第148話 雇用 15

店へと帰ったくると、目の前の光景が信じられなかった。ギルドからほとんど離れてないため、ギルドから出た瞬間にはこの光景が目に入ってきた。


目の前にはものすごい人が列を成していたのだ。しかもその先頭は僕の店という状況なのだ。信じられるわけがなかった。


あずさが来てから店が開いているのは、まだ1回しか見ていなかった。それに僕がやっていた時でもこんなに人が来ることはなかった。


僕は、その光景を呆然と眺めていたが、我に返り店へと急いだ。こんな光景は初めて見るためあずさが心配になったのだ。


僕は、「すみません」と言いながら、列を掻き分け店の中へと割り込んだ。僕はなんとか店の中へと入ることはできた。


僕があずさに声かけようとしたが、その途中で後ろから誰かに引っ張られてしまい、声はかけられなかった。


急に引っ張られたため、体勢を崩し、転びそうになってしまった。


僕は、引っ張った奴に一言言うため、振り返った。引っ張った奴を確認すると何故かものすごく怒っている雰囲気の男だった。


「おい、貴様、何割り込みなんかしてんだ?」


「はあ?」


割り込みなんてするわけない。僕は、男の言っていることが意味がわからなかった。というか、僕は自分の店に帰って来ただけだ。入り口がここにしかないため、ここから入っただけだ。なんで、そんなに怒っているのかがわからなかった。


「き、貴様!はあ?じゃねぇ!他の奴らが列を作って並んでいるんだ!店に入りたきゃ後ろに並べ!」


そこで、なんとなくこの男の怒りの原因がわかった。つまり、この男は僕がこの店へ来た客だと思っているわけだ。


そのことがわかった僕は、面倒事を避けるため、客じゃないことを伝えることにした。


「いや、僕は——」


「またマナーの悪いお客様ですか——って、零さんじゃないですか。おかえりなさい。用事は済んだんですか?」


と、僕が名乗ろうとしたら、あずさに割り込まれてしまい名乗ることができなかった。


「ああ、用事が済んだから、店に無理やり入ったらこんな状態ですよ。なんで店に入るだけでこんな扱いを受けるんだ」


「それは、零さんがお客様に見えたってことですよ」


「え?どういうこと?」


僕らが呑気に話をしていると、さっきまで突っかかってきた男がそんなことを聞いてきた。


「あ、すいません。そう言えば、わからないですよね。この人はこの店の店長さんです」


僕はこれで誤解も解けて、店の奥に行けるなと思った。しかし、状況はもっと悪化した。


「ほう、貴様がこの店の店長か?」


と、男はさっきよりも怒っているようだった。


「ああ、そうだが」


僕はなんの躊躇もなく、肯定した。


「つまり、貴様があずさちゃんに仕事を強要してる奴かぁぁぁ!」


そう言うなり、その男は僕に掴みかかってきた。


僕は急な反応ができず、そのまま押し倒されてしまった。


「貴様!こんな小さい子供に仕事なんて強要して、それでも大人か!」


「まだ未成年なんで、大人ではないですね」


「そんなこと聞いてないわ!少なくとも貴様より、年下の女の子に仕事を強要していい理由にはならねぇよ!」


うん、段々と男の言っていることが意味わからなくなってきた。まあ、理解はできるけどね。僕だって、あまりあずさを働かせたくないと思っている。本人が全然言う事を聞いてはくれないのでどうすることもできないけどね。


「ああ、確かにそう——」


「ふざけないで!」


僕がその男の言葉に肯定しようとしたら、またしてあずさに割り込まれてしまった。


「あなたには私が無理やりやらされているように見えるんですか!そんな勝手な判断で、零さんを責めないでください!マナーの悪いお客様を注意するのは嬉しいです。けど、あなたはずっとそこで見ているだけでポーションを買ってすらくれないじゃないですか!はっきり言って邪魔です!」


あずさの言葉が刺さったのか、その男はものすごく落ち込んでいた。男は僕の上からのろのろと立ち上がり、ゆっくりとした足取りで入り口の方に向かった。入り口のところでこちらに振り返り、言った。


「ご迷惑をかけました」


そう言うと男は店から出て行った。


僕は今の光景をポカーンとしながら眺めていることしかできなかった。


男が出て行ってから少しした後、あずさがいち早く我に返った。


「え、えーと、ごめんなさい!」


あずさは恥ずかしそうにしながら、ここにいる全員に謝った。


あずさが謝ると、それが合図となったのか、周りから拍手が起こった。


「え?え?」


あずさはなんでそんな対応をされるのか、わからなかったのか、戸惑っていた。


周りの人たちからは、「よく言った」とか「確かにいろいろ仕切っていて邪魔だったよな」とか「ロリコン死すべし」とかあずさを褒める内容のものだった。


しかし、それと同時に「店長さん、もっとしっかりしろよ」とか「そんな小さい子に任せっきりにすなよ」とか、僕を責めるような内容も含まれていた。でもそれは、僕自身理解していることだった。


僕も見世物になったみたいで恥ずかしくなった。僕は、急いで立ち上がり店の奥の方へと向かった。


あずさも僕の後に着いてきた。


「零さん!こんなことになってしまいごめんなさい!」


「いや、別に良いよ。元は僕が原因みたいだし」


「いえ、零さんは悪くありません!あの男が全部悪いんですから」


「あ、うん、そうだね」


僕は今のあずさに強く言うことはできなかった。


僕は、なんか疲れてしまったので、このままログアウトしようと思った。あずさを手伝いたいけど、今はやりたくない。


「あ、零さん、待ってください」


「ん?なんだ?」


「その、疲れているみたいですが、できればポーションの在庫を追加しておいてもらえると助かるんですけど」


「あ、うん、それくらいならやっておくよ」


「ありがとうございます!」


そう言うと、あずさは、店の方に戻って行った。


それから、僕は、ポーションをできるだけ多く補充して、ログアウトした。


絶対にあずさを怒らせないようにしようとこの時心に決めた。

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