神探しの旅

第11話 門出から多難

 心地よい感触がした。

 柔らかなものが自分の頭を撫でているような。

 心地よすぎて、もう一度深い眠りに落ちてしまいそうな、安らぎと癒しがあった。

 しかし、自分の頭に触れているものがなんなのか一目みたいと言う好奇心が、僅かに睡魔を凌駕したようで、俺は僅かに顔を上げてみる。


「あっ、ああ、お目覚めですか?」


 やや気恥ずかしそうに頬をかきながら、マナは苦笑していた。


「おはようございます、彩人さん。とうとう出発の日ですよ」

「あっ、そっか……あの、マナ」

「さ、さあ! 皆たぶん集まってますよ! 私たちも行きましょう!」


 慌てて立ち上がり、身支度を始めるマナ。


「……ああ、行こう」


 何度も何度も、自分は二次元に来たのだという感触を味わいつくす。

 愛する人の感触を確かめたいがために、幾度となく抱き締めるように。

 それは、いくら味わおうとも飽きることなどないのだ。生きている限り、生きるという苦行が続く限り、永遠に続く幸福の実感。


 俺は立ち上がり、自分の部屋に剣を取りに行った。

 廊下を歩いていると、背後から声がした。


「彩人さーん!」

「えっ、早っ!?」


 振り返ると、そこには走るマナの姿。

 こちらまで駆け寄って、ふぅ、と一息。


「お待たせしました! それじゃ行きましょうか」

「いいのか。女の子の支度はもっと時間がかかるんじゃ……」

「それはアルトリカさんくらいのものですよ。それに私は今は彩人さんの従者ですから」


 ぽんと胸を叩くと、白いシャツの膨らみが震えた。


「そう、か」


 目をそらしたものの、朝と言うこともあって少々直立が難しくなってくる。


「俺は自分の部屋に剣を取りにいかなきゃだから、先に行っていいぞ」

「いえいえ、彩人さんにお供しますよ!」

「そ、そう……」


 とりあえず前を向く。しばらくはマナの方に身体を向けることは出来ないだろう。





 さて、剣を回収してマナと共に広場へと出る。

 いつもどおり一番乗り……ではなかった。


「おはよう御座います。彩人」

「おはよう羽々斗、早くない?」

「いえ、すでに出発の準備は万端です。しかし、そう簡単にはこの国から出られないでしょう」


 昨日から皆が同じことを言う。少し寂しくなりそうだ。


「でも、見たら絶対驚きますよ」

「一体なにが……なんだこの音」


 耳を澄ますと、かすかに聞こえてくる。

 城を囲む壁の、両扉の向こうから、人のざわめきのような。あるいは時々気合を入れるような声さえも。


「ずいぶん居そうですね」

「ええ。居るでしょう。マナ、さすがに今回は」

「わ、私は大丈夫ですよ! それが必要なのはどっちかというとレーナちゃんとか……」

「誰がなんだって?」


 ふと気付くと、俺のすぐ隣にレーナが立っていた。


「うおっ、おはようレーナ」

「おはよ。あと来てないのはアルトリカだけ?」

「そうだな。まあちょっと早すぎたか」

「これからの手間考えたらそうでもないわよ。あっ、彩人はくれぐれも馬車の外に出ないこと。いいわね?」

「あ、ああ」


 まあしかし、大体察しがついている。

 昨日の精鋭に志願し、羽々斗に倒された戦士。そして今日の門の向こうのざわめきのような音。


「お待たせしましたわね」


 アルトリカが優雅な足取りで来た。


「それじゃあ、彩人さん。号令をかけてください」

「号令?」


 マナに言われ、俺はなんのことだか分からずオウム返ししてしまう。

 するとレーナが呆れた風に息を吐いて言う。


「当たり前でしょ。私たちは貴方を護る精鋭だけど、貴方は私たちを救ってくれる救世主なんだから。進路を決めるのはあなた自身なのよ?」

「そうか、それもそうだな……ごめん、緊張してきたからちょっと待って」

「……本当にあなたが救世主で大丈夫なのかしらね」

「レーナ、救世主様に対していささか失礼がすぎるのでは」


 羽々斗がレーナに物申す。いけない。このままじゃまたごたごたとしたことになってしまう。

 俺はとりあえず声を張った。


「え、えー。俺たちは、これから西の隣国へと向かいます。全員、自分の身の安全を最優先にしてください」

「護衛が自分の身を守るって……」

「しっ、余計なことを言わない、ですわ」

「あー、とっ、とりあえず、出発!」


 もう我ながらぐだぐだだ。レーナに言われなくとも、馬車からしばらくは動けないかもしれないな。


「それじゃあ彩人さん。馬車に乗ってください。いいですか? せめて国から出るまでは、絶対に外に出ないでくださいね」

「お、おう」


 マナにさえ強く言われながら、俺は馬車に乗り込む。


「いいですか? 絶対ですよ? 絶対出ちゃだめですよ?」

「分かった。分かったよ」


 そしてマナが運転席に着席。羽々斗とレーナが馬車の左右につき、アルトリカは俺と共に馬車の中だ。


「ふふ、やっと二人きりになれましたわね……」

「彩人さんに変なことしないでください!」

「あら、変なことなんて滅相もない」


 五人乗りとはいえ、馬車の中は狭い。

 荷物を多く入れるため、人の乗るスペースはギリギリまで削られているようだ。

 配置が完了すると、城門に待機している兵士が開放の準備を終えた。


「それじゃあ、皆さん、お気をつけて……いってらっしゃいませッ!!」


 重々しい音を立てながらも、見る見るうちに馬車が通れる幅まで開くと同時に、マナが馬車を前進させた。

 その先の光景に、俺は声を出すことも忘れていた。

 城門前広場。そこにずらりと並ぶ、戦士、戦士、騎士、闘士、剣士……

 各々がそれぞれの得物を手に、まるでイベント会場かのごとくすし詰め状態になっている。

 それがしかも国の出口へと続く大通りにまで続いているのだから、これから起こることは、さすがの俺にも容易に想像できた。


「えっ、これ大丈夫なの?」

「大丈夫ですわよ。たぶんね」


 向かいの席に居るアルトリカは、暢気に紅茶を飲みながら外の景色を楽しんでいた。

 しかし外はそんな穏やかさとは対極だった。


「俺の方が強い! 俺も連れて行け!」

「いいや、俺だ! 俺こそが救世主のお供をするに相応しい!」

「待った待った! 接近戦だけじゃ不便だろ? 俺みたいな弓兵も加えたほうがいいんじゃないか!?」


 なるほどこれは朝錬など出来ないわけだ。

 これから行われるのは、この国の戦士たちごった煮を切り抜ける。いわば百人切りのようなものだ。余計な体力など使っている場合ではないのだ。


「救世主のお供。それがどれだけ名誉なことか、これで理解できまして?」

「あ、ああ……」

「ちなみに、あなたがマナを加えたことで、予想の3倍は集まってしまってますわ」

「えっ、俺のせい?」

「当然でしょう? マナみたいなのを優遇したとなれば、自分も施しを受けられるかもしれないと期待するのが愚民というものですわ」


 アルトリカの言葉は過激だが、実際こういう状況になってしまったのでなんとも言えない。


「行きますッ!」


 マナの掛け声と、馬の嘶き。

 それを合図に、全てが一つの生き物のように一斉に動き出した。

 押し寄せる大群は、馬車を押しつぶそうとするほどの勢いだった。

 しかし、それらは全てが羽々斗とレーナへと向けられたものだ。

 当然である。馬車を壊せば国の妨害をしたということで反逆罪。殺されても文句は言えない。

 なすべきは、あくまで強者として精鋭を倒すこと。


 右から押し寄せる敵は、レーナが対応する。


「あははっ! その程度かしらッ!?」


 怒涛の乱れ斬は次々と挑戦者を打倒していく。

 一太刀受けたと思えば、即座に次の刃が軟弱な皮装備を切り裂いていく。

 あるいは寸止めで戦意喪失、あるいはみね打ちで気絶させ、前への道を切り開く。

 そんな技巧を見せ付けるレーナの目は、振り乱れる銀髪の隙間の奥で爛々と輝いている。


「レーナ自警団団長、そして最強の刀剣使い。レーナ・イルゥト・ルナ・シルファニオン! 遠慮なくかかってきなさい!」


 かかってきなさいと言いながら、レーナは自分から突っ込んでいく。

 身長の高い相手の斬撃を跳び越えて、首を刈り取るようにヘルメットに切り傷をつける。


「もっとよ! もっとかかってきなさいッ!! この私を楽しませなさいよッ!」


 突き進み、混戦の中を踊るレーナに対し、羽々斗は敵を完全に寄せ付けない戦闘をなしていた。


「次」


 鋭いも見開いた眼は、全てを叩き伏せる斬撃によって、威圧感がより増していた。


「どうした。次は誰だ」


 マナは全力で殺しにかかられる恐怖。いわば肉食動物を前にした時の恐怖だが、羽々斗の場合はそれとはまた違った恐怖がある。

 言うなれば、ベルトコンベアに乗った物が、黙々と稼動するプレス機によって次々に押しつぶされるような。

 一歩踏み出せば、ベルトコンベアの上。抗う術もなく、羽々斗という名のプレス機に叩き潰されるのみだ。


「来ないなら道を開けろ」

「はい……すんませんした……」


 すんなりと道が開かれ、馬車が通る。


 我武者羅に斬撃で押し開くレーナと、相手を黙らせ道を開かせる羽々斗。

 対照的な二人が道を開き続け、順調に馬車は前進している。

 が、ふと馬を操るマナの眼前を高速で飛んで来た矢が横切る。

 見れば、建物の上に弓を持つ兵士。


「……」

「あの女、怯みもせず睨んできやがる……だが、今度は外してやらねえ」


 弓兵が屋根の上で弓を引き絞り、狙いを定める。

 マナはゆっくりと己の得物に手をかけた。


「譲ってもらうぜ、精鋭の座を!」


 弦が空を切る音と共に、矢はマナへと放たれる。

 刹那、雷の如き剣閃が矢を弾いた。

 弓兵はただそれを受け入れられず、膝を屈した。


「おい、嘘だろ……」


 狙いは正確だった。確実に仕留められるはずだった。

 だが、一度手元から離れた矢を操る術はない。だからこそ、真っ向から剣閃によって弾いて見せたマナに対し、弓兵ができることはもう、何も無かった。


「これじゃキリがないですね……」

「このままじゃ、国を出る前に日が暮れるのではなくて?」

「むむ……分かりました」


 するとマナは急に手綱を放し、馬車の上に乗った。


「国民の皆さん!」


 その声は、レーナの歓喜の声や、民衆の喧騒の中でも良く通った。

 全員が、マナへと注目する。


「私たちは救世主様の護衛に命をかけています。この世界を救うため、尽力してくださる救世主様の助けになるよう、時が来れば、この命を捧げる覚悟をしています!」


 それは、紛れもない事実であった。

 放っておけば侵略されるこの世界。命をかけて護ろうとしているのだ。

 決して、地位や名誉などのためではない。

 御主人様のために、救世主のために、友のために、国のために……

 己が命をかける意義を見出し、それを果たすために精鋭としてここに居る。


「精鋭になる資格があるのは、それこそ命を投げ打つ意思がある方のみです。ならば、今ここで命を散らそうとも、問題はないはずです!」


 マナは剣を天高く振り上げ、そして叫ぶ。


「私と命をかけた勝負をする方は、どうぞっ!」


 マナ・ソードベル。真面目で真剣な剣士だ。

 その彼女が命をかけた勝負をすると言い放った。

 レーナや羽々斗のように、相手を殺さないようになどという気遣いは一切ないだろう。


「さもなくば、私たちに道を譲ってください!」


 そこまでのことを言いながら、口調が丁寧なのが彼女らしくて素敵だと思った。

 さて、窓の外から様子を見ると、どうやら状況は一変したようだ。

 外へと繋がる道に密集していた人々が、左右に避けたのだ。


「ご協力、ありがとうございます」


 マナはすぐさま飛び降り、運転席に座って馬車を前進させる。

 レーナと羽々斗も攻撃しなくなった敵を警戒しながら馬車の左右を警護する。

 声が届かなかったであろう距離にまで来ても、その異様な状況を察してか、精鋭に挑もうと言う者は居なかった。

 そうして、ついに馬車は大きな出入り口を潜り抜け、外へと出た。

 俺はその所業を称賛せざるをえなかった。


「すげぇ、さすがはマナ」

「ふぅ……ありがとうございます。これでとりあえずはひと段落ですね」

「試合で相手を殺しかねない真剣さをかもし出すマナが、堂々と殺し合いしようなんて言い出したら、誰も挑みになんて来ませんわよ」


 嫌味を言うにしても、アルトリカの言い方はマナを認めているように感じ取れる。

 とはいえ、不満を感じる人間も一名いるようだが。


「せっかく経験値稼ぎ放題だったのに……」


 レーナはやや気を悪くしながら馬車に乗る。


「お疲れ様でした」


 羽々斗も剣を収め、馬車へと乗り込んだ。


「それじゃあ彩人さん。改めて指示をお願いします」

「ああ。進路を西に。隣国を目指す」

「はいっ!」


 マナは器用に馬を操り方向転換。西へと続く道へと馬車を進ませる。

 こうして、ようやっと俺たちはなんとか旅立ちを迎えることが出来たのだった。





 さて、旅立ちを迎えたはいいが、一つ問題が発生していた。

 現在、馬車の中は沈黙が支配している。


「退屈よ!」


 ふとレーナが沈黙を切り裂いた。

 彼女の言うとおり、ひたすらに暇なのだ。

 なにせ隣国までの道のりは長い。周囲を警戒するにしても、同じような景色が延々と続いているのでは眠くなってしまう。

 俺も少々、船を漕ぎ出したところだ。


「確かに、このままだと寝そうだ」

「夜の見張りのために今寝ておくというのもアリと言えばアリですが……」


 と、羽々斗は言う。

 きっと彼は頭が良いほうだな。なんでもそつなくこなし、しかも優秀な成績を収めるタイプだ。そして博識ゆえに周囲の人間にも好かれる、いわゆる万能人間だ。

 だがせっかくの旅だ。初日くらいはもう少し楽しみたい。

 ふと、運転席のマナが提案する。


「では何かお話しましょう。生い立ちとかどうですか?」

「孤児院出身者がよくそんな話題出せましたわね」

「別に私は気にしていませんから」


 マナは強い女の子だ。ここまでぶれない軸が俺も欲しい。

 さて、特に異論もないようで、誰から話すかというところ。


「じゃあ私から」


 と、名乗り出たのは羽々斗だった。

 どうにも羽々斗とは距離を感じるので、ここで彼の事を知っておこう。


「私は前は騎士団の一人でした」

「騎士団?」

「騎士としての技術を研究し、重んじるべき騎士道を追究する。騎士の在り方を模索する哲学者の集まりです。私は幼少から騎士に憧れていまして、騎士団の一員でありました」


 俺の知識では、騎士は二通りの意味がある。

 ひとつはそのまま馬に乗って戦う兵士。役割としての騎馬兵士。

 もうひとつは貴族などの主君に中世を誓った家臣。またそこからは単純に誇り高き戦う者と意味が広がりすぎた、身分としての騎士

 羽々斗が馬に乗っているところを見たことはないが、乗れることは乗れるのだろう。

 騎士道は、俺も詳しくは知らないが。レディファーストがそこから来ているというのは知っている。


「私が騎士団にて技巧を極め、騎士の何たるかを究めていると、城からスカウトを受けまして、晴れて本物の騎士となりました」

「へぇ。あの技巧は騎士になる以前からの、騎士団時代からの積み重ねというわけだ」

「はい」


 それならば、マナに匹敵するあの威圧感があるのも納得だ。


「そして白銀の刃部隊に配属され、そして今は精鋭部隊に」

「白銀の刃部隊って強いのか?」

「黄金の剣と対を成す、と人は評しております。交流試合では今までずっと引き分けだそうで。私は二軍なので戦ったことはありませんが」

「なるほど」

「まったく、謙虚ですわね羽々斗。それも騎士道とやらのこだわりかしら?」


 と、突っかかるのはもちろんアルトリカだ。

 俺の左側に座るアルトリカが、向かいの羽々斗を呆れた目で見ている。


「天霧羽々斗、かつて騎士団で神童と呼ばれ、騎士となってから数々の伝説を打ち立てた貴方が、その程度で紹介を終えるなんて」

「何か知ってるのか、アルトリカ」

「ええ、それはもう」


 アルトリカ曰く、羽々斗の打ち立てた伝説はこうだ。

 白銀の刃へと配属された当日に、騎士道について先輩騎士と口論、三人に重傷を負わせ完勝。

 その三人組の先輩である騎士にも余裕で圧勝。

 実力の高さから周囲に忌み嫌われ、様々な部隊で好成績を収めるため評判が良くなる。

 夜の警備で婦女暴行の現場を発見。単独で即座にこれを制圧する。

 周囲でモンスターが異常発生。いくつかの部隊に分かれて戦闘を行うが、小隊長が重傷を負った後、引き継いで的確に隊員に指示。死傷者0を達成。

 白銀の刃、二軍トーナメントで難なくトップエースに。

 国内治安維持貢献度で常連トップだったレーナをたまに抜く。

 プライドの高い黄金の剣部隊に対し騎士道トークバトルを開催した際、女性騎士の6割以上が魅了されたため以降出入り禁止に。

 鷹の目部隊の例の件において、事態を聞いた羽々斗は真っ先に現場に急行、一人で賊を鎮圧する。


「ふぅ」


 と、そこまで言ってアルトリカは一息つく。


「まだ続けた方がよろしいかしら」

「あっ、大丈夫です」


 数多くの伝説を打ち立てた騎士、羽々斗。

 これはとんでもない逸材を仲間に出来てしまったものだ。

 だが、未だに羽々斗という人間のあり方が見えてこない。

 どうにも距離感があるというか。

 すると羽々斗は俺の心境を見抜いたかのように、頭を下げる。


「申し訳ない彩人。私はただ騎士に憧れ、騎士としてより高みを目指しているだけの人間だ。周囲がいかに私の行いを褒めようと、私自身がまだその域に達していない以上、未熟な自分を曝け出すのに抵抗を感じざるを得ない」

「いや、その言葉で十分理解できた。俺は仲良く出来そうだ」


 自分の目指すものだけにしか興味が行かないその愚直さ。その真っ直ぐ差に、少し憧れた。


「さて、それじゃあ次は……」

「私ですわね」


 アルトリカ・蘭・プラチナム。プラチナム家の一人娘でありながら、プラチナムとは違う我流の剣術を築こうとしている乙女だ。


「私はプラチナム家という由緒正しき貴族の出ですわ。プラチナム流剣術の伝承者に相応しい実力を得るために、実戦の機会に多く恵まれるであろうこのお仕事を選んだのです」


 国が誇る三大貴族の一つであるプラチナム家は、同時に剣術道場を経営している。

これが中々実戦向けで、短期間で相当の実力を身につけられると評判なのだ。

 さて、長い歴史を持つプラチナム家の一人娘アルトリカは、子供の頃から想像力が逞しかった。

 習った剣術はどうもしっくり来ず、自分なりのアレンジを加えると、かなりの実力を発揮することができた。

 そしてアルトリカは剣術の研究にのめりこんでいく。

 普通なら由緒正しき剣術を、我流で穢すなどあってはならない。となるところだが、幸いにもアルトリカの父は寛大だった。

 むしろアルトリカの研究を捗らせるために、父自身がアルトリカを剣士として城に推薦したのだ。

 曰く、「長らく完成されていたと思われたプラチナム流剣術を、更なる高みへと誘ってくれるやもしれぬ」

 父はそんな期待を込めて、娘を城へと送り出したのだった。


 アルトリカは貴族、しかもあのプラチナム流剣術の門下ということもあって、黄金の剣部隊に配属となった。

 彼女は貴族としての風格と立ち振る舞い。剣術の技量とカリスマで、すぐに慕われ、ファンクラブまで出来た。

 特に慕ってくる二人の御付、セイヴとアンシアはファンクラブの創設者である。

 貴族であるため、孤児院出身のマナに対してきつく当たる。

 それは彼女にとって、いや貴族にとってごく普通のことらしい。


「貴族は貴族であるが故に、身分を重んじますわ。だからこそ、貴族は救世主様にこうして使われているのですわ。それは逆に貴族としての誇りでもあります」

「そういうものなのか」

「そういうものですわ」


 労働が大嫌いだった俺には、よく分からない価値観だった。

 歳を食っただけの自称目上の人間とやらが苦手だったし、身分などというものを重んじる気などない。だからこうして救世主であろうとなんだろうと、誰にも彼にも親しい距離感で接しようとしている。


「そんなに難しい顔をしないでくださいな。別に彩人さんが貴族と同じ振る舞いをする必要などないのですから。私は私なりに、貴族の在り方を重んじているだけですわ」


 アルトリカは割とサバサバとした性格だった。


「じゃあ次は私ね!」


 レーナが待ってましたとばかりに声を張る。


「それじゃあ、まずはレーナ自警団のことについて話すわ」


 レーナ自警団。それはレーナが幼少の頃に組織した自警団だ。

 子供と言って侮るなかれ、本人の類稀なるセンスは、同じ年齢の子供たちに強い刺激を与えた。

 見よう見真似で完全に会得した技巧を子供等に教えることで、自警団は見る見るうちに実力を備えていった。

 自警団がそれこそ国の警備よりも優秀になる頃には、いよいよもって城からスカウトされた。

 総勢53名の自警団をまとめて城が抱えるという異例、もちろん城では噂になる。

 そして噂に誘われた連中を、レーナは片端から挑み、勝利を積み重ねていく。

 こうしてレーナは刀剣使いとして精進していった。

 間も無く、レーナ自警団は黄金の剣部隊、白銀の刃部隊と並ぶ実力派として、国中にその名を轟かせたのであった。


「その歳でそこまでやるなんて、すごいなレーナ

「えっへん。当然よ! なんたって、最強の刀剣使いになるんだから」

「あら、鷹の目部隊の事件では出遅れて活躍できなかったのに」

「うるさいわよアルトリカ! あの時は出かけてて情報がこっちに回ってこなかったのよ!」


 さて、残るは……

 視線を送っていると、運転席のマナが振り返る。


「あ、私はいいです」

「いや、でも」

「私はほら、孤児院出身で、孤児院出身でも頑張れば出来るんだって証明するためにやってるだけですから。それより、彩人さんの前の世界のこと、話してください。異世界のこと」

「異世界……そうか。こちら側から見れば、俺の住んでたあの世界が異世界なんだな」


 そう思うと、なんとも言えない感覚が全身を支配し、心を犯す。

 それは忌々しく、できれば思い出したくもないのだが……


「じゃあ、異世界で彩人さんがどんな風に過ごしていたか聞かせてください」


 俺が、あの地獄のような世界でどう生きたのか、か。


「俺だけ話さないというのもあれだしな。分かったよ」


 そして俺はポツリポツリと語り始める。

 前の世界。三次元の世界のことを。

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