*39*気になるお年頃なんです
「いやぁ、ビックリたまげましたー……」
ちょっとやそっとのことじゃ動じませんと、ドヤ顔をしていた笹原さん。
あたしと入れ替わりに一般病棟へ移った雪の担当となり、しばらく経った今もそう話す。
巻かれた舌が戻ることは、この先ないのかもしれない。
「兄さん保護してきました……!」
「幸ちゃんだ! いらっしゃ~い」
病室のドアがスライドし、部屋の主が戻ってきた。
ふにゃふにゃスマイルにペースを持って行かれそうになる。
が、事が事なので椅子に陣取り、腕組み、脚組みで迎えてやる。
「こーら雪、どこほっつき歩いてたの」
「昨日仲良しのおじいちゃんに誘われて、お孫さんと3人で日向ぼっこをですねぇ」
「というわけで、日当たりのいい食堂まで」
「階違うじゃん……ご苦労だったね、楓」
「あざす。なでてください。あとユキさん、そのポーズ、色っぽくてイイと思います」
たわ言をほざいてるバカはサクッとスルーして、雪を呼ぼうとするが。
「うんうんっ、幸ちゃんかわいいよねぇ!」
当の本人がコレなため、脱力感半端ない。
「おやおや佐藤さん、モテ期ですか? 両手に花ですか?」
「笹原さんまでやめてくださいって……あーもう雪、ハウス!」
「ぼく、ワンちゃんじゃないよー」
とか言いながら、ベッドに戻ってくる雪。素直か。
「よいしょっと……」
無事腰掛けることができ、一件落着。
一度預かった松葉杖をベッドに立て掛けた流れで、ふわふわな黒髪をなでた。
えへへと嬉しがる雪は、うん、間違いなく小動物だ。
「手足の感覚はいかがですか?」
「だいぶよくなりました。すぐ疲れなくなりましたし」
「リハビリの経過も良好ですね。この様子であればじきに退院できると、先生が仰っていましたよ、雪さん」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「では、僕はナースセンターに戻りますね。ごゆっくり」
――初め、雪の手足は充分に機能しなかった。5年も眠り続けていたことで、筋力が著しく低下していたためだ。
それが、ほんの数週間で驚異的な回復力を見せたのは、偶然じゃない。言うなれば、楓のおかげ。
運動部、とりわけ陸上で活躍していたらしい楓は、故障に敏感だった。
〝この5年間、毎日毎日お見舞いに来て、言葉をかけながらマッサージをしてあげていたんですよ〟
楓とやたら出くわしていたことの真相だ。
この病院は噴水広場にもほど近い。笹原さんに話を聞いて、納得。
「楓」
「うん? 何ユキさん?」
兄さんは、きっと目を覚ましてくれる――強く信じていた楓のお手柄。
だから手招きをして、屈んできた焦げ茶色の頭をガシガシ掻き回す。
うわっ! と声を上げる楓に、雪も上機嫌だ。
「ふふっ、少し見ない間にかえくんおっきくなってるから、お兄ちゃんは嬉しいです」
「子供扱いするなって……俺もう20歳なんだしさ……」
「だねぇ。成人式までには退院したいな」
「まさか来るつもり!?」
「自慢の弟くんの晴れ姿、見逃せないしね!」
「いいって、そういうの!」
「せっかくだから、袴にしようよ~」
「やだよ目立つし! そういう雪兄さんだってスーツだったじゃん!」
「ぼくはよかったの。袴だと、なんでか七五三と間違われちゃったから!」
間違われたのか……。
うっかり口を滑りそうになったが、雪の名誉のため、のどの奥で留めておく。というか。
「そういや結局、雪って何歳だっけ?」
次の瞬間、雪が笑顔のまま固まった。
「い、いくつだったかな? ちょっと覚えてないなぁ~」
「物忘れが始まるほど歳か……」
「ひどい! ぼくまだギリギリ20代だよっ!」
「え、ギリギリなの? マジ?」
「はっ!」
「雪兄さん、チョロすぎだろ……」
「もーっ、他人事みたいに!」
小柄な体格、ベビーフェイス。
垢抜けた言動も相まって、ポカポカ楓にアタックする姿は、どう見ても20代後半のそれじゃない。
(ギリギリ20代?)
それって俗に言う、アラ――
「俺と6つ違いだよ。要するに、ユキさんの8つ上だね」
「ってことは……26?」
「わーっ、なんでバラしちゃうのー!」
「別に隠すことはないだろ?」
「ぼくが恥ずかしいんですっ!」
……乙女か。
「だって四捨五入したら三十路だよ? もうおじさんじゃないですか~!」
「雪、無理に四捨五入しなくてもいいんだよ?」
「幸ちゃんは、8つも歳上のおじさんでも、いいの……?」
雪にとって、年齢の話題はタブーなのか。気にすることないのに。
「もし幸ちゃんとふたりで歩いてたとして、実際問題、26歳男性と女子高生だよね? これって犯罪にならないかな……」
あ――……そういうことか。
同じく悟ったらしい楓と顔を見合わせ、苦笑。
「大丈夫。雪は例外だから」
切迫した様子で頭を抱えていた雪は小首を傾げ、キョトン。
「そうなの?」
「そうなの」
「そうなんだよ」
あたしと楓のうなずきに、チョコレート色の瞳をくりくりっと丸くさせたのだった。
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