*6*小動物を愛でる

「いらっしゃい、ユキちゃん」

「……ん」


 久しぶりにのぞいた茜空。淡い暖かみを帯びた白銀の噴水広場で、待ち合わせ。

 目印にしているクリスマスカラーの傘は閉じられ、レンガ造りのへりに立てかけられてある。代わりに、隣で陽だまりの蕾がふわりとほころんだ。

 手招きされるまでもなく歩を進めたあたしは、今日も今日とて、セツの思惑通りに並び座るのだ。


「……ぷくく!」

「笑いごっちゃない!」

「だってユキちゃん……男前すぎでしょ。そりゃあ心のお師匠様にもしたくなるよ」

「あんたらには、歳上のプライドがないんか」


〝なんか、弟子ができた〟


 一連の出来事をありのままに話せば、このザマである。

 クスクス肩を震わせていたセツが、あるときコテン、と小首を傾げた。


「その楓くんには会ってるの?」

「……傷口にハンカチ、押し付けられたし。返さないわけにはいかなくて」

「そうだよねぇ……名誉の負傷したところ、大丈夫? 化膿とかしてない?」

「あんたもしつこいね。かさぶたになってる。すぐ治るって」

「よかった!」


 ホッとするのはわかる。だがセツ、なぜ腕を伸ばしてくる?


「よしよし、よく我慢したね」

「……この程度のケガで泣くほど、あたし子供じゃない」

「知ってるよぉ。これはね、怖いのによく頑張ったで賞」


 ド忘れするくらい自分のことには疎いくせに、セツは時々、エスパーかってくらい鋭い。


「この傷……目のほんとすぐ下にあるんだもん。見えなくなったらって思うと、ぼくでも怖いよ。ユキちゃんは尚更でしょう?」


 見えること、聞こえること。

 当たり前の感覚が、そうじゃなくなる怖さ。危機にでも立たされない限り、人はその尊さに見向きもしない。あたしだってそう。

 だから……自分のことみたいに案じてくれるセツは、純粋にすごいと思う……。


「……って、何ニヤけてんの」

「んー? 意地っ張りなユキちゃんにも、お友達が出来たのかぁって思うと、嬉しくて」

「……セツは、いいの? あたしがほかの人といても」


 ……バカ、何口走ってんだあたし。子供じゃないって言い張った舌の根も乾かぬうちに、コレだよ。

 巻戻しなんて出来るわけもなく。上げられない頭をふと離れた手のひらに、息を詰める。


「……当たり前でしょ? ユキちゃんは、ぼくだけのものじゃないもの」


 零れた声音は、セツにしては硬い。

 不自然な間もあったし、まさか、とは思ったけど……。


「セツ……スネてる?」

「スネてません」

「じゃあこっち向いて」

「ごめん、今ちょっと無理です」


 それは、スネてますと言っているようなもの。

 うぬぼれじゃない。いつもヘラヘラしてるセツが、本気でそっぽ向いて座ってんだから。


「やば……かわいい」

「ユキちゃん、それはあんまりじゃないかな! ぼく怒ってるんだよ!」

「認めたし」

「…………あ」


 いそいそと、居住まいを正す。次いでうつむき気味に前髪を掻く。

 なんだそれは、顔でも隠してるつもりか。

 セツの不可解な行動は、ふわっふわなクセ毛がふわっふわであるがゆえに、無駄足に終わる。


「はいはい、悪あがきやめて」

「ふわぁ……!」


 わしゃっとクセ毛に突撃したら、可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 普通「うわっ!」とか「ぬおっ!」とか力みそうなものを。


「女子なの?」

「違うもん、男の子だもん……」

「女子だね。よしよし」


 いくら引き伸ばそうが、この黒髪はぴょこんっと定位置に戻る。

 なんか、面白い。クセ毛なのに全然絡まってない。

 夢中になって指を通してたら、ガクリとセツがうなだれた。


「いじわる……」


 そうかそうか。途方に暮れてるセツは、無性にかわいいぞ。

 何かこう、なでまくりたい微笑ましさで胸がいっぱいになっていると、セツが真顔で正面に向き直ってきた。


「ユキちゃん、楓くんに会うなとは言いません。でもね、たまに、たまーにでいいので、ぼくのことも思い出してね……?」

「バカ、先に拾ったのはセツだよ。ちゃんと最後まで面倒見る」

「わぁ、ほんと!」


 ぴょこぴょこ跳ねおって、ウサギか。ポツリと漏らせば、


「そう! だからユキちゃんがいないと、寂しくて死んじゃうの!」


 と、切実な訴えを受けた。……イジリすぎたか。ちょっと反省。

 何はともあれ、お腹が痛くなるほど、久々に笑えた日でした。

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