*23*光と闇の綱渡り

 最初の年は、お互いバラバラ。

 2年目は、ドキドキしながら欲しがっていた本をあげた。

 3年目、一緒にケーキを食べられるようになった。

 4年目はもう歓喜。クリスマスカードとプレゼントをもらえたんだ。

 そして今年、イルミネーションを観に行こうねと約束した。

 嬉しいことに、毎年12月25日は、大切な人と過ごすのが恒例になっていた。


「ただいまー」


 今日は早めに仕事が終わった。ラッキーだなぁと思いつつ、急ぎ足で帰宅。

 ドアを閉め、鍵をかけたところであれ? と首を傾げる。

 オッス、っていつも出迎えてくれる姿がないんだ。


「かえくん? お兄ちゃん帰ってきましたよー。かえくんの好きなチョコケーキ、買ってきましたよー」


 冷蔵庫に入れ終わっても、返答なし。

 部活はとっくに終わってるはずだけど。

 玄関に戻ってみると、愛用のランニングシューズがなかった。

 もしかして、走りに出たのかな? うーん……でも、この雪の中だし。


「……はっ! こんなときのための携帯!」


 そうだそうだ、もうすぐ高校に上がるから、買ってあげたんだった。

 ダッフルコートのポケットから出してみるとビンゴ、メールが1件。

 サイレントマナー解除するの忘れてた。気づかなかったなぁ。

 どうやら来月の大会のことで、コーチと話し込んでしまったので、学校からそのまま行くとのこと。なるほど。


「毎日頑張ってるもんねぇ、かえくん」


 了解です、とニコニコ返信。

 時刻は午後8時過ぎ。10分のタイムロスだから、早く行ってあげなきゃね。

 綺麗なイルミネーションを観たら、家で遅めの晩ごはん。スープでほかほか温まって、ケーキも食べて、プレゼントをあげよう。

 心躍らせながら、お気に入りの傘を手に取る。あの子からもらった誕生日プレゼントとは、いつも一緒なんだ。

 そうしてぼくは、しんしんと雪降る街へ、再び踏み出して行った。




  *  *  *




 凍てつく空気が肌を突き刺す。

 気がつくとあたしは、コンクリートへうつ伏せに倒れていた。


「今のは…………った!」


 考えようとした矢先に痛みを催す。

 ズキズキと悲鳴を上げる頭を抱え、重い身体を引きずるように起き上がった。


「さっぶ……何? ここ」


 ビュウ、と髪を舞い上げる冷風。

 ややあって、屋外にいるのだと理解する。

 古びた手すりのすきまから見下ろせば、夜の帳が下りた街に煌々と明滅する、色彩豊かな光のアート。


「とても美しいでしょう? この時期でしか目に出来ない、特別な景色よ」


 別の意味で寒気が走る。

 案の定、目前には入り口を背にした美女が、余裕の笑みでたたずんでいた。

 サッと立ち上がり、身構える。


「楓はどうしたの」


 紗倉は意味深な笑みを浮かべるだけ。

 あえて生死を明らかにせず、こちらの焦燥を煽るつもりなのか。


「あら意外。もっと感情的になると思ったのだけれど」


 無言で睨みつけてやれば、なぜか満足気にうなずかれた。


「やっぱり幸さんは賢いのね。よかったわ。もう一度話し合えばきちんとわかってもらえると思って、ここに来てもらったのよ」


 話し合えば?

 片腹痛いわ。脅迫の間違いだろ。


「……クリスマスカード、あんたの仕業だね」

「ふふ……正解よ。よくわかったわね」

「少なからず引っかかってたんだよ。こんな悪趣味な待ち合わせ、あいつがするわけない。――雪の名前を語った理由は」

「何がなんでも来てくれると思ったからよ。楓までついてきたのは、ちょっとした誤算だったけれど」


 やっぱりな。こいつなら好きなときに楓を殺せた。

 そうしなかったのは、本当の狙いがあたしだったからだ。


「雪が記憶障害って話も、出まかせだな」

「予防線のつもりだったのに……彼が教えたのね。いけない人」


 物憂げな瞳は彼を見ているようで、違う。見えていないんだ。現実が。


「……雪は、いないよ」

「いいえ。彼は生きています」

「いないんだよ。5年前、あんたがその手で……殺したんだ」

「違うわ、彼は私と永遠を誓い合ったの! ほら、こうして息をしているでしょう? 私は神になったの。彼も同じよ!」

「あり得ない。人間は神にはなれない」

「それをあなたが言うの? 彼がふれたその唇で?」


 ビクッと肩を跳ねさせたあたしを、紗倉は見逃さない。


「激しい口付けを、情熱的な抱擁を一身に受けて、あれほど求められていたあなたが、彼を否定すると言うの?」

「……見て、たの」

「全身が沸騰するような思いだったわ! ひとりになったあなたを追いかけて、八つ裂きにしてしまいたいくらいに! ……けれど、思い留まったのよ。楓にお仕置きをしたときのように、叱られるのは嫌だもの……」


 叱られるのが怖くて、どうして人間やってくんだよ。

 説教を垂れかけて気づく。

 楓を殺めようとした時点で、この人は人間としての道理から外れている。

 目前にしているのは、そういう相手なんだと。

 ――嫌な寒気が、身体の奥からせり上がった。

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