第12話 二次元主義者の三次元

 そこは、さして見所の無い世界だった。

 しかし、ひどく人間の醜い世界だった。


 奴隷を自覚しようとしない労働者と、利益のためには手段を選ばない経営者。

 無力と錯覚して何もしない民衆達と、私欲のためには方法を問わない政治家。

 自然はいつまでも犯され、海原も大地も穢れ満ちるのも時間の問題だっただろう。

 自由はどこまでも侵され、その魔の手が二次元へと及び始めた頃合、俺は三次元を嫌っていた。

 三次元の人間がどれだけ醜悪であろうが、俺には二次元があるのでどうでもよかった。

 学校のいじめだの、親の子殺しだの、その逆だの、戦争の悲劇だの、ブラック企業で働く奴隷だの……

 俺が二次元愛好を続けられさえすれば、せいぜい自分の良心と価値観によって所見を語るくらいのもので、殊更に何か活動をするということもない。

 まあ、二次元愛好者にとっては、二次元を摂取する時間を奪うブラック企業も、いずれ起こりうる戦争も忌むべきものではあったが。


 あるとき、二次元美少女愛好者の敵が現れた。三次元女性の権利を主張する不特定多数の輩だ。

 権利を主張するとは言うが、やることはむしろ二次元愛好者の権利を略奪し、粉微塵に打ち砕く。まさに魔の所業である。

 曰く、「空想が三次元の人間に与える影響は大きく、厳しく規制すべきだ」と。

 そんなことを、この二次元愛好者たる俺が許せるはずも、黙って見過ごせるはずもない。

 とはいえ相手は女性とそれを擁護する謎の存在だ。

 昆虫的にも、現代社会的にも男性は何かと不利である。勝率は、あまりに低い。

 だから俺は三次元を捨てることにした。

 そう、それこそが俺の、二次元という名の異世界を求める旅の発端であった。


「彩人、二次元とはどういう意味ですか」

「あっ」


 羽々斗に問われ、俺はしまった、と後悔する。

 俺が三次元の住人だと見られるのは、非常に気分が悪い。

 なので今までは二次元という言葉を異世界に置き換えて用いていた。

 それに、この二次元世界で、二次元を説明するのは非常に難しい。何せ相反する三次元を見せることが出来ないのだから。というか二次元世界に三次元を持ち出したくない。穢れる。

 何か、何か上手い表現はないか。


「あと三次元というのも、こちらの世界にはない言葉です」

「に、二次元ってのは……そ、そう! 俺が前に居た世界で、異世界という意味の言葉だ。三次元というのは自分の世界のことだな。前の世界では異世界の存在は否定的だったからこういう言い方が主だったんだ」

「なるほど」


 我ながら上手い言い訳を思いついたものだ。

 危うく二次元を三次元で穢してしまうところだった。それにこれからは三次元や二次元というワードを気兼ねなく使えるようになった。


「だから俺は二次元……この世界に来れて、とても幸せなんだ」

「皆さん、なんだかこっちに向かってくる一団がいるんですけど」


 と、マナが言う。

 羽々斗が振り返り、窓から身を乗り出して周囲を見回す。


「あれは……賊?」

「俺にも見せてくれ」

「あんっ、彩人、狭いのですからもうちょっと気を使っていただかないと……」

「なら引っ張らないで」


 羽々斗のように身を乗り出し、俺は彼の見ている方向を見る。

 確かに、5台程度の馬車が前方から近づいてきている。しかもこちらの進路を妨害するかのように、道を広く陣取っている。

 羽々斗は窓から身を戻す。


「皆さん、一応戦闘態勢を取ってください」

「とっくに出来てますわよ」

「刀剣使いは実戦派よ。常に戦闘態勢なんだから!」

「とりあえず俺も……」


 持ってきた剣は飾りではない。俺は自分の得物を手に取った。


「彩人、相手はプロの可能性があります。出来ればここを出ないように……」

「大丈夫ですよ。彩人さんなら」


 マナが羽々斗の言葉を遮って言う。


「彩人さんはアークゴブリンも倒せましたし、飛び道具は私がフォローします」

「ふむ……分かりました。彩人、くれぐれもお気をつけて」


 馬車は徐々に減速する。

 五台のうち一台が、進路をあからさまに塞ぐように停止し、他四台は取り囲むように布陣する。

 戦いは避けられない。そう予感させるには十分だった。


「ど、どうしましょう」


 マナは動揺しながら振り返り、俺たちに回答を求めている。


「叩き潰すのよ。決まってるでしょ? 仮にも救世主ご一行様の進路を妨害するだなんて、不届き者もいいところでしょ」


 とレーナは鼻息を荒くして言う。だがその笑みはやはり戦いを望んでいる顔だ。

 いきり立つレーナを羽々斗は制する。


「恐らく交戦は避けられないでしょうが……」

「誰か降りてきました」

「では私が」

「いいえ、私が行きますわ」


 と、自ら先に馬車から飛び降りたのはアルトリカだった。




 馬車を降り、前方に目を向ければ、そこにはふてぶてしい態度の醜男ぶおとこ三名と、奥に一人の長身の男性。


「あんたらが救世主ご一行様だな?」

「ええ。そして私は誉れ高きプラチナム家が一人娘にして、黄金の剣部隊トップエース、アルトリカ・蘭・プラチナムですわ」

「ははっ、その年齢でトップエースっていうなら、精々二軍だろ」

「ええ、その通り。ですが、救世主様の護衛を任された立派な精鋭ですわ」


 品のない軽口を言う男性の相手をしている暇はない。

 さっさと用件を問うことにする。


「それで、なぜ私達の進路を妨害しますの? 何か御用かしら?」

「そいつぁ誤解だ。あんたらが俺達の進路を妨害したのさ」


 私は思わず溜息をこぼした。

 思いのほか面倒な人間と当たってしまったことにうんざりしながらも、この程度で事を急くような幼稚さは私にはない。それはレーナのキャラだ。


「これは大変失礼致しました。急ぎ、道をお譲りします」

「あーっと、おいおい冗談だよ。お前たちの中に、マナ・ソードベルってのはいるか?」


 マナ・ソードベル。私が今もっとも蔑むべき相手だ。

 孤児みなしごの分際で、貴族にしてプラチナム流剣術の門下である私を負かした相手……


「ええ」

「そいつをこっちに渡してくれ。そうしたら手荒な真似はしねぇ」

「マナを?」


 随分と奇妙な要求をする。

 普通なら貴族である私を攫い、人質として身代金でも要求するくらいだろうと思っていたのに。

 否、さすがに救世主の護衛をする人間を攫うなどデメリットの方が大きすぎる。

 それでも尚、護衛の一人であるマナを攫う理由……そういうことか。


「なるほど、承知しましたわ。しばしお待ちを」


 私は警戒しながら自らの馬車へと引き返す。

 開け放たれた馬車の扉から、全員と話す。


「相手はマナを引き渡せと要求していますわ」

「マナを!?」


 彩人が驚くのも無理はない。彼はこの世界での孤児みなしごをまるで理解できていないのだから。

 孤児院出身者がどれだけ忌み嫌われているのか。

 親に捨てられたということは、その子は親に忌み嫌われた忌み子。

 たとえ本人がいかに善人であれど、忌み子は縁起が悪く、他者からも忌み嫌われる。


「それは出来ない。マナを引き渡すなんて」


 彩人は優しい。だがこの世界の常識を知らなさ過ぎる。


「彩人、ここは彼らの言うとおり、マナを引き渡すべきですわ」

「……理由を聞こう」

「この世界では、忌み子は貴方が思っている以上に特別な意味を持っていますわ。もとよりマナは正規に選ばれたわけではありませんし、だからこそこうなることも薄々予感しておりましたわ」


 私とて分かっているのだ。こんなことは間違っているなんてことは。

 でも私は貴族だ。しかもプラチナム家という国内でも指折の貴族。

 その一人娘たる私が、貴族の模範に外れるような行いを出来るわけが無い。


「アルトリカは、マナを引き渡していいと、そう言うのか?」

「彩人、私は貴族です。孤児にかける情などありません。それに、これは彩人、あなたのためでもありますわ」

「俺の?」

「これ以上、孤児を他と対等に扱えば、この世界の人々はあなたに不信を抱くことでしょう。ここで情を捨てなければ、あなたは念願の異世界で嫌われ者になってしまいますわ」


 そう、これは仕方のないことなのだ。

 貴族であろうと、孤児であろうと、世の中の流れに逆らうことなど出来ない。

 奴隷はどこまでいっても、奴隷のままなのだ。


「ですから彩人。ここはどうかご英断ください」


 私は貴族だ。貴族だからこそ、身分を重んじる。だからこそ、頭を下げる。


「あ、アルトリカ! やめろ、顔を上げてくれ!」

「彩人、これは避けられないことです。どうかご英断を」

「私は賛成しかねますね」


 と、言うのは羽々斗だった。


「羽々斗、あなたも分かっているでしょう。彩人の行っていることがなにをもたらすのかを!」

「私は騎士です。弱者を助けるも騎士の務め。身分の差などで害されるなど、あってはならない」

「騎士は己の主に忠誠を誓うものでしょう? あなたの主が、いずれ不幸に陥ると分かっていても、そう言えますの?」


 さすがの羽々斗も沈黙する。彼もまた世間に逆らうほど愚か者ではないということだ。

 自分だけが脅かされるならまだいい。でも世間を敵に回すということは、自分の周囲の人間もともに脅かされてしまう。


「しっかりしなさいよ彩人! そんなの関係ないでしょ!?」


 と、レーナは痺れを切らした子供のように喚いた。


「そんな難しく考える必要はないわよ。貴方は貴方のしたいことをすればいいの! それで誰かを敵に回したなら、それでこそ私達の、護衛の出番なんだから!」

「レーナ、あなただって自警団の仲間達を危険に晒すことになる。それでも良いと?」

「そんなの、敵をぶっ飛ばして言うこと聞かせればいいのよ!」


 見た目はお子様と思えば、中身もやはりお子様だった。

 彼女は貴族でも騎士でもない。刀剣使いを自称する、ちょっと実力があるだけの調子に乗ったお子様なのだ。

 だが、今そんなことを言っていても仕方が無い。どうにか彩人を説得し、マナを引き渡さなければ。


「マナ、あなたはどうしますの?」


 マナは沈黙する。だが、彼女とて彩人を危険に晒したくはないはずだ。


「あなただって分かっていたはずですわ。孤児が救世主の護衛など、身に余るということくらい」

「それは……」

「そしてそれがどういう結果をもたらすか。あなたなら分かるでしょう」


 そう、これは致し方のないこと。どれだけの善意であっても、大きな力の前には無力。

 この方には申し訳ないが、ここだけは譲ってもらうほかない。

 それ以外に選択肢なんてないのだから。

 そしてマナはついに決心したようだ。


「彩人さん、短い間でしたが、お世話になりました」




 答えなんて、最初から決まっていたのかもしれない。


「指揮権は俺にある。そうだな?」


 誰にともなく問い、答えを待つ。

 応えたのは、レーナと羽々斗。


「そうよ。なんたって私達は貴方の護衛なんだから」

「その通りです、彩人。私たちはあなたの導きを待ち望んでいる」

「なら答えなんて最初っから決まってる」


 俺は剣を手に取り、馬車を降り、眼前の「敵」を見据えた。


「ここで身体張れないで、なにが二次元愛好者だよ」

「そう来なくっちゃね!」


 レーナが追うようにして降り、俺の右隣につく。


「良い啖呵じゃない。そこまで言うなら、自分の身くらい自分で護りなさいよ?」

「あー、うん。努力する」

「ったく」


 呆れたように笑うレーナは、なんだか頼りがいのある相方のようで嬉しかった。

 ふと、左隣には羽々斗がついた。


「御意、彩人。あまり熱くなりすぎないように。それが生き残る秘訣です」

「参考にする。悪いな、こんなことになって」

「いえ、むしろ感服しました。救世主様が騎士道の精神をお持ちとは、嬉しく思います。是非とも加勢させていただきます」

「心強い」


 さて、と得物を構えると、向こうは気の毒なものを見るような目でこちらを見る。


「あんたが救世主ってわけだ」

「悪いがマナは渡せない。その道をあけてくれ」

「悪いことは言わない、マナを渡しとけ。そいつらは所詮二軍、俺たちはプロなんだよ」


 なるほど、向こうにも勝算があるようだ。

 向こうがこちらを侮っているのか、それとも逆に俺が相手を侮っているのか。

 あるいはその両方か。


「じゃあ冥土の土産に、どうしてマナを連れて行こうとするのか教えてくれよ、プロフェッショナル?」

「悪いが依頼主の名前を喋るほどアマチュアじゃないんでね。そのままぶちのめされてくれ」


 彼が指を鳴らした瞬間、五台の馬車から一斉に人が飛び出してくる。

 剣、刀、槍、斧、鎌、弓、ボウガン……多種多様の武具を持った、屈強な男ども。


「もう一度言うぞ。マナを引き渡せ。なんなら報酬も山分けしよう。実はな、剣士一人引き渡すだけで1000万ルピー手に入る美味い仕事で……」

「金ならアルトリカが払ってくれる」

「えっ!?」


 背後からアルトリカの驚く声が虚しく響く。


「そうかい。それじゃあちっとばかり痛い目見てもらうぜ、クソガキ」


 その言葉が、大乱闘の火蓋を切った。





 彼が戦いを始めた頃、僕は彼の様子を眺めていた。謀略の主を。

 簡素な執務室は彼の小物さを存分にかもし出しているようで、見ていて非常に滑稽だった。


「クックック……トップエースなどと言っても所詮はガキだ。プロにかかればイチコロ、ニコロ……」


 どうやら彼は完全に勝ったつもりでいるらしい。確かに、今の彩人の実力ではプロの力量には及ばないだろう。

 いくら加護があり、周囲の強者に恵まれたといっても、それだけではやはり付け焼刃だ。


「でも、サモハン君。君は一つ大きなミスを犯したみたいだよ」

「ヒッ!? だ、誰だ!?」


 しん、と静かな執務室、サモハンは周囲を見回す。

 はかりごとともども不細工な彼は、やはり小物であった。


「あとは君次第だよ。彩人」


 見苦しい男の映像を水晶から消し去り、愛しい救世主の姿を映し出した。


「おっ、どうやらいい感じのようだ」


 さすが僕の見込んだ男の子だね。





 先手の弓矢とボウガンの攻撃は、レーナの双剣が叩き落し、羽々斗の白銀の鎧がその身をもって俺を庇った。

 俺はと言うと、矢を放たれる寸前、羽々斗の助言どおりに奴へと全速力で駆け出した。

 相手の方は三人。その奥に居る男を狙えと羽々斗に助言を貰っている。

 だが相手はプロらしい。手前の三人を俺が攻略できるかどうか。否、そもそも奥の相手が一番の実力者だったら。

 考えられる可能性をすべて承知の上で、俺は前に出ることを選んだ。


「行くぜ」


 あと数歩で間合いというところ、俺はさらに加速した。

 疾風の如く駆け、怖れなく踏み込むのはマナから教わった技。

 そして不思議なことに、自分の身は阻まれることなくすんなりとすれ違い、同時に相手の脇腹を掻ッ裂いた。


「はっ……」


 詰まるような声と共に倒れる端の男。他の二名を置き去りに、俺は更に前へ進む。


「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」


 敵の言い分を聞いていられるほどの実力も余裕もない。

 俺は剣を振り下げ、斬り上げた。対し男は短剣でそれを受ける。

 ならばと俺は間髪いれずに乱れるような連続の斬撃を繰り出す。


「く、クソ! 我武者羅な!」


 相手に反撃の猶予を与えない。それさえ出来れば、その間はまずこちらが負けることはない。

 ガチャプレイで偶然勝利するビギナーのようだ。

 だが、それは1対1での話。


「このクソガキがぁ!」


 背後から怒号。俺はとっさに横に跳んで避けた。

 俺が居た場所の地面に突き刺さるのは大きな斧の刃。

 あと一瞬遅ければ、俺はあれに真っ二つにされていたわけだ。


「あっぶな」

「おいどういうことだグレイ。相手は素人のガキだったはずだろ!?」

「……つまりはあれだ。悪い方の予感が的中しちまったんだな。あの鼠、人を見下してそうな顔してたからなぁ」


 男は暢気に言う。鼠とは依頼主のことだろうが、俺には見当がつかない。


「で、どうなんだ。勝てそうなのか?」

「そこは心配いらねぇ。ちょっと不意を突かれただけだ。ビギナーズラックに二度目はない」


 斧の男と刀の男。そして頭であろう短剣の男。

 自分の身は自分で守れ。いやはや手厳しい。




 私が引き渡される覚悟をしていると思ったら、いつの間にか戦闘が始まっていた。なにが起こっているのか、まったく分からない。


「いつまでぼんやりしてますの!?」


 と、アルトリカの声が聞こえた。

 振り返ると、彼女はすぐ横に居た。


「えと、なにがなんだか。私は、どうなるんでしょうか」

「……不服ですけれど、私の提案は却下されましたわ。貴方は引き渡されず、彩人は貴方のために戦っている。そんなことも分かりませんの?」

「あっ、そうか。そうですね。そういうことなんですよね……すいません。なんか実感が湧かなくて」


 私は孤児院出身だ。誰かに護られるなんて経験なんてなかったし、自分がそれを経験するだなんてそれこそ思っても見なかった。

 だからこそ今、目の前で起こっていることに対して、まるで現実感を抱けなかったのかもしれない。


「だから、ぼうっとしてる場合じゃないでしょ!」

「は、はひっ!?」

「マナ・ソードベル! あなたの今の任務は何です」

「私の、任務……そうだ、彩人さん。彩人さんを護る」

「貴方を選んだのは誰?」

「彩人さんです」

「では、御覧なさい。貴方の恩人である彩人が今どうなっているのか」


 アルトリカが指を指し示すその方向。見やれば、彼は三人の男を相手にしていた。


「貴方は恩人をみすみす見殺しに……」

「彩人さんッ!」


 気がつけば体は勝手に動いていた。

 運転席から跳躍して馬を跳び越え、腰にさした剣に手をかけながら全速力で駆ける。

 横合いから放たれる矢などに目もくれず、全てを置き去りにして進む。


「ッ!」


 神経を研ぎ澄まし、相手の全てを切り伏せるそのイメージをもって、私は剣を振るった。





 斬ッ、というような音を聞いたときには、すでに残る男は三人から二人になっていた。


「マナ!」


 マナは斧を持つ男の背を深く切り裂き、一人をあっという間に無力化した。


「こいつ、やべぇ!」

「ッ!」


 刀の男が助けを求めるように叫ぶ。

 マナの横払いの剣を受けるが、その膂力に弾かれる。

 男の刀を持つ腕が浮いた刹那、即座に剣を反転、逆袈裟懸けで肘から先を飛ばす。


「ぬがぁっ!?」


 蹲る男には目もくれず、マナは俺を見た。

 やはりその表情は真剣なそれであったが、はたといつもの……否、申し訳無さそうな表情だった。


「す、すいません。護衛なのに、私……」

「助かった、マナ。さすがに3人同時はきつかった」

「えっ」

「とりあえず、飛んでくる矢を弾く芸当は俺には出来ないから、そっちを頼んでいいか?」

「えっと……」


 マナは途惑っているようだった。だが、男が逃げ出そうとしているのを見てすぐそちらに剣を構える。


「話は後だ。今は、頼むよ。俺の従者」


 あっ、とマナは声を漏らし、一呼吸置いて応えてくれた。


「はい。私でよければ。ご主人様!」


 マナはそこで、ようやくいつもの笑みを見せてくれた。

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