく、凡退の連続だったが、そのことがまた練習のモチベーションにつながった。

 そして11月に行われた新人戦。

 1番センターとして出場したその試合は3打数1安打と可もなく不可もなくという結果だった。試合はまたも一点差で敗北を喫した。しかし、夏の大会の一点差と今回のそれとはもつ意味が大きく違った。試合内容がひどかった。

 まずバッティング。普段から練習不足でチャンスで一本など出ない。5回くらいから監督もランナーが出れば、バント、バント、スクイズで点を取りにいくようになった。

 バントはほとんど決まった。ではなぜ負けたのか。取った以上に点をとられたからだ。

 ストライクがとれない投手。普通のゴロを処理できない内野。ボールの追い方が悪く、単打を長打にしてしまう外野。全てが噛み合っていなかった。

 特に何かを感じる暇もなく、ベンチを引き上げる面々。

 そして、それは試合後のミーティングで起きた。


「お前ら、悔しくないのか!」


 俺たちは驚きと共に声の主を振り返った。千田だった。

「試合が終わってから涙を流すやつもいなければ、悔しがるそぶりを見せるやつもいない。こんなチームで来年やっていけると思ってるのか? 俺は無理だと思う。俺は悔しい。試合に負けたことも、お前らが本気でこのチームに向き合っていないことも」

 うなだれる一年生たち。そのときそれぞれが何を考えていたかはわからない。だが、俺は自分がそれほどの悔しさを感じていなかったことに少なからず驚き、腹が立っていた。あれほど試合の勝敗にこだわっていた俺が。負けると練習試合でも悔し涙を流していた俺が。大会で負けたのに、それほど悔しく感じていない? そのときはまだ、己の心理状態を正しく把握できていなかった。

 いずれにせよ千田が本気で怒鳴ったのを見たのは後にも先にもこのときだけだ。 

 その言葉にどれほどの効果があったのかはわからない。しかし、冬に入る前に居残り練習をする一年生の数は明らかに増えた。 

 そして、学校のいちょうの葉が落ち始めた頃、高校に来てから初めての冬が始まった。


 

 

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