*28*きみに未来を

 春、夏、秋、冬。

 季節を経て、やはりぼくは人と関わることのできない幽霊だと実感する。

 ただ、何故か幸ちゃんとだけは目も合うし、話もできた。

 ……幸ちゃん本人は他人に興味がないので、会うたびに初対面のフリをしたけどね。

 彼女を見守ることが、いつしかぼくの癒やしとなり――あまりの心地よさに、溺れすぎてしまったのかもしれない。




  *  *  *




 時が経つのは早いもの。気付けば幸ちゃんは、高校生を終えようとしていた。

 髪を染める少し前からだろうか。バイトを終えて、学校に行く幸ちゃんを噴水広場で見かけたとき、愕然とした。

 彼女の身体に、淀んだドス黒いモヤがまとわりついていたんだ。周囲の人、彼女自身すら気づいていなかった。

 日に日に幸ちゃんを呑み込んでいくそれの正体を、ぼくは悟ってしまう。

 同時に思い知る。あの日、生きる覚悟はあるかと問われた意味を。


〝意味もなくのうのうと息をするくらいなら、誰かさんと取り替えてほしい〟

〝能力のある人間が、この世界を構成していく。そしたら丸くおさまるじゃん〟


 涙を流さなくなったきみが、口グセのようにつぶやいていた言葉。


 ――生きたい。

 ――死にたい。


 ぼくときみの願いが交差した。

 だから神様は、ぼくらの願いを叶えようとしていた。

 ぼくが幸ちゃんの代わりに生きること……幸ちゃんを犠牲に、ぼくが生き返ること。

 ぼくらはいつか〝交換〟される。最後の決断を下すのは、ぼく。

 そのために、ぼくらは特別な干渉を許されたんだ。


〝生きる〟って、どういうこと?

 ぼくは、本当に生き返ってもいいの?

 彼女の命を背負う覚悟はあるの?

 もう、わからなくなっちゃったよ……。

 答えは見つからないまま、夕陽が落ちるばかり。


 そして、運命の夜が訪れる。

 思いがけず遭遇した弟に歓喜したのも束の間、彼を助けようとして、幸ちゃんが車道に突き飛ばされる。

 迫り来るトラック。ぼくの頭はまっさら、身体は石に。

 止まった景色を、横切るものは。


「……ゆ、き……?」


 ちらちら――……


 漆黒の寒空に、純白の花が舞う。


「きれい、だな……」


 その瞬間、全身を電流が駆け抜けた。


 ……でき、ない。

 無理だ、できない……。

 きみの命を奪うなんて、ぼくには絶対できない……っ。

 だってきみは、泣いてるじゃない。

 雪が綺麗だって、名残惜しそうに世界を見上げて、生きたがってるじゃない……!


 ――ごめんね、かえくん。


 燃え盛る情動が、ぼくを突き動かす。


〝すべては、おまえに委ねる〟


 神様はそう言った。きっと間に合うはず。


 降りしきる白銀の六花。

 氷の花吹雪。

 掻き分けるように、夢中で駆けた。

 両腕を広げ飛び込む。

 ドス黒いモヤが、ぼくから逃げるように闇へ溶け込む。

 腕の中の頼りない両肩を、ただきつく抱き締めた。


 正直、ヘンテコだなって自分でも感じたよ。

 かえくんのためだけを想っていたはずなのに、こうして寄り道しちゃって。

 だけど、でもね、ぼくの心の奥底にあった理由なんて、1+1をするよりも簡単な答えだったんだ。


 ……好き。

 この女の子が、好き。

 ただ、それだけ。

 あぁ……もっと早くに気づけばよかった。

 きみを抱き締めるだけで、こんなにも心が満たされるんだって。


 この世に存在しないはずのぼくが、きみの運命を折り曲げた。そのせいで歪む時空。

 ほんとはもっと抱き締めていたかったけれど、ぼくときみはあくまで他人だからね。

 そっと横たわらせ、投げ出した傘を拾い上げる。

 粉雪が舞う中、やがて持ち上がるまぶた。

 大きな黒目がちの瞳が、しかとぼくを映し出した。


 やっと、向き合えた気がするね。


 笑みがこぼれ、右手の傘を差し出す。

 きみを前に、言葉が口を衝いた。


「お疲れさま」


 今まで辛かったね。

 頑張りすぎってくらい、踏ん張ってきたよね。


「だけどね、まだダメ。もうちょっとの辛抱です」


 ちゃんと見てきたよ。

 きみが生きることを、諦めなかったこと。

 だから、もう少しだけ頑張ってみよっか?


「帰ろっか」


 今度は、ぼくもいるよ。

 もう差し出した傘を拒まないで。

 次に目が覚めたら、そこはきみの世界なんだから。


「さぁ、起きる時間だ――幸ちゃん」


 ぼくからの、一足早いクリスマスプレゼントだよ。

 幸ちゃん――愛しいきみに、ぼくの未来をあげる。

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