第9話 刀剣使いレーナ
出発は明朝と決まり、各々は解散する。
俺はモンスターとの実戦のために、マナと共に国の入り口まで来た。
「ゴブリンにも色々いるんだな」
俺の目の前には小柄なゴブリン、長身のゴブリン、筋肉質なゴブリンの3体が並んでいた。
「あの筋肉質なのがアークゴブリンです。普通よりちょっと強いだけですよ。私が足止めしておきますから、彩人さんは一体ずつ確実に仕留めてください」
とマナは駆け出し、筋肉質なアークゴブリンに飛び掛る。
アークゴブリンの武器は大きな斧が一振り。木と石で出来ている粗雑なものだが、サイズは2mほどある。直撃すれば人間などひとたまりも無い。
マナの飛び掛り斬りは斧によって防がれ、しかし反動をつけて跳ね、跳び越えた。
「さあ、彩人さん」
アークゴブリンと長身のゴブリンの注意がマナに向いた。
俺は小柄なゴブリンとの距離をじわじわと詰める。
「……」
澄み切った感覚だった。
特に恐怖も感じず、やり辛さもない。
対してゴブリンは声を上げて威嚇してくるのだが、それも対して気にならない。
そして、いつの間にやら間合いに入った。
「ッ!」
一閃、横薙ぎの一撃がゴブリンの持つ剣を打ち払った。
そこから流れるように大上段に構え、一歩踏み出して打ち下ろす。
刃がゴブリンの頭部に触れる前に、出した足に全体重を乗せる。
刃を下ろすと同時に、腰は曲げずに低く落とす。
全ての動作が一体となり、刃はするりと脆弱な頭蓋を割く。
それに留まらず、一息で下ろされた刃は背骨から尾骨までを見事に割いて、肉を切裂く。
真ん中通り、左右に二つ。綺麗に別れた半身が崩れる。
「お見事です!」
マナはアークゴブリンの振るう斧を剣で軽々と受けながら、俺の方に称賛の言葉を贈ってくれた。
アークゴブリンはマナの攻めにたじろいでいる。
ふと長身のゴブリンがこちらに気付き、俺が両断したゴブリンを見て威嚇行動をとる。
その間、俺はあえて全速力で駆け、剣を振るった。
威嚇で相手を怯ませようとしていたゴブリンは逆に驚いて反応が遅れるも、寸でのところで受け止めた。
そこまでが予想通り。即座に逆回転し、腰を低く落としながら逆側から斬り込んだ。
ゴブリンが反撃する間も無く、その腹をかっ割き、さらに追撃で突進。相手の剣の間合いより内側に入るように身を畳みながらの刺突で胸のど真ん中を突き刺す。
「すごい! 二人目撃破ですね!」
よたよたと後ずさった長身ゴブリンも倒れ、残るはマナが相手をしているアークゴブリンのみ。
「それじゃあ、ちょっと冒険してみましょうか?」
マナがアークゴブリンの振り下ろしを横跳びで回避し、腕に飛び乗って駆け上がり、俺の方まで飛んで来た。
「あ、やばっ! 避けて避けて!」
「えっ? ええっ!?」
不恰好なダンスのようなステップで下がりながらも、跳んで来るマナを思わず受け止めようとして、倒れこんだ。
「いったた……」
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫」
幸い、マナは普段着で鎧を着ていなかったので、大したダメージはない。
が、一つだけ問題がある。
「やわらかい」
「へっ?」
アークゴブリンの斧を受け止められるとは到底思えない細身の、しかし柔らかな身体。
思わず抱き枕のように腕を回してしまうのは、もはや仕方のないこと。
「これは、少し、いやかなり……」
「へっ!?」
運動したからか、僅かに汗の匂い。しかし重ねてほのかに甘い香りがする。
これが女の子の香りというやつだろうか。いずれにせよ。
「癖になりそうだ……」
「だ、駄目です! 不味いですってこんなところで!」
煩悩が理性を捻じ伏せるというよりは、理性が痺れて感覚を失くす様で。
しかしマナの背後、アークゴブリンが斧を振り上げる姿を見てなんとか我に返る。
「やばっ!」
「ふぇっ!?」
マナの身体を抱き、身体を転がして斧を回避する。
即座に離れ、お互いに立ち上がる。
「ごめん、ほんとごめん」
「いえ、その、大丈夫です……さ、さあ、次はアークゴブリンに挑戦ですよ!」
と、俺はアークゴブリンを改めて観察する。
身長は2メートルは軽くあるだろうか。恰幅がよく、大振りな斧を片手で扱っている。
浅い斬撃ではあの贅肉とその下にある筋肉で阻まれる。
「さらば、届くまで斬りこむまで!」
一気に駆け、大きな動作の振り下ろしを回避する。
地面を抉る一撃は、マナは軽々と受け止めていたが、俺にはまず無理だろう。
だからこそ、俺はゴブリンの手首を狙った。
狙うは肉でもなく骨でもない。武器を握る手首の腱だ。
「やッ!」
振り下ろした剣は命中、手首に切り傷が出来る。
が、刃が途中で止まった。
「浅いかッ!」
「下がってください!」
マナに言われるまでもなく、俺は後退する。
斬撃は浅かったが、怯ませることは出来たようで、傷を押さえている。
攻めるなら今しかない。そう直感した
「前に、出るッ!」
怖れず進み、吼えるゴブリンの懐に入り込む。
真似るのは、怒涛の斬撃を見舞うあの技。
「覇ァッ!」
一撃、二撃、三撃四撃五、六七……
一本の剣だが、一振り一振りに全霊の力を込めて、我武者羅に切り刻む。
レーナが放つ怒涛の斬撃、乱れ斬。
脂肪の乗った腹が見る見るうちに切裂かれ、硬い筋肉を千切っていく。
抉り突き進む怒涛の斬撃、レーナほどではないにしろ、それでもひたすらに刻んでいく。
瞬間、ゴブリンが一際大きな咆哮をあげる。
俺は頭上を見た。怖ろしい形相で、斧を振り上げるゴブリンの姿。
だが、マナのあの魅惑的な真剣の表情に比べれば、大したことは無い。
振り下ろされた斧を大きく跳んでかわし、左の脛を剣でたたく。
悲鳴のような声で片膝を着くアークゴブリン。
回りこみ、渾身の力を込めてアキレス腱を断つ。
苦痛の叫びを上げるアークゴブリンが完全に倒れこんだ。
「あともう一息ですよ!」
「おうっ!」
半身引き、大きく剣を振り上げる。
狙うは、横たわるゴブリンの首。この一撃で断つ。
「グゲゲ、ゲガァ!!」
「ッだらァ!!」
一閃、刃は見事にその断裁してみせた。
ごろりと傾く頭。そして動くことをやめた巨躯。
「……勝った」
「おめでとうございます! これで彩人さんも自信を持って戦士を名乗れますよ!」
ゴブリン3体抜き。これを達成した者は、戦士としての実力を認められるという。
うち1体はアークゴブリン。その意味は大きい。
ちなみに国の周辺でモンスターを狩りしているこの行いは、一応近辺の安全確保という名目となっている
「お祝いしましょう! 今日は彩人さんの戦士記念日です!」
「いちいち記念日作ってたら毎日が記念日になってしまう」
「えへへ、それもそうですね」
ゴブリンの死体は食糧として寄付することが出来、そうやって城の人間が国民に施しを与えることで、貧しい者が飢えない様にしている。
ゴブリンは基本的に細身で食べれる部位は少なく、栄養価も低い。
が、アークゴブリンは基本的に乞え太っている。栄養もあり、肉もしっかりとしていて食べ応えがあるらしい。
俺とマナは城の見張りが回収班を呼ぶまでのあいだ、他の魔物がゴブリンの死体を漁らないように番をしている。
強くなっている。確かに、少しずつだが確実に。
マナ、アルトリカ、レーナ、羽々斗。四人の技巧を観察し、模倣し、活用し、ここまで来た。
この調子で更に強くなれれば、きっと神の名を持つ強者を束ね、異世界の使者に対抗することも、きっと出来るはずだ。
マナに祝われ、新メニューをご馳走になったところで、マナが鷹の目の隊長に呼び出された。
そして今の俺はフリー。特にやることはなく、城の中をぶらぶらと散歩して、軽い冒険を楽しんでいる。
「ここは男子禁制区域よ」
「えっ?」
振り返ると、そこにはレーナの姿があった。
「嘘よ」
「なんだ嘘か」
レーナが笑うので、俺もなんとなく笑う。
「暇なの? なら一緒にお茶でもどう? 前々からあんたとは話がしたいと思っていたところだし」
「そういえばそうだな。どこで話す?」
「ここから食堂は遠いでしょ。私の部屋に案内するわ」
「えっ」
思わず声が出てしまった。レーナは訝しげにこちらを見る。
「どうしたの? 何か問題ある?」
「いや、やけに気安いというか、なんというか」
「そう? こんなもんでしょ。こっちよ」
女の子が異性を容易く自分の部屋に招いてよいものか。
いや、もしかしたら異性として見られていないのかもしれない。
仮に異性として見られていたとしても、実力差が明確なため警戒する必要などないと思っているのかもしれない。
そしてそうであるならば、紛れもない事実なのでまったくもってメンタルに来るものがある。
「さ、どうぞ」
扉を開け放ち、部屋の奥へと進むレーナ。
部屋は、広かった。
小さいコテージくらいの間取りで、一人が暮らすには十分すぎる部屋だった。
「適当なところに座ってて。お茶を入れるわ」
「あ、どうも」
部屋の中央にある長机、それを取り囲むソファ。
言われたとおり適当に、入り口から一番近いソファの真ん中に座る。
少しすると、レーナは良い香りの紅茶を持ってきて、こちらにおいてくれた。
「ありがとう」
「さて、それじゃあ何の話をしましょうか」
と、レーナは自分の隣に座った。
見れば見るほどに美しい。透き通った藍の瞳と、しなやかなセミロングの銀の髪。
幼げな顔立ちながら、戦う者独特の大人びた雰囲気。
あれほどの斬撃を繰り出すとは思えない、華奢な体躯ともちもちの柔肌。
なんというかこう、神々しいまでの美しさで、下手に触れられない繊細さを思わせるのだが、本人の気性は非常に強かだ。
「なによ。私の顔に何か付いてる?」
「ああ、いや」
さて、なにか話題を提供しなければ。
「今日はいい戦いっぷりだったな」
レーナは苦笑に近い、やや複雑な表情で俯いた。
「あの時は、かっこ悪いところ見せちゃったわね」
「全然、かっこ悪いなんてことはない。俺のなすべきことを示してくれた。感謝してる」
「そっ。それならまあ、いいけど」
レーナから切り出した話ではあるが、やはり気まずい。
俺が紅茶を一口飲むと、レーナも同じタイミングで飲んでいた。
「ところで、あなたはどうしてこの世界に来たの?」
「前に話したとおり、二次元世界に憧れていた。それだけだよ」
「未練とかなかったの? 前いた世界に」
それは羽々斗にされた質問と同じだった。だから俺は同じように返す。
「生憎とそんなもんはなくてね。あんな世界に未練なんて微塵もない」
「へぇ。どんな世界なのか、気になるわね」
「どんな、か。そうさな、娯楽は多いが、ひたすらに生き甲斐のない退屈な世界って感じかな」
「生き甲斐がない?」
レーナの視線が紅茶からこちらに移る。
「やたら国に金は取られるわ、奴隷みたいに働かされるわ、刃物一本持ち歩けないわ、魔法も神もありゃしないわ……奴隷みたいに働かされる労働者は声を上げないし、お遊びみたいなスポーツはつまらないし。駄目な部分ならいくらでも上げられる」
「いまいちよく分からないけど、退屈そうなのは分かったわ」
「そして何より……人間が醜い」
「醜い?」
レーナは首を傾げ、俺は首肯する。
「そう、醜い。この世界とはまるで違う。そんな醜い人間が、その世界に最も蔓延り、満ちているだなんて、俺には地獄と大差ない」
空も海も青く、木々は優しい緑色。暖かな陽光と流れる風。
草花も美しく、動物たちも愛らしい。
その中で、唯一人間だけが醜かった。社会は惨たらしかった。それこそが、俺が怖れる三次元の正体だ。
そして再びレーナは紅茶に視線を戻し、一口。
「レーナは、自分が今住んでる世界をどう思ってる?」
レーナは少々黙考し、さらっと答えた。
「考えたことないわ。私はただ刀剣使いとして強くなる。それ以外、なにもいらないもの」
「なるほど」
「そう言う度に、皆呆れるけどね」
真っ直ぐだ。呆れるほどに真っ直ぐで、きっとそれが呆れられてきたのだろう。
だが、俺にはその真っ直ぐさがあまりにも美しく見えた。羨ましいとさえ思った。
「憧れるな。俺もレーナみたいに、一つの目標に、一心不乱になってみたい」
「あなただって、異世界に来るために一生懸命やってたんでしょ? 同じよ」
そんなことを言われたものだから、どうにも嬉しくなって、笑いが込み上げてくる。
「そう言って貰えると嬉しい。報われた気分だ」
「お互い様よ。でもこれからの貴方はなにを目指すの?」
「これから? これからかぁ」
しかし、そんなものは考えるべくもない。
マイゴッドに誘われ、たどり着くことが出来たこの世界。
異世界の使者とやらに、台無しにされるなど絶対に許さない。
「やっと来れたこの世界、意地でも守り抜きたい」
「なるほど。よっぽど異世界に思い入れがあったみたいね」
「そういえば、レーナはどうして最強の刀剣使いを目指してるんだ?」
「意外とつまらないことを聞くのね」
好感度が下がってしまっただろうか。不用意に質問するのはやめようか。
だが、レーナは思いのほか自慢げな笑みを浮かべながら語りだす。
「最強を目指す理由なんて、せいぜい三つでしょ」
「三つ?」
「復讐か、自由か、あるいは憧れか。私はどれだと思う?」
「なるほど、憧れだな」
レーナ・イルゥト・ルナ・シルファニオン。最強目指す刀剣使い。
彼女は純粋に、ただ最強に憧れているだけだった。
そして好きな刀剣でその憧れに迫ろうというのだ。
その意気込みはもはや称賛すべきだ。
「アタリよ。好きこそ物の上手なれってね。自分の好きなことで一番になりたいってだけの理由よ。呆れた?」
「まさか。惚れ直した」
不意を突かれ、レーナは驚き目を円くする。
そして柔らかに微笑んだ。
「ふふっ。あ、そうそう。あなた、毎日マナと特訓してるの?」
「特訓というか、なんというか」
するとレーナは目を輝かせ、こちらに身を寄せて迫る。
「私も混ぜてよ。私ならいい訓練相手になると思うけど?」
「ああ、なるほど」
「そしてあわよくば、マナにリベンジするわ」
「リベンジ」
そういえばレーナはマナに敗北し、かなり傷心していたことを思い出す。
「気にしてるのか」
「そりゃそうでしょ。最強を目指してるんだから」
最強を目指すレーナ。アルトリカとも互角に渡り合う彼女さえ、マナは真っ向から立ち向かい、そして勝利した。
マナ・ソードベル。もしかして俺が思っている以上に相当な実力者なのかもしれない。
「あまり気にするな、なんて気休めの言葉をかける人がいるけど、あんなのただの邪魔よ」
「邪魔、か」
「ええ。だって目標への障害を気にするな、だなんて、人を馬鹿にしてると思わない?」
「なるほど」
確かに果たすべき目的の前に、大きな障害が現れたことは問題だ。どれだけ後回しにしようと、いずれ必ず対処しなければならない。
それを遠のけようとする気休めの言葉は、レーナにとっては悪魔の囁きに他ならないのだろう。
「大丈夫、
「ほほう」
レーナはマナという中間地点に到達するための、いわゆるアテをつけたのだ。
「私の乱れ斬に、あそこまで性格に対応されたのは初めてなの。だからちょっとびっくりしたけど。要は一撃が軽すぎたのね。それはアルトリカとの戦いでも分かったわ」
レーナの戦い方は、素早く手数の多い斬撃で、相手の反応速度を上回り、一撃を見舞うというものだ。
しかし相手の反応速度が同等であった場合、無茶苦茶なだけの斬撃は効果が無い。
また、奇抜な回避方法をされると、それにこちらが追いつけないというパターンもアルトリカ戦で分かった。
「とりあえずはマナに習って、一撃絶倒を目指すことにするわ」
「一撃絶倒」
「それくらい重い一撃を繰り出せるようにするってことよ」
やはり、レーナに憧れてしまう。
いつも自信に満ち溢れ、努力を欠かさず、挫折しても一日せずに立ち直り、前を向いて進みだす。
レーナの不屈の姿勢。俺に、真似できるだろうか。
仮に、今まで二次元を追い求めて来た俺の行いが、彼女と同等だとしても、今の俺にそれが出来るだろうか。
「いや、出来る。というか必ずやる。俺の二次元愛好を舐めるな」
「いきなり何の話?」
「いいや、こっちの話だ。それじゃあ明日の朝から……」
「明日の朝は出発でしょ」
「あ、そっか」
すっかり忘れていた。明日が出発だった。
「いや、出発前にやるんじゃないかな。あとでマナに聞いてみるか」
「出発うんぬんなら羽々斗にも聞いたほうがいいわよ。予定が分かったら教えて」
「分かった」
さて、マナや羽々斗に聞きに行かなければならないし、この辺りでお暇させてもらおう。
俺は席を立つ。
「俺はそろそろ行くよ。用事も出来た事だし」
「そう。あっ、ちゃんと忘れないで教えに来てよ?」
「分かってるよ。それじゃあまた」
軽く手を振ると、レーナも手で返した。
レーナとは、いい友人になれそうだ。
私は、自分の耳を疑った。
「えっと、すいません。よく聞き取れませんでした」
「精鋭部隊を辞退しろ、と言ったんだ。マナ・ソードベル」
簡素な執務室。執務机鷹の目部隊の隊長が座るサモハン・ジムニールが言う。
サモハンは昔から何かと私に難癖をつけてくる嫌な人だ。
彼はやはり私のような孤児院出身を見下すタイプの人だが、彼自身は貴族ではない。貴族のそういった態度に習って、貴族ごっこをしているだけだという噂だ。
どっちにしろ、私は特に気にしていなかったが、今回は別だ。
「ど、どうしてでしょうか。せっかく彩人さん……救世主様が自ら私を推薦してくださったんですよ?」
そう、あの彩人さんが公衆の面前にも拘らず、私を精鋭部隊に推薦してくれた。
あの時の恥ずかしさは相当なものだった。
でもその後に込み上げてくる嬉しさといったら、感動のあまりちょっと泣きそうなくらいだった。
「お前には荷が重過ぎる。たかだか偵察部隊のなかでちょっと腕が立つくらいで、精鋭の一人になどと……」
「で、でも、それはあの彩人さんが認めてくださったからで」
「彼はこの世界に来てまだ日が浅い。不安なところにお前がつけこんだから、やたらとお前を信頼しているようだが」
その言葉に、頭を殴られたような気さえした。
この人は、私をなんだと思っているのか。
眩暈でよろけそうになるのを堪えながら、強く否定する。
「つ、つけこんでなんかいません!」
「どうせこれを期に、自分の処遇を改善してもらおうという魂胆なのだろう。浅ましいことだな」
「…………」
駄目だ。この人はもう私の話なんて耳に入っていない。いや、そんなことは関係ないのだ。
「お前は辞退しろ。代わりに私が同行する」
「へっ?」
「お前から救世主様に進言するのだ。この私をお前の代わりに同行者に選んで欲しいと」
とても厭らしい笑みで、妙なことを口にしているサモハンを見て、私は長年の不思議に対しての回答を得た。
ああ、そうか。そういうことか。
サモハンは、私をひたすらに見くびっていたのだ。
孤児院出身だから。奴隷のようなものだから、命令すればなんでも言うことを聞くはずだ。孤児院出身が働ける場所なんて、ここ以外では奴隷のようなものだから。
そうやってどこまでもどこまでも足元を見て、人を見下していたのだろう。
そうやって、私の友人を見殺しにしたのか。
「サモハンさん。私がここに配属されたばかりのこと、覚えてらっしゃいますか」
「なんだと?」
「私と、もう一人、孤児院出身の男の子がいましたよね」
「ああ、あの役立たずか。それがどうした」
私は堪えた。答え合わせをするために。
「ずっと不思議に思ってたんです。彼は私よりも強い実力者で、部隊の役に立つはずの人材でした。それをどうしてあなたは、見殺しにしたのか」
そう、彼ならトップエースとして、アルトリカ、レーナ、羽々斗にも引けを取らない実力者として名を連ねていたはずだ。
それも孤児院出身者のイメージを覆せるほどに。
私は震えだした声を必死に抑えながら、改めて問う。
「どうして、私の友人を……彼を殺したんですか」
「殺した、などとは人聞きの悪い」
「だって、そうじゃないですか! あれだけ働かせて、優秀だからという理由で休みも与えずに毎日毎日任務を与えて、それで彼は、盗賊のアジトで捕まって……」
それは森の奥を偵察し、賊のアジトを見つけたときのことだ。
賊のアジトは可能な限り調査し、国に詳細を報告。
ばれた時はそのまま強襲し、制圧するというのが鷹の目部隊の規則。
しかし偵察は彼と私、それと他には2名しかいなかった。
過労で疲労困憊していた彼は失態を犯し、敵にばれてしまった。
その責任として彼は、私たちが仲間を呼ぶまでの時間を稼ぐと言って……
「あー、あれか。まあなんだ。ちょっとした解雇みたいなものだ」
「……意味が、分かりません」
「最近はお前たちのような出身の者を護ろうとする輩が居てな。下手に解雇すると国への心象が悪くなる。だから偵察中による不運な事故ということで片付けたかったわけだ」
「……」
「分かるだろう。あまり調子に乗るなということだ。分かったらさっさと……」
私は、思わずサモハンを斬ろうと剣に手をかけた。
だがすんでのところで押え……
「ヒッ……」
ようと思ったが、気付いたときには刃を首元に突きつけていた。
ここまで来ては仕方ないので、もういっそ言っておくべきことを言っておくことにした。
「き、貴様、上司に対して刃を……」
「サモハンさん。私は辞退しません。貴方を推薦もしません」
「っ……」
「聞いた感じ、解雇もしづらいそうですし、もう私には貴方の言いなりになる理由はありません。奴隷じゃないので、休みもしっかり頂きますし、適正な賃金も頂きます」
言葉が止まらない。止めようという気すらしない。
この場に、私を止められる者は居ない。
「サモハンさん、貴方には精鋭部隊の一員は荷が重過ぎますので、彩人さんの推薦どおり、私が任に着きます。以上です」
もはや何を抑えることもない。私は剣を収めて、部屋を出ようとすると、背後から喧しい声が聞こえた。
「き、貴様なんぞ、もう我が部隊に要るものか! 解雇だ解雇! 即刻解雇してやる!」
「勘違いしないでください。少なくとも、今の私は鷹の目部隊ではないですよ。彩人さんを護る。救世主護衛部隊精鋭の一人ですッ!」
言い放ち、ぽかんとしているサモハンを置いて、扉を乱暴に閉めた。
それは、今までの辛い過去への決別できたみたいで、ちょっと誇らしかった。
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