*5*へタレに懐かれた

「はぁっ、はぁっ……はぁっ!」

「……大丈夫ですか?」

「なわけあるかボケ! こちとらか弱い乙女だぞ、加減くらいしろやボケェッ!!」

「わああ! すみませんすみませんすみません!!」


 人通りの多い中央街に入り、ギャルザーの魔の手から逃れることはできた。満身創痍だがな。


「いつまで握ってんの、あんた子供!?」


 意外に俊足だったひよ男。

 いまだガッシリつかんで離さない腕をブンブン振れば、初めて気づいたように目をまん丸にして。


「…………て、る」

「は?」

「さわ、れてる。俺さわれてる! っはは、すげー!!」

「人の話を……聞けッ!」

「ってぇっ!?」


 よくわからん理由で歓喜しておる野郎に、膝蹴りをお見舞い。

 みぞおち部分を押さえ、ひょろ長い身体を折るが……。


「えっ……何ニヤけてんの? Mなの? うわぁ……」

「引かないでください!?」

「寄るなドM! 感染る!!」

「待って待って待って! 俺の話聞いてください!!」

「ええいわかった! わかったから抱きつくなぁっ!」


 ひよ男はあたしが逃げないと知ると、ひとつうなずいて身体を離した。

 いや、腕も離してね? 周囲の視線が痛いからね?


「助けてくれて、ありがとうございます……」


 こら、人と話すときは相手の目を見ろと、お母ちゃんから習わなかったか。という説教は、叶わない。


「すみません……俺、ちょっと……っていうかかなり、女の人が苦手で」

「苦手?」

「何ていうか、トラウマがあって……目とか合わせられないし、ふれるとか、もってのほかで。そこにいるってだけでも、身体が震えちゃって……」

「……詰まるところは、女性恐怖症なの?」

「です……」


 てことは、だ。ギャルザーに反抗しなかったんじゃなくて、そもそも足がすくんで動けなかった、と。

 そういや絡まれてるときに、ムダに長い脚が、産まれたての子鹿みたく震えていたような気も。


「……どのような症状がありますか」

「じんましん出ます。ひどいときは、冷や汗出て、過呼吸になったり……」


 ……重症だなおい。


「それはまぁ……あいつの前で立ってただけでも、よく出来ましたというか」


 ……いや、待て待て。大事なことを忘れてないか。


「それを踏まえて、あたしの腕をつかんでるのはどういった事情で?」

「俺にもちょっとよくわからないです!」

「はぁ? それは何か、あたしが女じゃないとでも?」

「そっ、そういうわけじゃなくてっ!」

「じゃあどういうわけ!」

「た、たぶん、きみだとオッケーなのかも!」

「説明になっとらん!」

「でも実際、苦しくないし! じんましん出るどころか、ふれてると安心して……だから、本能的に心が許せる人……なんだと、思い、マス……」


 何こいつ、ロマンチスト? よくもまぁ歯の浮くようなセリフを次々と……。


「本当に、ありがとう」


 疑った矢先に、視線合わせてきやがって。なんてにくたらしいヤツ。


「……あんたさ、いつもこんな時間に出歩いてんの」

「はい……長時間レポートしてるとストレス溜まっちゃって。気分転換に」

「じゃあ真面目な大学生くんに忠告しとく。この辺はさっきみたいなやつらの根城だから、散歩するならルート変えるか、もっと早い時間ね」

「ですね……以後気をつけます」

「あと、それ」

「……え?」

「いかにもな歳下に敬語使うの、やめたほうがいい。ナメられるから」


 じゃ、そういうことで――とすり抜けた腕。

 背中を向ける前に、反対側をつかまれた。


「……かえで」

「なに……?」

「俺の名前。月森つきもり かえで。きみの名前を、知りたい」


 ……おやおや。なにやら見覚えのある展開が。


「ユキ。お礼はいいよ。よかったら覚えといて」

「ユキ……」

「うん」

「……さん」

「おい。さん付けやめろっつうに」

「ムリムリムリ……呼び捨てムリ。俺には厚かましすぎる。ハードル高すぎて激突して死ぬ……!」

「ハードルにぶつかった程度じゃ人は死なん!」

「うわぁああ! 待ってユキさん! 置いてかないで!」

「離せ! 赤の他人に泣きついて、情けないと思わんのか!」

「思わない! だって俺、ユキさんのこと他人って思ってない!」

「いやいや他人でしょ、真っ赤な他人でしょ!」

「ち・が・い・ま・す!」


 通りがかりに助けたことが、どうしてそんなに心に響いたかは、知らないけど。


「ユキさんは、俺のっ、お師匠様だ!!」


 何だかややこしい話になってることだけは、確かだ。

 月森 楓……どうやらあたしは、面倒この上ない男に懐かれたようだ。

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