*42*甘えてごらん?
「ね、今度はあたしに付き合って」
「幸ちゃんも、何か用事?」
「ちょっと時間かかるし……買い出しの前に済ませたほうがいいと思って……」
モゴモゴながら切り出して、ふたつ返事で了承を得た数時間後。
「わぁ……!」
どうやら、雪を喜ばせることになったようだ。
「初めて会ったときの幸ちゃんだ! 懐かしいなぁ……」
「地味じゃない?」
「ぜーんぜんっ! こっちの幸ちゃんもかわいいよ~!」
「ちょ、声大きい雪……店員さんこっち見てるから……!」
やってきたのは美容院。担任との約束もあったし、思い切って黒髪に染め直してみたわけだ。
けれども、やった先からかわいいかわいいと連呼されては、たまったもんじゃない。
微笑ましげな店員さんから逃げるように、雪の腕を引っ掴んで店を後にする。
「ねぇねぇ、どうして染め直そうと思ったの?」
「目ぇ輝かすなって……色々事情があるんだよ、高3は」
「ふむふむ……事情ねぇ……」
「……なによ」
「なーんでも? あ、ひとつだけ。幸ちゃんがあまりに愛しいので、ぎゅっとしてもいいですか?」
「よくないです、人前です!」
「あははっ、照れ屋さんだなぁ」
「あんたは恥じらいをどこに置いてきたの! もう幽霊じゃないんだよ!?」
ぎゃあぎゃあ喚くあたしの腕を捕まえ、雪はにっこり。
「オトナの余裕、引き出してみた」
「な……!」
「甘やかしたいんだよ。これ以上にないってくらいにね」
甘え上手で、甘やかし上手。
「ね、甘えてごらん?」
これが不意討ちってやつですか?
「うぅぅ~~~っ!」
うまいこと丸め込まれて、抵抗不可能。
白状しなきゃ、やられちゃう。
「……雪みたいに綺麗な黒髪じゃないけど、これが元のあたしなわけだし……」
「うん」
「……自分のやりたいこと、素直にやりたいなぁって思ってて」
「知ってる」
「……そのためには、今すっごい苦しいわけなんですけども」
「だから、ぼくがいるんでしょ?」
優しく抱き寄せられながら、ああ、敵わないなぁと観念する。
「たまには大人に、甘えてみなさい」
ポンポンと背中をさすられたなら、もう限界。
「雪、あたしね――」
* * *
初めて訪れたとき、実家暮らしにしては、ひとけがなさすぎると不思議だった。
今となっては、納得だけどね。
「ただいま……あれっ、ユキさん髪染めた? 黒髪もかわいいなー。てか和風美人!」
「……土に還れ」
「なんで!?」
「ふふっ、ありがとうだってー」
「意訳にも程があるぞ」
月森家に招かれた夜、楓の帰宅と共に、お祝い会はスタートする。
「ユキさんの手料理、だと……っ!?」
「ヒマ人だったしね」
「すごいよねぇ。誰かの手料理って、何年ぶりかなぁ」
「店で出してたのアレンジしただけ。あんまハードル上げないでよ」
きのこのクリームスープ、生ハムとアボカドのサラダに、モッツァレラチーズのオムライス。
デザートに、カシスソースのチョコレートケーキを用意して。
〝メイドさん手作り☆〟が最大のウリ。
だから、ホールに出ないメイドが実際に厨房に立つっていうのが、うちのスタンスで。
店以外で腕を振るうのなんて初めて。変に気恥ずかしくなり、話題を逸らす。
「せっかくなんだから呑めばいいのに。パーッとお祝いするんでしょ?」
「うーん、ぼくはお酒弱くて……」
「好んで呑もうとは思わないな」
「見た目裏切らんな、あんたら」
「それなら、幸ちゃんが淹れたカフェモカ、飲みたいです!」
「あ、俺も俺もっ!」
「聞こえとるわ。大人しく座っとれ、甘党共」
あたしがカフェモカ得意だったって、どこ情報だ。さては、楓のやろうが雪にチクリやがったな。
内心毒づくのは、照れ隠し。
手早く支度し、料理が冷めないうちに食卓を囲んで、いただきます。
「それじゃあ改めて。みんなおめでとう!」
「おめでとさんでーっす!」
「……おめでとう」
目の前の光景は、陽だまりの中へ放り込まれたみたいにまぶしくて、あたしにはまだ、むず痒い。
「この間といい今日といい、完璧に俺好みのふわとろ具合を熟知してるな、ユキさん」
「いやっ、たまたまです」
「うぅっ……オムライスって、こんなに感動するんだねっ……生きててよかったぁ~!」
「泣くな雪!」
……騒がしいのはいつものことだけど。
この風景が日常になるなら悪くないかも、なんてね。
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