*番外編*溺愛レッスン注意報

 さ、帰ろう! と思った矢先、教室入り口で、呼びとめられた。


「佐藤ー、今度のおまえ限定スペシャル二者面談のことなんだけどー」

「あっ、そのことなんですけど、三者面談でよろしくでっす☆」

「はいよー」


 ニヤニヤ顔で、出席簿にメモる担任。


「……って、はぁっ!?」


 すっとんきょうな間抜け声に、今度はあたしがしてやったり。

 驚くのはこれからだよ、セーンセ?




  *  *  *




 お母さんはお空の星になりました。

 オトーサン? ナニソレおいしいの?

 とまぁ、こんな感じで通してきたもんで、予想外だったんだろう。

 まさか保護者が来るなんて!


「初めまして。幸さんの親戚に当たります、月森 雪と申します」

「こ、これはご丁寧に……」

「あのう、何か?」

「失礼ですが、月森さんはおいくつで……?」

「26歳になります。公務員をさせて頂いています」


 ニ、ジュウ、ロク、サイ、

 コウ、ム、イン……。


 声こそあらねど、魚のように口をパクパクさせる担任のアホ面といったら。


(一気に老け込んだ。驚きすぎでしょ)


 かたや、規格外に若々しいオーラを放つあたし推薦保護者、雪。

 パリッと着こな……せてないスーツがちぐはぐなのは、その辺のフレッシュマンより更にフレッシュだからだ。

 ここまで来るともうミラクル。


 ……あんびりーばぼぅ。


 向かいのあたしにしか聞こえない程度のつぶやきに、いつもの発音は見る影もなく。

 そんなことを知ってか知らずか、雪は実にイキイキとした笑顔で担任に話しかける。


「幸さんとは、昔から仲良くさせてもらっていまして」


 仲良いよー、最近知り合ったけどね。


「今回お話を聞いたときは、本当に嬉しくて。ぜひ預からせてくださいと、ぼくからお願いしたくらいなんですよ」


 そうそう、〝ください〟ってね。

 帰す気サラサラない感じでね。


「志望大学も自宅から近いですし、弟が現役大学生ですので、試験日までに勉強面でもお手伝いできると思います」


 にこっ!


 対話力と笑顔の威力で、雪の右に出る者はいない。


「そうデスカ……それは安心だネ、佐藤サン」


 引きつりまくっている笑顔に、にこぉっと大サービス。

 はぅっ……! と隣から何か聞こえた気がしなくもないが。


「あたし、雪くんちで頑張りまぁす♡」


 その一言で、サァッと青くなる担任の顔色。


 頑張る……まさか、佐藤が……。


 そんなうわ言が聞こえてきそうなくらい、最初から最後まで優勢だった勝負。

 3年間の激闘は、あたしの圧勝で幕を閉じたのだった。




  *  *  *




 2月。仮卒に入り、最初の金曜日。

 明々と両目を光らせる車群から、ガードレール1枚挟んだ舗道を、雪と並び歩く。


「ふぁ~、緊張したぁ!」

「どの口が言うか」

「だって学校とか久々で!」


 両手を組み、伸びをしたふにゃふにゃ顔。

 スーツに合わせた紺のトレンチコートが、違和感ハンパない。服に着られてる。

 そんな雪もかわいいよ、なんて思うあたしは、不治の病か。


「ねぇ幸ちゃん、ぼくちゃんと保護者できてた?」

「おー、バッチリさー」


 少なくとも、担任をパニックによる精神的ダメージで弱らせるくらいには。

 おかげでいいもん見れた。でかした雪。


「あとはサクッと入試パスするだけだね。今に見てな担任、あたしが本気出せばすごいってこと、思い知らせてやるわ」

「ファイトだ幸ちゃん!」

「てなわけで帰って数学教えてもらお、楓に」

「国語は? 古文・漢文・現代文なんでもごされですよっ! 故事成語とか、成り立ちから読み聞かせちゃう!」

「また今度でいっかなー」

「なんでー! 昨日は化学教えてもらってたじゃない! ぼくも幸ちゃんの先生しーたーいー!」

「さ、夕飯作って楓の胃袋掴んどくか!」


 面白がって駆け出した次の瞬間、グッと身体が巻き戻る。

 おっと、手足が動かないぞ。

 後ろから首をホールドされて、なんて言うんだっけこれ。

 ……あすなろ抱き?


「雪さんよ……いくらハグのスペシャリストだからって、道端でこれはやめようや」

「……幸ちゃんが恥ずかしがらなかったら、お仕置きになりませーん」


 グリグリと、首筋に押し付けられる、墨色のふわ毛。

 半音低い声音で、あ、マジでスネてんなと悟った。


「あんまりイジワルが過ぎると、イジワル返ししますよ」


 言い方はかわいいけど、〝イタズラ〟〝イジワル〟……雪のそれに、何度コテンパンにされてきたことか。

 今さら気づいても、手遅れ?


「土下座してもいいですか」

「却下です」


 手遅れでした。


「女の子に土下座させるほど、人でなしじゃないよ。……だけど」


 ゆるむ腕。

 解放された身体。

 こわごわと振り返れば、元気な街灯が、風船みたいなふくれっ面を照らし出す。


「今日の夜は、ぼくの部屋に来てください」


 ……なんてこった。

 ほんの出来心が、身の破滅に繋がるなんて。

 これが保護者?

 とんでもない。でしたらヤキモチなんて妬きません。

 ヤキモチ……も、ちょっと違うか。


「……んっ……!」


 頬に手を添えられ、固まったあたしに、しっとりと吸い付くようなキスを落として。

 後はお楽しみとばかりに細められる、チョコレート色の瞳。


「優しくする分、ぼくしつこいからね?」


 あたしの目の前にいるのは、一人前に嫉妬した、歳上の彼氏。

 いつ眠れるかな、なんて考えて、頭が痛くなってきちゃった。

 ……明日、土曜じゃん。

 ふんふんと鼻歌を歌い始めた雪に手を引かれ、そっとため息を漏らす。

 本気を出したきみにかかれば、あたしなんて、よちよち歩きの赤ん坊なんです。

 なんて言ったら、尚更ドロッドロに甘やかされるだけなんだろうなぁ。

 つまりはあたしの不戦敗。

 ……はてさて。雪大先生の初授業は、どうなることやら。

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