*24*聖夜のホワイトスノー
「男を取っ替え引っ替えしてたあんたが、なんで雪にだけ固執するの」
「彼だから、よ。男なんて所詮、欲望にまみれたハイエナ……それ無くしては愛ではないと、恥じらいもなく身体を求めてくる。だけど、彼だけは違った」
紗倉が男を嫌っているという楓の言葉は、正しかったんだ。
その美貌ゆえ、媚びへつらう男にうんざりしていたある日、雪と出会った……。
「運命だと思ったわ。今まで擦り寄ってきた男とは正反対。純粋無垢で、何の飾り気もない。壊れ物を扱うように、とても優しくして頂いたの……」
あいつの〝当たり前〟を、寂れ、歪んだ心は愛情にすり替えてしまった。それが、悲劇の始まり。
「同じだよ。あんたが殺したいほど嫌ってる楓と変わらない」
「何を……!」
「楓がファーストキスを奪ったときみたいに、何の説明もないまま強引にキスだけして……酷いやつなんだ」
「やめて! 楓なんかと一緒にしないで!」
「見てたんでしょ? ならわかるはずだよ」
「彼は聖人ではないと? 私を落胆させて、あざむこうとしているのね!」
紗倉は、欲望のままに行動する男は汚らわしいと思い込んでいる。それは違うと、言わせてほしい。
「意味は違っても、あたしは雪と楓のことが〝すき〟だよ。強引でも、ふたりの腕は温かかった……愛情が感じられたから」
「あなたに彼の何がわかるっていうの!」
「わかるよ。少なくとも、あんたよりは」
「何ですって……!」
これ以上はまずいか?
下手に刺激したらきっと……いや、怖気づいてどうすんだ。
後戻りはできないんだ。
さらけ出せ。あたしの思い全部。
「名前を呼ぶときはさん付けじゃない。敬語でもない」
「っ!」
「ヘラヘラ笑って、脳天気に喋って、甘えてきたり、それ以上に甘やかしてきたり……」
「……違うわ……」
「スネたり、イタズラっ子みたいだったり……本当は離れたくないクセに、〝ぼくのことは忘れて〟とか言いながら泣いてる、カッコつけたがりなただの人間だよ」
「違うわ!!」
「違わない! あたしはちゃんと見てきた!」
1ヶ月足らずの関係でも、月森 雪という人をちゃんと見てきたんだ。
恥じることは何もない。
「本当の雪を、いい加減見てあげてよ」
偶像崇拝はやめにしよう。
そうしなければ、あたしたちは前に進めない。
「嫌よ! 認めないわ! 彼は変わらずこの世界にいるの!」
「だから雪は、もう……!」
「私が彼を手にかけたというなら、何故彼はあなたにふれられたの?」
「っ……わかんないよ……なのに温もりが残ってるから、混乱してんじゃん……!」
「そうよ! 亡霊に成り下がっては、あり得ないことなのよ! 私はこの5年、飢餓にも寒暖にもあえぐことはなかった……老いさえも、私を捕らえることできなかった。私は人間を超越したのよ! 彼と同じように……私は、神、に……」
はたと気づいたように、繰り返す紗倉。
「そう……私は神なの。愚かな人間を罰する使命があるわ……」
弓なりに曲がる口端。
ゾクリ、と背が戦慄する。
「大丈夫、すぐ楓に後を追わせてあげる。絶望を味わわせてから……ね」
ゆらり、と振り上げられる腕に、脳内がまっさらになる。
「そうねぇ……5年前と同じ方法がいいかしら。だけど、すぐには死なせてあげない。――私の怒りを、苦しみを思い知って、地獄に堕ちなさい」
おかしい……そもそも惜しくなどなかったはずの命。
だからこそ、ここにも来れたはずなのに。
(こわい……怖い……っ!)
生きたいと願わずにはいられず、温もりを探してしまう。
(やだよ……楓……雪っ!)
この人が〝神〟ならば、もう一度会いたいという願いは叶わぬ夢……。
ヒュオオオ――……
……そう思っていたのに、あたしの前に、きみは現れた。
夜風になびく焦げ茶色の髪。
悪魔からあたしを覆い隠す、広い背中。
「…………かえ、で?」
楓は振り返り、ふわり、と微笑む。
あれ、こんな笑い方だったっけ……?
「忘れないでいてくれて、ありがとう」
やわらかく響く声音に、衝撃にも似た既視感を覚える。
声が……出せない。
固まるあたしをよそに、まっすぐと向き直る彼。
「紗倉さん、もうやめてください」
「あら、急に礼儀正しくなって……」
「これ以上彼女を傷つけるというなら、ぼくはあなたの一切を、許しません」
絶句する紗倉。ようやく異変に気づいたのだろう。
「……おふざけはいい加減にして頂戴。彼の演技をしたところで、私は騙されないわ」
悪魔に睨みつけられてもなお、〝楓〟は凛と顔色ひとつ変えない。
それどころか、まるで世間話をするように口を開くのだ。
「あの夜も、イルミネーションがとても綺麗でしたよね」
「今さら何を……!」
「けれどあいにくの豪雪で、停電したときがありました。一緒に来てほしいと、柵の向こうであなたが呼んだときです」
顔色を変えることになったのは、むしろ紗倉のほう。
「せっかくの聖夜ですのにと、あなたは苦笑なさいました。意識を失っていたあの子は、到底知り得ないやり取りです」
あたしだって信じられない。
だけど、驚き、言葉を失う紗倉の表情が告げていた。
これは真実である、と。
「ぼくは、月森 雪です」
――聖夜の街に、ちらちらと白雪が降り始めた。
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