*44*エピローグ
ふわふわ、と。まるで、浮いているような心地よさ。
「幸ちゃーん、朝ですよー」
やわらかな声音。するすると髪を梳く指。
目覚めるどころか、むしろ眠りに落ちそうなまどろみの中。
「……いたずらしますよ?」
働かない頭で、言葉の意味を理解するより早く。
――ちゅっ。
パチリと目が覚めれば、視点を合わせるまでもない。
ほぼゼロ距離であたしを映し出す、チョコレート色。
「まだぼんやりしてる。かわいい」
「……っん……」
ふにゃあっとゆるんだ笑みに、要注意。……そんなこと、すっかり忘れてた。
寝起きをいいことに、好き放題落とされるキス。
甚大なる被害を受けたのは、一度や二度じゃないっていうのに。
「んっ……んん~っ!」
「……ん、あれ、ほんとに起きちゃった?」
仕掛けてきたのはそっちのくせに、ふざけんなよ、残念そうな顔しやがって!
「……雪っ! どっから湧いたの!?」
ガバッと食い付くように起き上がる。
布団のそばに膝と手をつき、あたしをのぞき込んでいた雪は、ミルクティー色のダッフルコート姿。
「んー、普通に玄関から入ってきたよ?」
「鍵を渡した覚えはないが」
「かえくんに譲ってもらいました」
「……その存在を忘れてた」
高熱で寝込んだときに渡したもの。住人が忘れてたくらいだ、どうやって存在を聞き出したのか……。
いや、やめとこう。雪だからだ。それで全部まかり通る。
「で、朝っぱらから何の突撃なの?」
「お引っ越し作業、手伝おうと思って!」
「なんで雪がやる気満々なわけ」
「そりゃ張り切るよ。早く終わったら、早く幸ちゃんが来てくれるってことだもん」
「ヒマ人だねー……」
「お仕事はお休みだから安心して!」
「……ガチのヒマ人かよ」
低血圧なもんで、雪のテンションにはついて行けずじまいだけど。
「動くな」
「えっ……なにっ?」
おどおど身体を強張らせた雪の、ふわふわな黒髪。
やわらかいクセ毛に付いた雪化粧を払う。
「わ、どうりでひんやりすると思った」
「コート脱いで座ってな。朝ご飯作るから」
十中八九そうだろうと踏んだら、案の定図星だったようで。
「ぼくも手伝いますっ!」
はたと声を上げる姿は、変なところで下心がないと言うかなんと言うか。
「幸ちゃんはいいお嫁さんになるね。楽しみだなぁ」
……一言多いのはいつものことだが。
そんな雪に捕まってしまったのは、まぁ自業自得でもあるか。
当たり前のように陽が昇って、大切な人と、何気ない日々を送る。
当たり前のようで奇跡的な毎日を、呼吸しながら、進んでいく。
雪がそばで笑うから、あたしは幸せなの。
君色に染まって初めて、鮮やかになる世界。
これがそう。
ユキイロノセカイ。
【完】
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