第二話

 翌日。

 花城さんとうちで待ち合わせた後、彼女に来てほしいところがあると、自転車で町外れを走っていた。

 このあたりは自治体による土地開発の対象地区になっており、今まさに建設中のモデルハウスと田んぼや畑などが共存している。

 そんな郊外の一角、俺もよく見慣れた風景で前を走っていた花城さんは自転車をとめた。

 「ここです」

 そういって指し示したのは細長い小屋のような建物に覆い被さるようにしてネットがかけられた、一見ゴルフの打ちっぱなしにも見えるが……。

 「……バッティングセンター?」

 それもかなり古い。

 所々寂れた建物の標榜と目の前でじっと俺を見上げる花城さんとはどうにも不釣り合いというか……。

 怪訝そうな様子を見てとったのか花城さんは恐る恐るといった感じで口を開く。

 「……すいません。いきなりこんなところに連れてきてしまって」

 「いや、それはいいんだけど……。来てほしいって、ここのこと?」

 「はい……」

 ますますわからない。

 理由を聞こうとすると花城さんは、

 「とりあえず来てみてもらえますか?」

 「うん……」

 どこか切羽詰まっているような様子にも見受けられ、思わず頷いてしまう。

 とことこと建物の方へと歩いていき入り口とおぼしきドアを開けると、 

 「……ただいま、お母さん」

 入ってすぐ横にあった受付にいる女性にそう挨拶をした。

 「えっ……?」

 驚いた。

 醸し出す雰囲気からもっといいとこのお嬢さんだと思っていたのはどうやら勘違いだったようだ。

 そしてもうひとつ驚くべきことは……。

 「あらあら、まあ。あなたは……」

 「どうも。お久しぶりです」

 花城さんの母親とおぼしき女性一一それにしては随分と若々しいのだが一一は、俺の顔見知りだったのだ。

 「いつ以来かしら? ぱったりと来なくなって」

 「はあ、すいません。いろいろと忙しくて」

 花城さんがここで自転車を降りたところで少し思うところはあったのだが、思い詰めたような横顔を見ていると混乱させまいとした。

 が、それが裏目に出てしまったようで、花城さんは目を白黒させている。

 「お母さんと新川さんってお知り合いだったんですか……?」

 「あっ、ああ。まあね。中学くらいまで親父につれられてよく来てたんだ」

 「そうだったんですか……」

 「そ。だから内心びっくりしたよ。花城さんがここに連れてきたいって言ってたから」

 「おどろかせてしまって申し訳ありません……」

 ぴょこんと頭を下げる様子は素直な小学生そのものだ。

 その後ろの窓口のようになっている受付から俺たちのやり取りをにこにこしてながら見ているお母さん。

 その何のしがらみもなさそうな笑顔から目を逸らすようにしてあたりを見回した。

 昔、よく来ていた。

 なんとなくそう口にしてしまっていたけれど、言葉以上にここには様々な思い出がつまっている。

 普段から感傷に浸るというほどのものではないけど、いざ来てみると記憶の片隅に追いやったと思っていた欠片が元に戻ろうとしているような不思議な感覚に陥った。

 「……変わりませんね、ここは」

 それは変わってしまった自分を嘲笑する意味も含まれていたと思う。

 嫌味な自分に嫌気が差しながらも、口を開かずにはいられなかった。

 そんな俺にも花城さんのお母さんは、優しく笑いかけながらこう言った。

 「ここもねぇ。変わらなくちゃいけなかったんだけど……」

 喉のところにひっかかるような言い方に俺は思わず顔を上げる。

 「変わらなくちゃって……どういうことですか?」

 お母さんは逡巡した様子だったが、俺と自分の娘を交互に見てやがてなにかを諦めたようにすっとその場を立つ。

 「ちょっとこっちに来てもらえるかしら」

 冬を終えてようやく暖かくなってきた今日だが、この場所だけ、ひんやりとした湿った空気が流れているように感じられた。

 

 

 

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