*番外編*初愛は焦がしキャラメル
定時制高校の夜間部は、PM8:00に授業開始のチャイムが鳴る。
それから4コマ分の時間割を消化するとなると、日付をまたぐことは必至。だから俺の出番なんだ。
「お帰りなさいませ、お師匠様!」
「……うむ、苦しゅうないぞ」
冷え込む夜半、敬愛するお師匠様が不届き者に襲われないよう、お供する。それが俺の日課であり、使命だ。
今日もいつものように、お師匠様ことユキさんを自宅近くの公園まで送り届けて、ハイ、お役御免! ――なはずだった。
0:30を回った夜の街。
途中、駅近くの自販機で、ユキさんがあったかいキャラメルマキアートを2つ買った。そのうちの1つを「ん」と俺によこす。
「くそ寒い中、あたしを待ってるドMやろ……忠犬に褒美だ」
「ユキさんかっけぇ。一生ついて行きます。俺人間だけど」
ハイハイ、と適当にあしらわれるのも、いつものこと。きっと耳はちくわ状態。あぁ、今夜も夜風が冷たいなぁ……。
なんて落ち込んでも、ちびちび缶を傾けているユキさんに気づいた瞬間、ウソみたいにポカポカするんだ。
猫舌なんだ――
一度思ってしまえば、さぁ手遅れ。
丸みを帯びた三角の耳だとか、長くて細いしっぽだとかが補正されてニヤける俺。変態だな。いや、ユキさんに関しては、何事も向上心をもって臨みたい。
ユキさんはというと、ふわぁ……と眠たそうだ。昼間はバイトして、夜は学校行ってるんだもんな……頑張りやさんだ。
珍しく清純な心で見守っていたのに、目じりをこするユキさんを目の当たりにしたら、だよ。ヤバイ、マジで猫にしか見えなくなってきた。
高い高いしたい。のどゴロゴロしたい。ぎゅって抱いて朝まで添い寝したい。そんなこと言ったら蔑みの目で引かれるな。やめとこう、うん。
この間0.3秒。俺の理性メーターは今日も好調のようだ。
そうして男前でかわいいユキさんが唐突に声を上げたのは、俺が明後日の方向を見上げ、どーでもいいもうs……空想を巡らせていたときのこと。
「焦がしキャラメル」
「はいっ、何がでしょうか、お師匠様」
「おまえのことだバカ弟子」
ユキさんは、肩をちょっと越す長さの髪を、ほっそい人差し指に巻きつけている。
ふいの女の子らしさに、ドキッと心臓が跳ねた。
「あたしの髪と同じ系統色なんだよね。キャラメルよりちょっと深みがあるから、焦がしキャラメル」
黒目がちの瞳を向けられて、バクッと心臓が暴れ出した。
……もしかしなくても、それって、俺の髪のこと。
「……ははっ!」
「気持ち悪いぞ楓……」
「引かないで!!」
嫌いだったおふくろ譲りの髪でさ、ろくな思い出ありゃしなかったのに、だよ。きみが言うってだけで、とたん誇りにすら感じちゃうんだ。
そんくらい、俺は単純で。
「……好きなんだなぁ」
「ん?」
「キャラメルマキアートおいしいね!」
「開けてもないヤツが、よく言うわ」
「ユキさんが選んだやつは全部サイコー!」
「さーて、帰りますかね」
空き缶を自販機横のゴミ箱にポイ。
カコン、と気持ちのいい音を確認して、ユキさんはスタスタ歩き始める。
「ちょっ、俺まだ飲んでないんすけど!」
「歩きながら飲め! そしてむせてしまえ!」
「拒否します! ユキさんからもらったものを、1滴たりとも無駄にしたくないので!」
「キサマを待っているいとまはないわ! 我は寒いのじゃ!」
「え、じゃあ手ぇ繋ご? 俺、体温の高さには自信あるよ! はいっ!」
「ひゃああこっち来んなぁ! バカ弟子の分際でぇええ!!」
「まさかの全面拒絶!? 待ってよお師匠様ぁあああ!!」
ひらひら揺れる桃色マフラーへ、手を伸ばす。
ふれそうでふれない、そんな毎日。
本気出したら、そりゃ追い付く。
抱き締めて、ちょっと力入れたら、振りほどかせないことだってできる。
けど簡単に決着がつくのは、面白くないだろ?
俺は、まだまだいっぱい、ユキさんとこんな風に笑ってたいんだ。
……今は、〝今〟が壊れるのが、怖い。
それでもいつかきっと、伝えるよ。
俺を助けてくれたきみに。
俺が初めて、ハグしたい、キスしたい、全部欲しいと思ったきみに。
愛してる。
俺にきみを、愛させて。
大好きなんか軽々飛び越えて、愛してるきみを、トロットロに甘やかしたいなぁ。砂糖菓子なんて、目じゃないくらいにさ。
そのときまでは、おっしゃる通り、焦がしキャラメルでおりましょう、なんてね!
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